16.お久しぶりの再会です
「……大丈夫か」
「無理です」
うっかり即座に答えてしまった。だって、自分の顔がものすごく赤くなっているのがわかるのだ。さっき、船室で抱きしめられたときの比ではない。
気まずくて視線を落とせば、ディランがくつくつと笑っているのが振動で伝わってくる。
「……ディラン様!?」
「すまない。きみがかわいくて」
「!? 笑わないでください。わ、私だって一生懸命エスコートしていただいていまして」
「だから、かわいいから笑っているんだ。別に馬鹿にしているわけではない」
「あっ……ありがとうございます!?」
ディランが顔を寄せてとんでもないことを言うので、思わず声を上げてしまいそうになったが一応お礼は伝えておく。そこで、ディランはエイヴリルの口に人差し指を当てた。
「静かに」
「!?」
「ここから三時の方向を見るんだ」
一瞬また心臓が跳ねたが、そういう場合ではないのはわかった。周囲の人々は、エイヴリルとディランのことを顔を寄せ合って話す仲のいい新婚夫婦だとしか思っていないだろう。けれど、二人の間には緊張が走っていた。
(三時の方向……ってあれは!)
「見えたか? あの柱のところにトマス・エッガーがいる」
「トマス・エッガーさんというと、私たちに情報をくださった方ですよね」
エイヴリルとディランが立っている場所から三時の方向、ちょうどエイヴリルから死角になっていた方向に見覚えのある男がいた。
彼はパーティーに出るのに相応しい盛装をして、会場を見回している。例の仮面舞踏会では赤みがかったブロンドを一つに結んでいたが、今日は下ろしていた。
仮面舞踏会でも彼の素顔をはっきりと見たわけではないが、その背格好には確かに覚えがあった。
(以前、ディラン様と一緒に潜入した仮面舞踏会でお会いした方です。確か、ディラン様はあの方のお名前を知りたがっていらっしゃいました。それを私がチェスで対戦して勝ってしまった結果、どなたなのかわかったという経緯があります)
思い返せば、あれはコリンナの元彼に出会ったことに始まり、ミラクルの連続だった。つい振り返りたくなってしまったが、今はちょっとそういう場合ではない。
陰に隠れてトマスの姿を確認したエイヴリルは、ディランを見上げる。
「麻薬取引への関与が疑われる仮面舞踏会にあの方がいらっしゃったことと、今、麻薬取引に関わっていたテレーザ様が逃げ込んでいるかもしれないこの船にあの方がいらっしゃること。この二つは偶然でしょうか」
「残念なことに、全くそうは思えないな」
ディランはにこやかに見えるが、声色は厳しい。それに、エイヴリルはあの仮面舞踏会でトマス・エッガーと会話を交わしてしまっていた。
仮面はつけていたが、声を聞いたらこちらが誰なのかわかってしまうかもしれない。
(ブロウ子爵夫妻として来ているのに、いきなり作戦失敗の危機です……!)
ちなみに、エイヴリルが今日の髪型をアップスタイルにしてもらったのは、ドレスに合うという理由以外にもう一つ別の事情があった。
それは、コリンナが演じていた悪女のエイヴリルと間違われないためである。ドレスも清楚系のため、多少のことではバレないようになっているはずだった。
(コリンナは仮面舞踏会で悪女として有名でした。遊び相手は大体が貴族のご令息。もしかして、ここにも悪女・コリンナ――いえ、悪女のエイヴリル・アリンガムを知っている方がいるかもしれませんから、その対策は万全です。でも、トマス・エッガーさんはとても鋭いというか、掴めないお方でした)
ここは当然、見つからないように人の波に紛れるのが正解なのだろう。そう思ったエイヴリルの腰を支えるディランの手に心なしか力が入る。そして。
「エイヴリル。先に謝っておくが、驚かせてしまったら申し訳ない」
「?」
耳元で囁かれたので何事かと思えば、目の前にはトマス・エッガーがやってきていたのだった。
※トマスエッガーさんは二章冒頭の仮面舞踏会で出てきた人です。