お姉さん
「それで、なんでちっちゃい子がこんな森にいるのかなぁ?お母さんは?あ、お肉いる?」
私達はパチパチと燃える焚き火の傍で、二人身を寄せ合ってお肉を焼いていた。そして焼き上がると同時にその人は尋ねてきた。いる?と言われたお肉は、グイグイと私の前に寄せてくるので、どうやら受け取り拒否とか出来ないらしい。正直、お腹がすいていたので助かるけれど。
「ちっちゃくは無いですよ。だって私もう……あれ、そうだ私……」
記憶喪失だということさえ忘れそうになっていた。これじゃあ鳥頭って呼ばれてしまう。そんな私を見て、その人は察したように頷いた。
「君、記憶があやふやなの?それになんと言うか、服も袖が破れてるし、もしかして、生身のまんま歩いてきたの?」
彼女の目線は私の袖にあった。言われてみれば、右は長袖なのに、左は破れて半袖のようになっている。木に引っかかった覚えは無いんだけれどなぁ。
ふと疑問に思いつつも、目の前のお肉にかぶりつくと、幸福感でいっぱいになって特に何も思うことはなくなった。
「あやふやどころか、殆どの記憶がないんです。精々名前くらいしか……」
「あれ?名前覚えてるのー?なら分かるかも。良ければ教えてくれないかな?」
え、名前だけで私の事が分かるの!?
私は驚きのあまりお肉を一切れ落としてしまった。彼女はそれを見て、
「ちょ、落ち着いてね?」
と僅かに笑った。どうやらこの人、本当に私のお星様かもしれない。
「……私の名前は、ニジです。それ以外はよく分かりません。」
落ち着いた頃に、彼女に名前を伝えた。すると彼女はあちゃーと言ってため息をついた。え、なにか不味かっただろうか。ビクビクとしながら彼女の双眸を見つめると、きまりが悪そうに言った。
「この世界、全世界共通でね。名字が大切な役割を果たすんだよー。何をするにも名字がいる。逆に、名字さえあれば身元が保証されるんだけど……」
「覚えて、ないですね……」
あっという間に折られた希望。私は今、正真正銘、身元不明の孤児となってしまった。そう思うと孤独に耐えられなくて、目元が熱くなる。でも、泣いてたまるか。私は、私は笑って家族の元に帰るって、決めたんだから。
なんとか涙を堪えていると、白く、暖かい手が橙の髪を撫でた。あの人だ。
「大丈夫。お姉さんがいるからー。一人でも大丈夫になるまでは、お姉さんがいるよ?」
「……お姉さん?」
穏やかな顔で、彼女は笑った。それだけで心が少し和らぐ。笑顔の持つ力って、凄いんだなと、改めて実感する。
「私はトモ。名字は……色々あって言えないの、ごめんねー。」
名字は名乗らなかったけれど、特に私は何とも思わない。寧ろ、トモさんが私を気遣ってくれんじゃないかとも思う。
「トモさん……」
「うん、どうしたのー?」
のんびりとした口調で、その蒼は私を見つめた。
「本当に、大丈夫になるまでいてくれますか?」
金髪は揺れ、にこやかに告げる。
「……うん。本当だよー?お姉さんは嘘つかないからね。」
距離の詰め方に、どこか違和感を感じたけれど、それは私の問題なんだろう。
この夜、一番星は私の掌に収まった。
キラキラ光って、綺麗だなぁ。