20.女の子に出会いました
部屋で着替えを終え髪もいつものスタイルに戻したエイヴリルは、レストランまで飲み物と夜食を取りに行ってくれたグレイスを待つ間バルコニーに出る。
(気持ちがいいです)
夜風に当たっていると、階下から楽しげな音楽が聞こえてきた。
(これは……?)
さっきのメインダイニングで流れていた上品なクラシックの演奏ではなく、誰かの歌声も混ざって聞こえるような、賑やかで楽しい音楽だ。
(もしかして、ほかの場所でもパーティーが行われているのかもしれません。……もしかして、テレーザさんはそちらにいらっしゃる可能性があるのではないでしょうか!)
エイヴリルの記憶では、テレーザのクローゼットには令嬢らしいクラシックなドレスはほとんどなかった。前公爵と会うとき用に数着は用意されているようだったが、残りの多くは若い令嬢が好む前衛的なデザインのものだ。
もしかして、上流階級が形式的に楽しむパーティーよりも、若者たちが歌い踊るカジュアルなパーティーのほうに興味を示すのではないだろうか。
そう思ったエイヴリルは、バルコニーから部屋に戻り、船室の扉を開けて反対側の廊下に出てみた。誰もいなかったが、廊下に隣接するサンルームの扉を開けるとやっぱり楽しげな音楽が聞こえてくる。
そして、一等船室の客のほとんどはウェルカムパーティーに参加しているため、サンルームには誰もいない。しかし。
『――おねえさん、お薬もってない?』
「!」
異国の言葉で話しかけられて、エイヴリルは目を瞬いた。
振り返ると、そこには10歳ぐらいの女の子がいた。着ている服はこの一等船室のサンルームにいるには違和感を持つほど質素。よく見ると、靴が汚れていて髪ももしゃもしゃしている。
(どこかに櫛はないでしょうか)
反射的にそう思ったが、まずは質問に答えなければいけない。薬を持っていないか聞いてくるということは、この子は困っているのだ。
『お薬、ってなんのお薬でしょうか?』
『飲むと楽になるお薬。よかった。おねえさん、言葉が通じるんだね。この船に乗ってから、誰にも言葉が通じなくて怖かったんだ』
『ええ。あなたが言っていることはちゃんとわかります』
エイヴリルが同じ言葉で応じると、女の子はほっとしたように笑う。けれど、まるで麻薬をさすような内容にエイヴリルは違和感を隠せない。そうして、聞いてみる。
『その薬が必要な人はどこにいるのでしょうか?』
『あの下だよ』
女の子が指差したのはサンルームの端だった。よく見ると、鎖がかけられた小さな非常階段がある。鎖についた鍵は壊れていて、ここは容易に行き来できる場所のようだ。
(つまり、この子は二等船室エリアから来たのですね)
ディランも言っていたが、このヴィクトリア号の乗客には贅沢な船旅を楽しむために乗船している上流階級の客と、移動手段として乗船している一般客の二種類がいる。
そして、それぞれの客が過ごすエリアは上階と下階とで明確に分けられていた。
(状況を考えれば、おかしいのはわかります。でも)
女の子の、汚れて穴が開いた靴ともしゃもしゃの髪の毛に申し訳程度に結ばれたリボンを見ていると、幼い頃の自分の姿に重なる気がする。
家族に恵まれなかったエイヴリルがここにこうしていられるのは、手を差し伸べてくれた大人たちのおかげなのだ。
『……簡単な薬なら持っているわ。少し待っていてくれますか?』
『うん』
エイヴリルは一旦船室に戻り常備薬のいくつかと櫛を持った。レストランに行ったグレイスはまだ戻っていないようだったのでメモを残す。小さな紙しかなかったので、二枚に分けた。
一枚目には『二等船室エリアに行きます。』と書き、二枚目には『非常階段から出てきた女の子に誘われました。体調が悪い人がいるようです』と書いた。それをディラン宛に残し、またサンルームに戻る。
『お待たせしました!』
非常階段に座り、足をぶらぶらさせていた女の子はエイヴリルの姿を見ると笑って立ち上がる。そうして、階段の下を指差したのだった。
『あのね、こっちだよ。ついてきて』





