不機嫌なヒロイン
子供の頃(おそらく小学校の中学年くらい)に親と一緒に見た、とあるドラマを今でも時々、ふっと思い出す。
鮮烈ではないけれど、心の隅で消えずに残っているドラマだ。
ただ……。
正直に言おう。
退屈で、つまらないドラマだった。
かいつまんで内容をまとめるのなら。
夫と死別か離別をした三十代後半くらいの、翻訳業か何かの仕事をしている女性。
彼女はインテリであり、自立してきちんと暮らしているが、世間は彼女が今現在独身、というだけで色々と鬱陶しい茶々を入れてくる……という状況のよう。
(当然昭和なので、今以上に社会の雰囲気はそうだろう)
そんな彼女の小さな部屋へ、とある嵐の日、ヒッピーくずれっぽい雰囲気の美青年が転がり込んでくる。
彼女と彼は、顔見知り程度の知り合いではあるようだが、青年の方は前から彼女に強い興味を持っている。
彼女は常に青年をつれなくあしらっていたが、さすがに激しい雨の中、そのまま追い出す訳にもいかないので家へ上げ、バスタオルを貸す。
その日は風雨が少しおさまった頃、傘を借りるなりなんなりして大人しく帰った青年。
しかし彼は機会があるごとに彼女に接触し、やがてふたりはねんごろになる、のだが……。
事後、を思わせるカットの中、裸身に白いシーツを巻き付けた青年が、何故か大きな林檎をまるかじりしている。
(よそよそしく)少し離れた彼の横で、憂鬱そうにしている彼女。やはり裸身にシーツを巻き付けている。
明日は何する予定?という内容の質問をする彼へ、田舎の実家へ帰ると答える彼女。
『親の顔なんか見てどうするの?』と問う彼へ、『こういう、つまらないことになってしまった経緯を報告するの』という風な返答をする彼女。
彼はその後、だまって林檎をかじり続け……、End。
ここで終わるんかーい、と、内心ツッコミを入れた当時の私(笑)。
子供だったので男女の営みを正確に知っていた訳ではなかったものの、このふたりが『恋人』とか『愛人』とか『夫婦』でなければしない行為をして、『深い仲』になったらしいことは察していた。
それなのに、ちっとも楽しそうでも嬉しそうでも、満たされた雰囲気でもないふたり……特にヒロイン。
ほんならそーゆーことせんかったらエエやん、と思う、おませで背伸びしたい時期の少女だった私。
この女の人、結局ナニがしーたかってん、変なドラマやなーと。
私が当時子供だったから、尚更そう感じたのだろうが。
この記憶が正確ならば、大人になった今見ても『……うーん?』という煮え切らない感想しか出てこない、そんなドラマだったのではないかと思う。
多分これは、世間の眼やら何やらに悩まされ、鬱屈している基本真面目なヒロインが、自由で身勝手に生きている年下の青年に心ならずも惹かれ、絆されて関係を持ったものの後悔しかしなかった……という、情景や、登場人物の複雑な心理状態を味わうべきドラマなのだろう。
この番組枠でよく放送されていた、スカッとしたカタルシスのあるエンタメ作品ではなく、例えるならば純文学風のドラマなのだろう。
(なんでそんなのがゴールデンタイムに近い夜の9時に放送されていたのかは不明だが、昭和にはちょいちょい、こういうことがあったような記憶がある)
ドラマとか物語とかのセオリーでいうのなら。
彼女はラストで成長というか、変わるべき、だ。
別に、この身勝手で美しい青年とこのまま付き合い続けても、あるいはすっぱり別れてもかまわない。
だけど、彼女を縛っている有形無形のナニガシカから、どんな形であれ抜け出すなり程よい距離を保つ工夫なりをし、眉間に寄ったしわを消して、心から彼女が笑う、ラスト。
(そう、彼女は徹頭徹尾、憂鬱そうなのだ)
無意識で私は、そういう流れを期待していたのだと今、改めて思う。
だけど彼女は変わらない。
青年との『あやまち』を、何故(当時子供だった私も首を傾げた)自分を悩ましているであろう『世間の眼』の代表格たる自分の親へ、わざわざ話しに行くのか?
行く必要なんかないし(まあ本当に行ったかどうかはわからないが)、行っても叱責されるか呆れられるか、だから独身でいるべきじゃないと強引にお見合いなどさせられるか、そんな結果になるのは目に見えている。
(子供の私でもうっすらそう思ったくらいだから、彼女にはもっとそれがわかっている筈)
わかっていても、そういう行動を取ろうとする彼女。
嫌だ嫌だと思っているのに彼女は、最終的に自分から進んで、憂鬱な枷へ囚われにゆく。
そこで終わらせるこのドラマに、私は、個人的にどうしてももやもやが残り……、結果未だに記憶の隅で消えずにあるらしい。
逆説的だが。
このドラマはある意味、成功している。
面白いかどうかという部分では、十人中八人くらいは『面白くなーい、鬱陶しーい』という感想を持ちそうだが、見た者の心にもやもやであれ何であれ残り、思い出してはアレコレ考えるきっかけになっているのだから、単純にすごい。
まあ、このドラマを最後まで視聴した上、しつこく覚えているのは私のようなひねくれ者だけかもしれないが、それにしても。
ドラマとしてはさほど面白くないのに(失礼!)、最後まで視聴させる力があったという事実は、やはりすごい。
そういえば、映像は(単発の短いドラマにしては)綺麗だったかもしれない。
特にラスト間際の、事後のシーンは映像として綺麗だった記憶がある。
白いシーツに包まった、美男美女(ヒロインも年増設定ながら美人さん)。
シーツからはみ出す青年の長い手足。
やや浅黒い、ちょっとエキゾチックな容貌の彼が、暗めの赤の、大きな林檎をまるかじりしている。
肩に届くか届かない程度の長さの、栗色っぽい髪の彼女は色白で、繊細な目鼻立ち。
そんな美女が、寒そうにシーツに包まって憂鬱そうに遠い目をしている。
うん、絵面はいい。
綺麗だ。
林檎をかじっているのも、聖書の原罪をイメージしているのかも?とか、後で思うようにもなった。
だけど映像美だけで人(特に子供)の心はつかめないだろう。
この一番美しいシーンはラストであり、そこまで視聴者を引っ張ってこなくてならない。
このふたり一体どうなるのだろう、というヒキは、ちゃんと機能していたということだ。
ただ、終わり方がなんだか肩透かしだっただけで。
(あくまで個人の意見)
『面白い』という概念をどう捉えるのかは色々な意見があるだろうし、個人の見解も様々だ。
私はつまらないと思ってしまったこのドラマも、身につまされる思いで泣きながら見た人も皆無ではないだろう……多分。
しかし、見ている間は夢中で楽しんだのに、ン十年経ってもきちんと内容を覚えているドラマ……一体、幾つあるだろうか?
その視点から評価すると、この憂鬱そうで不機嫌なヒロインのドラマは、私の記憶にしっかり刺さっていることになる。
ワクワクしながら楽しんだけれどあっさり記憶からこぼれ落ちてしまう作品と、しっかり記憶と印象に残っているけれど面白いとは言い切れない作品。
作り手として、果たしてどちらが嬉しいだろうか?
ベストはもちろん、受け手にとって面白く、かつ記憶と印象に残る作品だが。
上記のどちらかしか選べないのならば、私は一体、どちらを選ぶだろう?
究極の選択かもしれない。
……ところで、皆様はどっち?