5.かつて枷だったこと
※大事なお知らせ※
2巻の書籍化作業時にディラン父(前公爵)のキャラクターを大きく変えています。
いつもは書籍化時の改稿はWEBに反映させないのですが、今回は変更しないと二章と三章で矛盾が生じるため、WEB版二章の該当部分を修正しました。(最低限の修正なので、違和感が残っていたらすみません)
気になる方は二章を読んでみてください。
(ディラン様は領地入りしてからずっと、領主としてのお仕事をされながらローレンス殿下からの依頼もこなし、そのうえ最近ではテレーザ様の捜索までしていらっしゃいます。ディラン様がこんなに心を砕いているのに、この方はなんてことを仰るのでしょう。信じられません……!)
元はといえば、すべてはこの前公爵が招いた問題なのだ。
彼が遊び呆けずに公爵として国に務め領民に厚く振る舞っていれば、ディランは若くしてこんな重責を担うことがなかったし、そもそも幼い頃に家族がバラバラになることもなかったのだ。
しかも、前公爵が遊びの拠点としていた愛人を囲う離れは、いまやランチェスター公爵領が麻薬取引の拠点として疑われている原因となっている。
(加えて、ディラン様のお話を聞いていると、前公爵様は能力があるのに遊び呆けていたようです。それなのに、思いつきで代替わりをなかったことにしようだなんて……。お家騒動を引き起こし、ランチェスター公爵家を引っ掻き回すだけ引っ掻き回して、ディラン様が大事にしているこの家と領民を不安にさらすだなんて許せないです)
前公爵を睨みつけたエイヴリルは、グレイスとシエンナを庇うように前に出た。
頭に浮かぶのは、最近読んでいた推理小説に出てくる悪女。そして、アレクサンドラである。残念だが、この場合コリンナではお手本にならない。
「まず、彼女たちはわたくしのランチェスター公爵家に必要な人間ですわ」
「な……なんだと?」
あえて『わたくしの』と強調すると、前公爵は意外そうに目を丸くした。その前に立ったエイヴリルは、しなをつくってにこりと微笑む。
今この瞬間、自分は悪女だ。誰かと言い争うことにはあまり慣れていないが、ディランの名誉とグレイスたちを守るためならいくらだって口が回る気がした。
「ふふっ。あなたはわたくしが悪女だとご存じでしょう? わたくしが何を考えてディラン様と結婚することにしたのかはお考えにならないのでしょうか?」
「い……いろいろと話は聞いている。この家を乗っ取ろうとしているのだろう? だが行動が意味不明すぎる。お、お前は一体何を企んでいるんだ」
ひどく不審そうな視線を送ってくる前公爵に、エイヴリルは口を尖らせる。
「わたくしはただこの家がほしいだけなのですわ。領地が豊かで、富も名声も何もかも持っていて、しかもわたくしに夢中な当主――ディラン様がいるこの家が。これだけお金があればほしいものはなんでも手に入りますし、この家の家格があれば多少のルール違反は許されるでしょう? ……あら、考えていることが前公爵様と一緒ですわね」
あらいやですわ、としらじらしく口元を押さえれば、前公爵は目を泳がせた。
「お前、ふざけているのか……?」
「いいえ大真面目ですわ。ですから、この家を乗っ取るためにわたくしはどんなことでもしましてよ。そして、この家が理想通りであり続けるためならば努力を惜しみませんわ。彼女たちはそのために必要な人間ですの。勝手に解雇されては困ってしまいます」
「この家にやってきたばかりのくせに、よくもまあぬけぬけと」
「やってきたばかりですが、この家のことは何でも覚えていますわ。少なくともあなたよりは」
「……何だと? もう一度言ってみろ」
自分に全く怯まず、しかも不自然と言えるほど自信満々なエイヴリルに、前公爵は気味の悪さを感じているようだった。
これは間違いなく、これからエイヴリルがしようとしていることの後押しになるだろう。
「いいですわ。実際にお話しして差し上げましょう」
エイヴリルは待っていたというように口をひらく。
「シエンナ・ニール。二十七年前にマートルの街の商家の三番目のお嬢様としてうまれた彼女は、初等教育を次席で卒業。ですが家を助けるために中等教育は受けることなく、十五年前にランチェスター公爵家へやってきました。初めは厨房で調理の補佐をするキッチンメイドをしていましたが、次第に能力を認められてハウスメイドに昇格します。そこからずっと母屋勤めで、ディラン様のお部屋のお掃除を担当していたこともあります。特技はお裁縫。元キッチンメイドだけあって、彼女が淹れたお茶は特別においしいと屋敷内で評判でもあります。そして、マートルの街の方々から信頼が厚い。……そうですわね?」
シエンナの方を見ると、彼女は目をぱちくりさせている。
それは前公爵も同じことのようだった。「は?」と小声で呟いたきり、目を見開いて顔を引き攣らせ、こちらを見ている。
(それでいいのです)
エイヴリルは『一度で何でも覚えられる』という特技を持っている。
その能力は実家・アリンガム伯爵家にいた頃は『気持ちが悪い』と言われ、家族扱いしてもらえない原因となっていた。
けれど、それを逆手にとって人を黙らせようとする日が来るとは。
(こんな風に考えられるようになったのは、ディラン様をはじめとしたこのお家の皆さんのおかげなのですから)
呆気に取られている前公爵を前に、エイヴリルはさらににっこりと笑う。より気味が悪く見えるように。
「グレイス・フィッシャー。五年前に王都のタウンハウスで雇われたメイドで、二十歳。わたくしのお気に入りですわ」
「!?」
グレイスがギョッとした気配がするが、エイヴリルは気にせずに続けることにした。





