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無能才女は悪女になりたい~義妹の身代わりで嫁いだ令嬢、公爵様の溺愛に気づかない~(WEB版)  作者: 一分咲
三章

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18.作戦変更です

 エイヴリルはディランに『愛している』と伝えたことがない気がする。もちろん、日頃から感謝は伝えているし、幸せだ、大好きですと言ったことはある。たぶん。


 けれど、この言葉は使ったことがない気がするのだ。別に意図的なものではなくて、本当にただわからなかったから。ランチェスター公爵家もディランも大好きなのだが、なぜか今までこの言葉は浮かんでこなかった。


 ディランも大変に驚いたようで、トマスから視線を外し至近距離でまじまじと見つめてくる。それを感じて、エイヴリルはとても反省していた。


(ディラン様のこの反応……私は失敗したようです)


 それが恋愛であるかどうかに関係なく、愛情に関わる感情の機微に疎いことは自覚している。ディランの元に来ていろいろなことを知ったものの、まだわからないことも多いのだ。


 トマスの手前、謝るわけにも行かなくて固まるばかりのエイヴリルに、ディランが優しい目をして問いかけてくる。


「今ここでそれを言うんだな」

「あっ……その、考えたことがそのまま口に出るのは私の悪い癖でして」

「考えたことがそのまま、か。尚更うれしい気がするんだが?」


(うれしい、って……なるほど?)


 小声で答えつつ、一気に頬が熱を持つのがわかった。思えば、ディランの顔も赤い。たまに「照れているのかもしれない」と思うことはあるのだが、今日は明らかにそうだとわかる。


「私――、」


 それを確かめるためにエイヴリルが両手で口元を押さえ、話そうとしたところで、すっかり置いてきぼりになっていたトマスが手を上げた。


「……新婚のご夫婦は本当に仲がよろしいことで」


 見ると、トマスはこれ以上ないほど気まずそうに笑っていて、ハッとした。


(! そうでした。こんなことをしている場合ではありませんでした!)


 作戦としては成功なのかもしれないが、途中からすっかり本気になってしまった。慌てるエイヴリルだったが、さすがにディランは一瞬で冷静になったようだ。


 流れるような仕草で着ていたジャケットを脱ぐと、エイヴリルの頭に被せる。


「!?」


(ディラン様は一体何をなさるのでしょうか!)


 視界が遮られて目を瞬くばかりのエイヴリルだったが、ディランの言葉が聞こえてきて納得する。


「申し訳ありません、ここで失礼させていただきます。妻のこんなにかわいい顔を初対面の方にお見せするわけにはいきませんから」

「ははは。仰る通りですね。大変かわいらしい奥方でうらやましい限りです」


 トマスがそう答えた瞬間、エイヴリルはディランの上着ごと会場に隣接したデッキに移動させられていく。


 エイヴリルは足元の紺色の絨毯が木の床に変わっていくのを見つめながら、このパーティー会場に入ってきたときのことを思いだした。


(ディラン様が言っていた、驚かせたらすまない、とはこのことですか……!)


 おそらく、元からディランは少しトマスと話した後、こうしてエイヴリルの顔があまり見えないようにしてこの会場から連れ出すつもりだったのだろう。


(トマス・エッガーさんがここにいらっしゃるということ自体想定外です。一旦退いて作戦を練り直す必要がありますものね)


 デッキに出たので被せられた上着をとる。それをディランに返しながらふむふむと頷いていると、潮風に当たっているディランがぽつりと告げてきた。


「今が潜入中なのが惜しいな」

「……はい?」


 日はすっかり落ち、海は真っ黒く悪天候で数日出港できなかったことなど嘘のように静か。頭上には星空が広がっている。エイヴリルが首を傾げれば、ディランは隣から見下ろしてきた。


「さっきの言葉がもう一度聞きたい」

「あの」


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