プロローグ
こちらは気分て更新します。悪しからず。
――……!ご飯出来てるから、早く降りてきなさーい!
――あっ、ごめん!もうこんな時間だった?じゃあね、また明日!
――……また明日、ね。ばいばい。
――うん!ばいばい!
目を覚ました。天井の木は一部が腐り、穴が空いている。そこから漏れ出ている光は朱に近く、とてもおはようと言うには苦しい時間だった。
硬い床の上でそのまま寝ていたらしく、全身が軽い悲鳴を上げる。八畳間ほどの空間に、私以外は誰も居そうにもなく、ただただ、キーンと耳鳴りが響くだけ。
ひとつ言うと、私の部屋はこんなに汚くないし、天井には穴なんて空いていない。もっとこう……
ふと、思った。
「私の部屋って、どんなのだっけ。……どこに、あるんだ?」
例えばいつも書いている文字が急に出てこなくなるような、そんな軽い感覚で、自分の事が分からなくなっていた。そう言えば、私はなんでここにいるんだろう。重たい頭を持ち上げてみると、明るい橙の髪には灰色の埃が沢山絡まっていた。洋服にも、背中にびっしりと。当たり前だ。この部屋の床は、埃だらけなのだから。そうだと分かってしまうと、思わず咳が出た。
私が覚えていた事は、本当に一握り。自分の人生を語ろうとも、要約しようとも、なんとも出来ない。ただ、ひとつ思うとすれば――
「探さなきゃ。」
きっと親は待っている。友達も、急に私が居なくなって心配するはずだ。自分の記憶を取り戻して、それで元の場所に帰る。そうしなければならない気がした。
親の記憶だって、友達との思い出だってない。でも、確かに存在していた筈なんだ。だから、探そう。体の後ろに付着した埃をぱっぱと払い、髪に絡まった埃も取る。幸い、靴は履いている。よろよろと覚束無い足取りで私は立ち上がると、とある物を捉えた。
本だ。
辞書のように分厚くて、表紙には黒く光る六角形の宝石が嵌め込まれている。埃色一色だったから、立たないと気が付かなかったんだろう。
思わず触れてみた。理由は分からないけれど、触れなきゃいけない気がした。
分厚いのに、羽根のように本は軽かった。そして、埃を払った瞬間、本が一瞬光った。
「何これ……?どうなってるの!?」
黒光りの宝石は、蝋燭の火を詰め込んだ様な明るい橙色に変わり、外の光を反射させてキラキラと輝く。埃まみれだった本は、さっきの一瞬で淡い茶色の表紙に変わっていた。題名は無いし、おまけに気味も悪い。でもなんとなく、持っておこうと思ってしまった。さっきからこんな事ばっかりだ。一体全体、どうなってるんだろう。
でも、そんな混乱している場合じゃない。一刻も早く、早く、早く……
「皆のところに帰らないとっ!」
本をしっかりと抱えて、私はこの廃屋を出る。錠前は錆びて壊れており、扉はあっさりと開いた。
扉を開けた途端、肩につかない私の髪を、風がそっと撫でた。祝福も、呪詛もせず、ただ見守っているだけだったけれど。
きっと、この先は辛いことがあるかもしれない。もしかしたら、直ぐに家に戻れるかもしれない。でも、どうなろうと私は挫けない。
――笑顔で、皆の元に帰りたいから。
こうして私は、帰路と自分を探す旅に出る事になった。
これは、自分を求める私と、何かを求める同行者の、何かを知る話。
私は、貴方は。ただ広いだけの世界で何を知る?