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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

良くある話

作者: 佐藤なつ

「やだ。また失敗しちゃった。私ってダメね。」

自分で作った拳骨で頭をコツンと叩くリタ・コーディ男爵令嬢を、整った顔立ちの男性達が慰めている。

「大丈夫だよ。」

「失敗は成功の元だよ。」

「何度でも挑戦する気持ちが素晴らしいよ。」

「諦めなければ失敗では無いよ。」

「成功の一過程だよ。」

励ましの言葉の大安売りだ。

何処かで使い古された無責任な励まし。

そんな安っぽい励ましでリタは

「うん、頑張る!」

等と言って、立ち直っている。

何処かで見たような三文芝居。

自分の婚約者である王太子やその側近を含む高位貴族が嬉々として芝居に興じるとは嘆かわしい。

怒りよりも、そんな感想しか湧き出てこない。

市井で最近流行の恋愛小説を見せつけられているようだ。

低位貴族の娘が、高位貴族の男性に庇われ大事にされる。

恋に恋するような年代の子が大好きな内容だ。

ただ、自分には当てはまらない。

いや、当てはまるか、自分はその小説に出て来る悪役令嬢そのものだ。


さてさて、どうするのが最善の行動であるのか。

マデリーンはしばし考えてから、その集団に足を向けた。

無駄と思われる忠告をしに。

恐らくマデリーンは王太子に怒られるだろう。

リタに怯えられるだろう。

側近に誹られるだろう。

弱い者の心がわからない、思いやりの無い令嬢だとして。

貴族達のマデリーンの心証は悪くなる。

しかし、誰かが王太子達の行動を窘めたという実績が必要だ。

王太子達の行動に不満を持つ者達の気持ちを考えれば、マデリーンがするしかないのだ。

私情が入らないように、冷静に、今起きている事象のみを伝える。

かつて、マデリーンが出来なかった時は誹られるばかりだった。

マデリーンが努力した過程は誰も見てくれなかった。

そんな気持ちは奥底に押し込む。


マデリーンは、無表情、義務的な声で武装して、茶番集団の前に立った。

負けるとわかっている勝負でも、挑まなければならない。

自分を奮い立たせて臨んだ結果はマデリーンの予想通りだった。

悲しい程に予想通りのやり取りをした。

全く王太子達には響かない自分の言葉。

むなしかった。


ただ、マデリーンを支えているのは高位貴族としての矜持だ。

王太子達への気持ちすら既にない。

自分が自分であるために、自分のすべきことをする。

その為だけに、背筋を伸ばし、誰よりも優美に見えるよう、指先一つの動きまで神経を行き届かせ、ただ役目を果たした。




コーラル王国において、マデリーン・ディリス公爵令嬢と言えば唯一無二の完璧な令嬢だった。

令嬢としての嗜みはもちろん、博識で学業も優秀。

容姿も美しかった。

紺碧の髪は宵闇の如く。

金色の瞳は人の心の深淵を覗くよう。

怜悧な美貌を持ち、それはそのまま彼女の性格を現していた。


彼女は何があっても動じない。

淡々と、冷静に、全てを采配する。

時に冷酷な判断すら眉一つ動かさず決断する。


誠に、彼女は次期王妃として相応しい。

それが周りの評価だった。


だから、今、王立学園の卒業パーティで彼女が王太子殿下ディーンから婚約破棄をされても、全く表情を変えないのに、周りは納得していた。

その前段階で、マデリーンがエスコート無く会場に現れた時も、婚約者の王太子殿下が元平民の男爵家令嬢リタを連れていたのを見た時も、ただ、冷静な声で、

「ご機嫌よう。」

と、だけ言ったのだ。

ディーンは挨拶の代わりに婚約破棄を告げ、理由として彼女の所業をあげつらい始めた。

リタが、特別な才能を持ち、尚且つ隣国の王弟の隠し子である。

それを排除しようとしたマデリーンの罪を声高に訴え、公衆の面前で謝罪の要求、謹慎を申しつけた。

だが、やはりマデリーンは動揺しなかった。


「全くいわれの無い罪状ですが、婚約破棄は承りました。私はこれで失礼します。皆様お騒がせしましたが、折角の卒業パーティ、楽しんで下さいませ。」

そう言って退場したのを見て、パーティ出席者は皆、その冷静さに驚くばかりだった。

ディーンの命令を受けて連行しようと近づいた護衛達を一瞥して、素直に会場を出て行ってしまう。

出席者は皆、ポカンと口を開けてその様子を見ている事しか出来なかった。


翌日、マデリーンの婚約破棄、公爵家からの放逐、修道院へと送られたことが発表された。

驚くべき事に、それはマデリーン自ら行い、パーティから帰ったその足で修道院へと向かったのだという。

どうやら以前からマデリーンは手続きを進めていたようだ。

自ら反省をしたという体をとった事によって公爵家は、王太子からの更なる追求を逃れる事が出来た。

その手腕に、人々は、惜しい人を逃したと噂した。


数ヶ月後。

王宮の庭園を走る二人の男女がいた。

そんな無作法をする者はと使用人達は目をやり、そして、納得したように目を背ける。

関わり合いになりたくないと言う空気を出してその場を皆が去って行く。

二人は気づいているのか、いないのか笑いながら庭園を駆けていく。


「こっちよ。」

リタがディーンの手を引っ張る。

「待ってくれよ。」

ディーンは笑いながらリタの後を追う。

二人は美しい緑の迷路を奥へ奥へと走っていく。

しばらくしてリタが止まった。

「ココ。ココの景色が素敵なの。」

リタは頬をバラ色に染めてディーンに言った。

「あぁ、ここまで入った事はないな。いつも止められる。」

「ディーのお家なのに。入っちゃいけない所があるなんて変だわ。」

リタは頬を膨らませる。

王宮の庭をお家と表現する素朴さ、クルクル変わる表情を見ているだけでディーンは心が洗われる気持ちになった。

曾ての婚約者とは違う。

いつも冷たい視線で、自分を追い詰めてきた婚約者。

本当にいなくなって良かった。

心中そんな事を思っていると、

「ディー。座ろう。」

リタに促されて二人で芝生の上に腰掛ける。

そよそよとした風が気持ち良い。

リタがディーンの肩を押して、二人は芝生の上に横たわった。

「気持ち良いね。」

囁くような声。

「そうだな。」

二人は見つめ合った。

自然と近づく顔。

もう少しで触れ合う所で、人の気配がした。

「あ~、疲れた。」

「やんなっちゃうわよね。」

「通常業務もあるのに、捜索なんて、私たちの仕事なの?」

「見つかる訳ないって言うの、皆見て見ぬ振り、知らない振りするんだもん。」

「仕方ないじゃない私たちだって逆の立場だったらそうするわよ。」

「確かにね・・・。」

「あぁぁ。本当仕事ばっかり増やして。厄介よね。」

「何でいつも、逃げてばっかりなの?」

「勉強嫌いだからじゃない。」

「課題も全然進んで無いそうよ。」

「やる気ないものね。」

「・・・やる気はあるでしょ。落とす気が。」

「まぁ、市井で暮らしていた方ですから。」

クスクスと笑う声。

メイド達の噂話だ。

二人、いや、三人ほどが、歩きながら話している。

横になっている二人は木の陰になって見えないらしい。

「お血筋は良いのかもしれませんけども・・・。」

「余りにも、ねぇ。」

「だって、お血筋で言ったらマディ様だって同格でしたわよね。」

マディと言うのはマデリーンの愛称だ。

何故か、マデリーンは召使い達にまで愛称で呼ばれているらしい。

「お血筋だけでしょ。同格なのは。」

「愛嬌は圧勝よね。」

「愛嬌って言うのか、媚売りって言うのか、それで誤魔化しているって言うか・・。」

「まぁ、“可愛い”に全振りしてるから、後数年後には見てるのが辛くなるかもね。」

またクスクスと笑いあった。

「殿下はそういうのがお好きなのかもね。」

「でも、ご容姿や媚媚の性格は殿方のお好みがあるとは言え・・・後ろ盾、知性、立ち居振る舞い・・次期王妃の素質、総合的にはマディ様の圧勝でしたでしょう?」

「比べものにならないわよ。」

「このままあの方が王妃になるって言うのはちょっと・・。」

「ご公務とかどうするつもりなのかしら。」

「また、逃げるのかしら。」

「嫌よ。毎日探さないといけないのは。」

「このままでは、強引にマディ様と婚約破棄した殿下のお立場も悪くなっちゃうんじゃない?」

俯き、小刻みに震えるリタを見て、ディーンは咳払いをした。

メイド達は、途端に口を噤み、何処かへと去っていった。

噂話とは言え、内容が内容だ。

叱責する場面だ。

だが、ここは使用人達の休憩所エリアだ。

王太子であるディーンが出て行って叱責すれば、またリタと一緒にいる所を見られれば変に噂をされるだろう。

ディーンは目の前で身を小さくした愛しい婚約者リタに声をかけた。

「困ったものだね。好き勝手に話すから。」

「部屋に戻ろうか。」

優しく声をかけるもリタは無反応だ。

「困ったな。だんまりで。」

ディーンが苦笑して頭をかく。

景色を眺めると、さっきまで輝いて見えていた世界が、とても色あせたように見えた。

しばらくして、唐突にリタが口を開いた。

「ディーも思ってるの?」

「何が?」

「ディーも私の事、媚売りだって思ってるの?私が逃げてばっかりだって。」

「そんな事、思ってないよ。」

「だって、ディー!あの人達に言ってくれない。私がそんなじゃないって。私の事庇ってくれないわ。あのパーティではちゃんと言ってくれたのに。」

「リタ。ここはね。使用人の休憩エリアなんだ。息抜きが出来る場所なんだ。だから僕たちみたいな人が入るべきじゃないんだ。」

「だからって自由に言わせるの?ディーだってそう思っているんじゃない?私が逃げてばっかりだって。」

「そう言うなら、君は、本当は今家庭教師についてマナー勉強の時間じゃ無かった?」

「課題はもう終わったわ。ディーまでそんな事言うなんて。私を守る為って言って、王宮につれてきてくれたのに。ついてきたらディーは変わっちゃったわ。学園の時みたいに愉しく、一緒に色んな事やってくれない。あの時は私がどんなに時間がかかっても出来なくても、努力してるって認めてくれたじゃない!」

「もう、僕たちは学生じゃないんだ。」

「そればっかり!」

リタは立ち上がると、そのまま走って行ってしまった。


ガサガサと音を立てて、手入れされた低木にドレスを引っかけ傷つけながら周りを気にすること無く。


音を立てれば当然気づかれる。

いや、もう聞き耳を立てられていただろう。

人の気配がそこかしこにした。


ディーンは溜息をついて、身体についた落ち葉を払いながら立ち上がった。

丁度、見計らったようにディーン付の侍従がやってくる。

肩についていたらしい落ち葉を一枚取りながら、

「王弟殿下が訪ねていらっしゃってます。」

と、告げた。


ディーンにとって王弟は、父である王よりかなり年下で、叔父と言うより兄のような存在だった。

確か10才ほど離れていて小さな頃は良く遊んで貰った。

ディーンが成長すると、色々口うるさく言う者が現れたらしく、自分の宮に籠もって自分の好きな研究に取り組んでいる。

久しぶりに会える嬉しさと、恐らく母辺りに言われて説教でもされるのでは無いかとディーンは身構えた。

自分の宮の客間に行くと王弟ショーンは、バルコニーから庭園を眺めていた。

二階にある客間からは庭園が一望出来る。

もしかして先ほどの自分の行動の一端でも見られたのでは無いかとディーンは一瞬気まずく思った。

「お待たせしました。お久しぶりです叔父上。」

「殿下。お久しぶりですね。」

「改まった口調は止めて下さい。是非、以前のように。」

「ですが、そういう訳には・・。」

「大丈夫。ここは僕の宮です。誰にも何も言わせません。」

外向きの口調にディーンは思わず言った。

自分が一人息子の為に、未だに臣籍降下できず、宙ぶらりんでいる叔父。

早く自由になりたいと常々、言っていたのに申し訳なくなる。

「そう。じゃあ。遠慮無く。変わりないかな?元気そうで良かった。」

穏やかな笑みでショーンが応えてくれてディーンは安心する。

「今、庭を見ていたんだ。この眺めも久しぶりだ。随分、木々も育ったね。あの木、覚えているかい?」

「えぇ、覚えています。一緒に植えましたね。」

「なんで植えたか覚えている?」

「さぁ、果樹に釣られてでしたか?」

「あの頃の君はとってもヤンチャで、良く木々を折ったり、とにかく庭園をダメにしてしまう事が多くて、義姉上に頼まれたんだ。木々を大事にする気持ちを芽生えさせるにはどうしたら良いか…とね。」

「そうでしたか。あの頃は訳のわかってない子供でしたから。」

「今も、そうだよ。」

「えっ?」

間髪を容れず言われた言葉がディーンは理解出来なかった。

「今…なんと…。」

「今も、君は、訳のわかっていない子供だよって言ったんだよ。」

柔らかな雰囲気で、口調で辛辣な言葉を言われる。

「どうしたの?人に言うのは平気でも言われるのは慣れてないかな。」

畳みかけるように言われてもディーンには全く対処のしようがない。

「あぁ、君たち、今からちょっと混み合った話をするから、席を外してくれ。」

動揺しているディーンの横でショーンはさっさと人払いを済ませてしまった。

バルコニーに繋がる戸を閉められ、二人っきりになる。

「本当にね。私にも責任があるね。君をこんな風にしてしまった一端がね。」

ショーンは遠くを見ながら言った。

「殿下…いや、昔のようにディーと呼ばせてもらおう。他ならない君が良いと言ってくれたからね。いや…君を大人扱いするのは相応しくない。君はまだ、子供だ。だから、君はもう少し勉強して、それから王となった方が良い。だから、私がその中継ぎの王となる事が決まった。期間は君が大人になるまで。早く大人になってくれる事を願うよ。知っての通り、私は王座に興味は無かった。王弟として第2王位継承者として王宮に留まるのも不本意だった。君が学園を卒業するのを心待ちにしていたと言うのに。」

ショーンは左右に首を振った。

全く残念だと言うような仕草だ。

「なん…で、そんな…僕に何の話も。」

「兄も、義姉上も君に話をしたがっていた。だが、話から逃げたのは君だ。だから私がメッセンジャーとしてやってきたと言う次第さ。これから正式な通達が来る。通達が来たら、君はこの国に居づらいだろうから、隣国でも留学でも、私が貰うはずだった所領に引っ込んでもらっても良い。他に何か希望があれば今のうちに私に言ってくれ。」

「なんで。なんでそんな。」

ディーンはその場に崩れ落ちそうになった。

その身体を咄嗟にショーンが支える。

「みっともない真似をするな。座り込むことは許さない。人の目があるだろう。君は将来の王の器があるのか?人の言葉に動揺を見せるな。」

口元に笑みを湛えたまま辛辣な言葉を投げつけられる。

「全く。困った子だ。部屋に戻ろう。」

ショーンは支えるようにしてディーンを室内に連れて行った。

ソファーに座らせると、

「今日はそれだけだ。詳しい話が聞きたければ後日私の宮に来ると良い。いいか。平静を失うな。これ以上自分自身の評判を下げれば私も君を庇いきれない。」

小声でショーンは言うと、

「殿下は、お疲れのようだよ。私はこれで失礼する。」

侍従達には穏やかな口調に戻って対応して去って行った。



翌日、ディーンはショーンの宮を訪ねた。

表向きは昨日の非礼を詫びると言う建前で。

「殿下、体調はもう宜しいのですか?」

ショーンは笑顔で出迎えた。

「まさか翌日にいらっしゃるとは、しかもお一人で無いとは。思いもしませんでした。」

「私!昨日ディーがショック受けて倒れちゃったから。心配でついてきたんです。」

リタがショーンの話に割り入ってきた。

「なるほど。」

ショーンは口端だけを上げた笑みを浮かべ、眉の動き一つで召し使いを部屋から出て行かせた。

「この方は誰ですか?」

ショーンはディーンに向いて言った。

「えっ。あっ。やだ。私ったら自己紹介もせずに、私、リタです。ディーの婚約者です。」

カーテシーを披露するのをショーンは冷たい視線で見ていた。

「なるほど、あなたが麗しの婚約者候補ですか。聞きしに勝る無作法者だ。殿下。いや、ディー。あなたは全く私を失望させ続けますね。何故一人で来なかったのですか?昨日の話を何故部外者に話したのですか?私は言いましたよね。平静を失うな。と。」

「……はい。」

ディーンは俯いた。

「ディーを責めないで!かわいそう!だってディーはずっと王に成るために頑張ってきたのに、急になれないって言われて落ち込んじゃって……。」

リタはディーンを庇うように話し始める。

「黙れ。」

「えっ。」

「黙れと言ったんだ。お喋り雀め。全く、お前の存在がディーの将来を狂わせ、果ては私まで影響を受けたんだ。全く、マディは正しかったな。先に一抜けしたんだからな。」

「どういうことですか?」

懲りずにリタは聞き返した。

「全く、言葉も理解できないのか。」

「酷いわ。言葉は理解できます。黙れなんて酷い言葉、上の人間が使ってはいけません。人と人は話し合ってこそわかり合えるんですよ。オジサマはそんな事もご存じないのですか?」

「それは共通認識や、ある程度の知性を持っている人間同士、もしくは片方の努力によって成り立つ事象だ。残念ながら今の君はココではサル、いやサルに失礼な程の知性しかないという認識だ。それも理解していないのだろう?」

「酷い…。」

「何か言われたら“酷い”としか言えない。“酷い”語彙能力だ。」

「そんな、ひどい…。」

「また“酷い”か。」

鼻で笑われるように言われたリタは握りしめた手を口元に当て、目に涙を浮かべた。

ポロポロと涙をこぼすのを見て、ディーンは慌てて背中を摩って慰める。

「この程度で泣くとは。」

「叔父上、まだリタは学んでいる途中で未熟なんです。多少の事には目を瞑って頂きたい。かつて叔父上は、出来ない者の気持ちを慮れと僕に言いましたよね。」

ディーンはショーンに訴えた。

「殿下。いや、もう、殿下としては遇するのに値しないか。」

ショーンは笑顔を消した。

「何故、そんな教育途中の子を僕の宮に連れてきたんだい?人の話に割り込む。君からの紹介の手順を踏まずに勝手に自己紹介を始める。王弟である僕に意見を言い、窘める。ただの男爵令嬢が、失礼極まりないね。ハッキリ言わないとわからないみたいだから言わせてもらうけど、とても不愉快だね。」

「ディー。あなたのオジサマ。とっても意地悪なのね。嫌な事ばかり言う。」

リタが頬を膨らませた。

ショーンの冷たい視線にディーンはリタに囁いた。

「リタ。ちょっと黙ってて。」

益々リタは不機嫌な顔になる。

「ディーまで“黙れ”って言うの?」

ショーンは左右に首を振った。

「全く不愉快な子だ。話したくもないが、これだけは教えてあげよう。“不敬”って言葉知っているか?僕は年齢でも、身分でも君よりずっと上だ。学園では平等を謳っていたかもしれないが、ここは王宮だ。何処よりも身分制度がはっきりしている。誰からどのように挨拶の言葉を交わすか、全て作法で決まっているんだ。そんな基本的な事、マディなら幼児の頃からでも出来ていたよ。」

「マディってマデリーンの事ですか?あの人は公爵令嬢じゃないですか。私は今、勉強している所なんです!」

リタは言い返す。

「何を学んでいるんだい?言っただろう。幼児の時からでも出来ていたと。つまり基本中の基本だ。そんなことすら未だに身についていないのか?あぁ、そうだな。いつも逃げてばかりという話しか聞こえてこないのは事実だったと言うことか。全く不愉快だ。オイ。この女を連れ出せ。話をする価値もない。」

パンパンと手を叩いてショーンは召使いを呼んだ。

「いや、何?止めて。」

現れた優秀な召使い達がリタを押さえつける。

「“不敬罪”だ。貴人の塔に連れていけ。」

「止めて下さい。彼女は隣国の…。」

ディーンがショーンに訴える。

「王弟の庶子だったか。だからどうした。」

「隣国との外交問題に……。」

「なるだろうな。はっきりと“不敬罪”を表明しないと。我が国の、我が王宮は礼儀を弁えない不届き者にはっきりと意思表示が出来ない腑抜けだと諸外国に侮られるだろう。」

「そこまでの話では無いと思いますが。」

「そこまでの話になるのさ。ほんの少しの綻びが他国につけ込まれる隙を与えてしまうのだ。もちろん下々の者からもだよ。だからこそ、それなりの地位のある者はそれなりの態度が求められ、それに反したら処罰される。それが引いては自分を、国を守るのだ。」

「しかし!彼女のした事はそこまでの事でしょうか?それに自由な口調で話す事は僕が許したのです。この窮屈な王宮で、少しでも彼女らしく暮らせるようにと思って…。」

「そもそも王宮とは窮屈な物だ。勘違いしてはいけない。それにディー、君は自分を何者だと思っている?仮にも王太子だろう。規範となるべき王族の者が自ら法から離れるとは、嘆かわしい。王族は権力を笠に着て好き勝手は出来るかもしれない。だが、そんな人物に誰もついてこないだろう。私たちは権力がある。だからこそ、それをどう使うか、誰にどんな影響をもたらすか善く善く考えて行動せねばならない。そんな当然の事も忘れてしまったのか?過去には、権力を振りかざし身を滅ぼした統治者の例などいくらでもあるだろう?だから、私たちは、常に自分の身分に相応しく行動せねばならない。」

「でしたら拘束する前に、リタにそのように諭して下さったら。」

「言っただろう。聞く耳、素養が無い者にどれだけ聞かせても無駄だ。」

「だからと言って連行させるなんて可哀想です。」

「ただの反省房送りなど処罰としては優しい方だろう?」

貴人の塔とは王宮の端にある軟禁所だ。

自由は無いがある程度の生活水準は保たれる。

「ディーのしてきた事よりはマシだと思うがね。」

「どういう意味ですか?」

ショーンは眉間に皺を寄せて言った。

「マディは地位も名誉も剥奪されたよ。」

「マデリーンはリタを陰湿に虐めていたんです。果ては命まで奪おうとしたんです。」

「君も、いや君たちもマディを虐めていたのを忘れてしまったのかい?」

ディーンは首を傾げた。

「僕が?マディを?」

「やれやれ、全く身に覚えがないって顔だね。その前に、頭が働いてないのだろう。酷い顔色だ。」

指摘されたディーンの顔色は悪く、目の下には隈が出来ている。

睡眠不足で考えも及ばないようだ。

「たった一晩でそこまで落ち込むとは、全く打たれ弱いね。まず、お茶でも飲みなさい。それからソファーに横になると良い。私の宮で倒れたとなれば、君の唯一の武器、若さや体力ですら疑われて本当に王位継承権を剥奪されてしまうかもしれないよ。」

ディーンは言われるまま操り人形のようにソファーに座り、勧められたお茶を口にしてから身を横たえた。

「子供の頃は、もう少し、気概があったのに。どうしてこうなってしまったんだろうね。」

向かいあわせのソファーに腰掛けたショーンはディーンに語りかけた。

「私はずっと見てきたよ。君の事を。君たちの事を。」

ショーンは話し始めた。


ディーンが一人息子として王の跡取りとして多大なプレッシャーを受けていたのを感じていたこと。

政争を避けるために早々に臣籍降下して田舎の領地に隠遁したかったが、ディーンを見守るべく、成人までは留まる事にした事。

ディーンの負担を減らす為に、マデリーンが婚約者に選ばれ、自分も賛成したこと。

等を。


独白のようなショーンの話は続いた。


今思って見れば顔合わせのタイミングも悪かったのかもしれない。

丁度恥ずかしい年頃だったんだろうな。

君は最初からマディに冷たかった。

同性の男の子達と遊ぶのが楽しかったんだろう。

周りの大人達にマディと会うように強請されて、君は面白くなさそうな顔をしていた。

実際面白く無かっただろうね。

子供の頃のマディは大人しい性格だったから、君の好む遊びについていけなかった。

君と、君のお友達はマディを撒く為に、置き去りにしたり、マディを部屋に閉じ込めたりしただろ?

訳もわからず、物置小屋に閉じ込められて、小さな女の子がどれだけ怖かっただろうね。

別に悪い事をした訳でもないのに、ただ君たちの遊びの邪魔になったというだけでね。

だけど、一度も泣くことはなかった。

いや、君たちの前では泣かなかった。

叱られる君たちを庇ってさえいたよ。

まぁ、庇われた君たちはプライドが傷ついたのか益々彼女を嫌う羽目になってたけど。

本当に君たちは子供だったね。

子供らしい子供時代を過ごさせてあげたいと言う義姉上の思惑が悪い方に作用してしまったのだとは思うんだけど、逆にマディは小さいときから自分の立場を良くわかっていたよ。家から良く言い聞かされていたんだろうね。

必死になって努力していた。

君たちと仲良くなろうと。

君たちの好きな物を贈ろうとしたり、君たちの好むような格好をして、君たちの好きな話題を学んで……。

勉学だって、君たちについていけるように、一生懸命努力して努力し続けていた。

彼女は優秀で君たちを追い越してしまった。

健気な努力だと、大人受けは良かったけど、それが更に君たちの反感を買ってしまったのは誤算だったな。

大人達も手を出せば出すほど仲が悪化すると気づいてからは見守ることしか出来なくなってしまった。


君はあのリタ嬢のむき出しの感情を好ましいと言っているらしいね。

マディの事は鉄面皮と言って嫌っていた。

でも覚えてないのかい?

小さい頃のマディだって感情豊かな子だったよ。

笑って、隠れて良く泣いていた。

そんな彼女に君たちは習ったばかりの高位貴族の常識を押しつけた。

家庭教師に言われたり、叱られる鬱憤を彼女にぶつけて晴らしていたんだろう。

君たちは、彼女が笑うと、はしたないと怒ったり、少しでも顔を歪めれば身分に相応しくないと詰っていたよね。

彼女は、感情を表すことが出来なくなって段々無表情になっていったよ。


私は、見ていられなかった。

君たちに何度も言ったね。

人の気持ちを慮れ。

王になるのであれば出来ない人、持たない人の気持ちを理解出来なくても出来るように努力するように。


だけど、君は理解出来なかったね。

このままではいけないと、マディが壊れてしまうと心配した公爵の陳情を受けていた。

不敬でも構わないから婚約破棄をさせてくれと公爵家から再三申し出を受けていたんだよ。

だけど、義姉上は君が傷つくのを恐れたんだろう。

婚約破棄は受け入れなかった。

知らなかったかい?

マディが君の事を盲目的に好きで纏わり付いてくると思ってたんだろう?

本当は違ったんだよ。


その証拠に一時マディが留学した事があっただろう。

義姉上は一旦、君と彼女を離したら良いのではないかと考えたんだね。

隣国へ彼女を留学させたけど、だけど、余り効果は無かったね。

むしろ悪化した。

君は自由だとばかりに気安く女性と話すようになったね。

その中でもリタ嬢に夢中になった。

周りにダメと言われれば益々のめり込むものかもしれない。

リタ嬢はマディと正反対だから当てつけもあったのかな。

ディー。君はリタと一緒になれるように形振り構わず、リタ嬢の事を調べたのだろう。

リタ嬢が隣国の王弟の庶子と言う調査を得て嬉しかっただろうね。

だけどね。

隣国の王弟って言うのは、奔放な人物というのは知っているかい?

どこで誰と関係を持ったかなんて覚えていないって言う噂もあるくらいにね。

王弟の子だと名乗り出る人が何人もいるそうだよ。

本当の子かどうか確認するのも面倒がって適当に追い払ったり金品を渡したりするらしいのだけども、リタ嬢はどうなんだろうね。

そんな顔しないで欲しいな。

ちゃんと調べない君が悪いんだよ。

それで、隣国の王族に連なるリタ嬢を虐めていた罪でマディは放逐されたけども……。

覚えていないのかな。

マディは隣国の王妹の娘なんだよ。

これも、知らなかった?

母君は生まれた時から病弱で、周囲から隠されて育てられていたんだ。

長く生きられない身体だった母君は、それでも国の役に立ちたいと我が国に嫁いできたんだよ。

病弱な自分を育ててくれた恩を、国に、民に返したいと訴えてね。


だけど、早世することがわかっていたから、王族に嫁ぐことが出来なかった。

代わりに、ディリス公爵家に輿入れしたんだ。

ディリス公爵は先々代王の臣籍降下された末息子だからね。

血筋的には王族に嫁ぐのに代わりは無いと言うことで隣国も納得してくれたんだよ。

そこで…だ。

マディは留学しただろう。

その容姿が母君…王妹に生き写しだと隣国では評判でね。

隣国の王宮では盛大な持てなしを受けたんだ。

あのまま隣国に移住するのがマディに取っては良かったのだろうが、義姉上が許さなくて仕方なく帰ってきたんだよ。


義姉上は、マディに言ったんだ。

王妃教育を受けた者として、相応しい行動を。

国の為に私を殺して生きるように。

マディの母のように。

って。

だから、マディは、そうした。

そうするしか無かった。

王妃教育を受けた者として、学園で振る舞うように言われたんだよ。

だから、君の行動を窘めたし、リタ嬢の行動も注意した。

まぁ、言う内容は殆ど子供の頃の君たちの焼き直しだったみたいだね。


“貴族令嬢として弁えるように”

“自分の身分を弁えろ”

それの表現が変わっただけだったけどね。

回り回って自分に返ってきただけなのに、人に言われると腹が立つんだね。

君は、怒り、マディを嫌ったのだろう。

本当に、浅慮で、思いやりの無い子に育ったね。


いつしか向かいに座っていたショーンはディーの隣に腰掛け、幼子を寝かしつける時のように一定のリズムでポンポンと胸を叩きながら言い聞かせていた。


長い、長いショーンの言葉にディーはハクハクと浅い呼吸を繰り返した。


「で、でもマディは、リタを…殺そうとして・・。僕はそんな事した事ない…。」

「あぁ、マディがリタ嬢を毒殺しようとしたっていう話?あれは、単なる毒慣らしだよ。義姉上が言ったんだ。リタ嬢を妾妃として迎える準備をしなさい。」

と。

だから、高位貴族に伝わる毒慣らしの薬をお茶に入れたのさ。

ほんの少し体調が悪くなる程度らしいけどね。

随分大げさに騒ぎ立てたらしいね。


「しかし、ならば、そう言ってやってくれたら。」

「言ったら聞いたかい?聞かなかっただろう。それに、人間性を見ていたんだよ。咄嗟の時に人間は本性が出るからね。」


それで、マディは判断したんだ。


リタ嬢は王家に相応しくないって。

だって、そうだろう。

ちょっとした事で騒ぎ立て、君や周囲の関心を引こうとする。

大切なお茶会を台無しにしてしまう事は気にならない。

招いた人を慮って、別室に行くとかそういう配慮も無い。


配慮の無い人間は王族に必要ないんだよ。

何よりも、妾妃にとって大切な事は、相手の心を癒やす事だ。

リタは妾妃になっても君の癒やしにはならない。

君の足枷になるとマディは判断して排除することにしたんだ。

“階段の上から突き飛ばす”

そんな野蛮な事、本来はマディのやる事じゃない。

マディだってやりたくなかっただろう。

暗部に依頼すれば、もっとスマートだったろうしね。

だけど、マディは役目を全うしたんだよ。

学園における王妃として、不要な者は排除する。

自分はそれが出来る人間だと周囲に見せる為にね。

まぁ、夜会において貴婦人達が陰でコソコソやっている事はもっとあくどい事もあるからね。階段の数段上から捻挫狙いでは優しい方だよね。

義姉上が王妃として、国にとって不要な者を排除する時はもっと狡猾だよ。

マディは王妃の器としては優しすぎたって事がいけなかった事かな。


さて、ここまで聞いたら察しの悪いディーン殿下でも理解できたかな?

今、君は、私が即位するこの国において不要か、否か。

私の次にこの国で即位する事は可能か、どうか。


どう思う?



ディーンは喉を鳴らした。


「と、言うことで、善く善く学んでおいで。それがマディの望みでもあるよ。マディはね。婚約者として最後まで務め上げられなくて申し訳ないと言っていたよ。ここまで虚仮にされても、大事にされなくても、嫌われても、君が王として相応しくあれるように心を尽くしてくれた人に、君は何をしてきたのか。良く反省して学んで、自分のすべきことを見つめておいで。なるべく早くしてくれると良いな。私だってね。窮屈なこんな王宮にずっといたい訳でもないからね。」

「叔父上は、それで、いいのですか…。」

息も絶え絶えにディーンは言う。

「良いも悪いも、王族に生まれたんだから仕方ないだろう。」

ショーンは軽く笑った。

「好きで生まれた訳でもないが、そんなのは誰もが同じだ。誰も生まれを選べない。人は、生まれたその場所でどうにか生きていくしかないのだよ。」

ショーンの言葉にディーンはガクリと頭を垂れた。

「あぁ、やっと薬が効いてきたか。やっぱり子供の頃から薬物に慣れていると効きが悪いね。さて、ディーには悪いけど、君が寝ている間に色々終わらせておくとしよう。」


そうショーンは呟くと、呼び鈴を鳴らした。

これからの始末を付けるために。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 一気にお話に没入できました! [一言] とても面白かったです!
[一言] 多分だが、政治上行政上の手続きをする他に、 「王太子と仲の良かった女性の葬儀」 をしに行くんだろうな。 いくらでも道はあったものを片っ端から潰しての今。 それでも甥に、自分に後継者と見なさ…
[一言] え?ここで終わりですか? バカ王子や花畑男爵令嬢のその後は? 10話位の短編でもいいので続きをお願いします。
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