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無能才女は悪女になりたい~義妹の身代わりで嫁いだ令嬢、公爵様の溺愛に気づかない~(WEB版)  作者: 一分咲
三章

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7.勘違いされたかもしれません

 グレイスが言っているのは、エイヴリルがランチェスター公爵家にやってきて半年ほど経ったころの出来事のことだ。


 そのころ、執務の手伝いをするようになったエイヴリルにディランはとある商家からの嘆願書を見せた。内容は『不況のせいで資金繰りが苦しく、納税を猶予してほしい』というものだった。


 ディランも何とかしたいと思っているらしいものの、如何せん有効な方法がない。困っていたところに能力と評価と言動がちぐはぐすぎるエイヴリルがやってきたものだから、試しにと相談されたのだ。


 エイヴリルは、アリンガム伯爵家で父親の執務を手伝うためにあらゆる資料を読みつくしていた。だから今年法律がひっそりと改正され、納税に関して例外を認める一文が抜け道のように追加されたのを知っていて、それを利用するように進言した。


 結果、その商家は納税が猶予されて経営を持ち直したうえに、そのおかげで発売できた新商品が信じられないほどに大ヒット。


 そして巡り巡ってランチェスター公爵家に多額の資金がもたらされた、というちょっとあり得ない展開が一連の流れである。


(私はただ覚えていたことをお話ししただけだったのですが……お役に立ててよかったです)


 そんなことを考えながら、目を閉じる。


 これは、気味が悪いと思わせて前公爵を引かせるためのパフォーマンスだ。


「お前、何だ? さっきから様子がおかしいぞ?」

「前公爵様は悪女が苦手ですものね。もったいないことです」

「は?」


(最終的にチェックしてくださったのはディラン様ですが……その報告書を作成したのは私です)


 覚えているものをただなぞるだけ。エイヴリルにとっては造作もないことだった。


「報告書 前年度のランチェスター公爵領の経営状況」

「……は?」

「経緯、納税の猶予について当該商家より嘆願書の提出があったため、状況を詳細に調査。精査の結果、別表のスケジュールに従い公爵領への納税は猶予。国への納税も不可能と判断」

「お前、何を言っているんだ……って、何だと?」


 顔を顰めた前公爵だったが、自分の手元にある書類を見て、驚きの声をあげ固まってしまった。


 当然である。エイヴリルは、わざとその書類に書いてある文章を一言一句違わずに暗唱しているのだから。


(この書類は10枚以上に及びます。一部だけを暗唱したのなら、前公爵様も私が偶然覚えていたとお思いになるでしょう。ですが、10枚を全部一文字も間違えずに暗唱すれば、この方は間違いなく私のことを気持ち悪いとお思いになるはずです!)


 ディランとこの父親が全く違う人間なのは知っている。ディランがエイヴリルを褒めてくれるのなら、目の前の彼は気味が悪いと感じこの場を立ち去るだろう。


 予想は当たったようだった。エイヴリルが5枚目の冒頭の暗唱に入ったところで、前公爵は目を見開いたまま手を挙げた。


「……もういい」

「いいえ。まだ終わっていませんわ。全部聞いていただきませんと」

「い……いいと言っている!」


 厳しく制されて、エイヴリルは心底意味がわからないというふうにおっとりと首を傾げた。きっと、この方がさらに効果的だろう。


 案の定、前公爵は手にしていた書類の束をエイヴリルに押し付け、後退りをした。


「あ、悪女とは……途轍もないものだな」


 声は低く渋いが、響きはぽかんとして呆気にとられたときのものに近かった。その言葉を自分への嘲りだと受け取ったエイヴリルは、にこりと笑う。


「? ええ」

「……私はこれで失礼する」

「お待ちください。その前にグレイスとシエンナさんの解雇を撤回していただきませんと。いえ人事権は()()()()()ディラン様にあるのですけれど、今後もこのようなことをされては困りますから」

「⁉︎ わ、わかった。勝手にしろ」


 なぜか挙動不審な前公爵はそのまま背中を向けると足早に立ち去ってしまった。それを見送りながら、エイヴリルはやっと安堵の息を吐く。


(私はディラン様の大切なランチェスター公爵家を守れたようです)


 すると、グレイスがぽつりとつぶやく。


「今のエイヴリル様、本当の悪女みたいでしたね」

「怒りが頂点に達しましたら、こんなことになりました。グレイスたちを怖がらせてしまったのなら謝ります」

「いえ全然。この方向に行くのかって思ったら楽しかったです」

「まぁ。それはよかったです」


 グレイスと話していると、目を瞬きながらこちらをじっと見ているシエンナと目が合った。一連のエイヴリルの行動を見て何かを察したらしい。ものすごく目を泳がせている。


 自分の振る舞い――悪女っぽさに驚かれたのだろうと思い、エイヴリルは口に人差し指をあてて『しーっ』のポーズをした。


 そうすると、シエンナは「わかっていますとも!」とでもいうようにこくこくこくこく頷く。


(よかったです。これで私が行きすぎた悪女だということは母屋の使用人の皆さんには広まらないでしょう。行きすぎた悪女ではさすがに嫌われますし、公爵家の女主人は務まりませんから……!)


 というか、今日のこの一件があれば、エイヴリルはもう悪女のふりをする必要はないのではないだろうか。この場を切り抜けるための振る舞いだったが、実は一石二鳥だったのかもしれない。


 満足していると、グレイスの呆れたような声が聞こえた。


「……シエンナの頷きはそういう意味じゃないと思いますが……」

「えっ?」

「だって、エイヴリル様の妹は使用人が困っていたら助けますか?」

「……」


 絶対に助けないと思う。


「そういうことです」

「なるほど……!?」


 つまり、シエンナはエイヴリルが本当は悪女などではなく、メイド二人を助けるために間に入ったのだと理解したに違いなかった。


(すぐに誤った認識を訂正しないといけません……!)


 慌ててきょろきょろと周囲を見回したエイヴリルだったが、残念なことにシエンナはもういなかった。


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