41話 支配
アルラウネの集団地帯の側面から抜けようと歩いて行き、周りに気配の無い安全地帯を見つけそこで相談した。
その結果、やはりあのアルラウネの数はどうしようもないという事で、数が少ないか単体で居るアルラウネを見つけたら、誘惑に掛かるかどうかなどの実験をして見る事にした。
それで誘惑に掛からなければ、少しの数のアルラウネなら対処できると分かる。
ただあの大群には向かわずに迂回して行くように進む。
だがこの階層はあまりにも広大で、ただ歩くだけで1日が終わりそうな程だ。
そしてその広大さに見合う程のあの大量のアルラウネの数。
(ちょっと頭がおかしすぎるだろう……)
俺はあの数に呆れながらもひたすらにあの大群の側面を歩いていた。
「こっちの森は普通みたいで良かったな」
「そうじゃのう。ここもそこそこ危険はあるが、あの数のアルラウネの前じゃここは幼子のようじゃな」
「リリもこっちの方が森っぽくてたのしい!」
リリが言ったように、ここはガムルの大森林にとても似ており、薬草や魔力の宿った魔力草が結構取れていたりする。
それで俺の減った魔力を野草のまま食べたりして回復していた。
正直かなりマズイんだが仕方がない。
(ただまぁ、だいぶ魔力は回復できたけどな)
そこそこの量を食べているので、カスカスだった魔力はもう満タンに近い所まで回復した。
それからは前の階層の宝箱から出ていた調合器具で、試しに薬草をすり潰してその汁を舐めた所、俺の舌が溶けた。
なのでこれは立派に回復ポーションの効果が出ていると思われる。
俺はしばらく喋れなくなりながら、成功を喜んだ。
そうして自作のポーションを作ったりしながら、長い時間を掛け、あの大群の側面を移動していった。
「ところで知っておるか?」
「何がだ?」
「あそこに見えるアルラウネは果実や根っこが霊薬の材料になるとか」
「へぇ……なら少し欲しいが、あそこには行けないしなぁ……」
「そうじゃのう。しかしあの数がいるなら他にもおるだろうの」
「んじゃ見つけたら果実や根っこを取ってくか」
「それがよかろう」
正直どこにあの大群からはぐれたアルラウネが居るか分からないが、見つけたら素材採取もして見る事にした。
それからブラッディウルフやポイズンスネークなどを倒しながら歩いていると、妙に隠れるのが上手いポイズンスネークの上位にあたるポイズンヴァイパーに足首を噛まれてしまった。
「ん? こいつ隠れるのが上手いな」
俺はそう言って首と胴体を切り離したが、身体はウネウネと蠢いている。
こいつはまだまだ小さく30cm程度しかなかった。
「む? そいつはポイズンヴァイパーで猛毒がある奴じゃ。成体は4mは超えるが、そやつはまだ生まれたてで小さいのう……じゃが不味いかもしれん」
「どんな毒なんだ?」
「確か徐々に血液が固まって行くと聞いたことがある。それで血液の流れを止められ、すぐに死に至るとか」
「へぇ……なら今のうちに斬り取るか」
俺はガラハドのその説明を聞き、噛まれた所を血剣で抉るように切り取った。
「ひっ……おとうさん、だいじょうぶ?」
「ああ、俺は血液がほぼ動いてないから固まった部分だけ取ってやれば何も問題は無い」
「おお、そういえばお主は屍喰鬼じゃったな。普通なら血液が流れておるが、お主は血液が止まっておるから大丈夫と言うわけか」
「ああ、悲しい事にな」
俺はそう言って切り取った肉体が徐々に再生しているのを見届け、ポイズンヴァイパーに噛まれ、切り捨てた肉を見てみと……
「おお、ほんとに血液が固まってるな。ゼリーみたいになってるぞ」
「ゼリー? 何か分からんがほんとに固まっておるな」
「うぅ……いたそう」
切り離された肉からは血液が流れ出ており、それが最初は粘り気のある片栗粉をまぶした様にトロっとしていたが、今ではゼリーの様にプルプルとしていた。
「こんな早く固まったら普通ならすぐに死にそうだな」
「うむ。血清を打たなければ数時間で死に至るそうだ」
「……おとうさんはだいじょうぶ?」
「ああ、元々生きてないしな。それに足も違和感なく動く。間違いなく切り取れたはずだ」
俺はそう言って噛まれた足をプラプラと動かすが、何も問題がなかった。
「しっかしこの蛇はなぜ魔力がなかったんだ?」
「きっと生まれたてで魔力が身体に定着してなかったのだろう」
「そっか……なら音にも注意……って蛇は音があまり出ないからなぁ」
「うむ。ならば素肌が出ている部分にだけ結界は張れないのか?」
「ん~、張れると思うが……仕方ない。常時張っていこうか」
俺は魔力が回復していたから仕方ないとばかりに足と腕、それと首から上に結界を張る事にした。
さすがに鎧を着ているからそれを貫通はしないだろうと思う。
このメンバーには気配察知に長けた物が居ないのが辛い所だな
「俺は魔力察知は得意だが気配察知はそこまでだからな。ガラハドはどうだ?」
「うむ。儂も駄目じゃな。人間の頃ならばそんな子蛇程度でも見逃さなんだが、デュラハンになると己の魔力が大きすぎて、小さい物は捕らえづらいのう」
「……わたしはぜんぜんわかんない」
そう言って3人共に駄目なのが分かった。
仕方ないので結界を絶やさない様にしなければいけないな。
どこかで気配察知の出来る魔法でも覚えたいものだ。
それからアルラウネの大群が見える位置を確認しながら森を進んでいくと、単体でいるアルラウネが見えた。
「おい、ガラハド。あそこ見てみろ」
「む? おお、アルラウネじゃな。やるか?」
「ああ、まずは大丈夫そうなガラハドから行くか?」
「うむ、了解じゃ。儂から行って問題なければ戻ってきてお主と交代じゃ」
そう言ってガラハドは誘惑やら魔法やらに耐えらえるかどうかを試すために、アルラウネに近付いて行った。
俺はそれを眼に魔力を集中して注意深く見守った。
ガラハドが堂々と歩いて行きアルラウネが誘惑の香りを出す所を、覗き込むように眼を見開き凝視していると、魔力の波動が見てとれた。
それはアルラウネから放たれており、周囲が寒暖差による陽炎のように揺らめいて見えている。
「……なるほど。あれが香りって言ってたやつか。魔力を使った魔法の香りといった所だな」
「おとうさん、見えるの?」
「ああ、リリも眼に魔力を宿してごらん。少し空気が揺らめいて見えたら、それが誘惑の香りの筈だ」
「うん、やってみる!」
そう言ってリリも眼に魔力を宿し初めて、俺と同じようにアルラウネを凝視し始めた。
俺はすでに見えているからアルラウネからガラハドを見てみるが、特に操られた様子も無く、蔓や魔法を苦にしている様子はない。
(魔法もダメージ無しとか、あの鎧は防刃耐性に魔法耐性もあるのかよ……)
デュラハンの鎧は硬さだけじゃなく魔法にも耐性がある事が分かったので、今度からはずっとあいつが先頭だなと考えていた。
それに無いだろうが、もしあのアルラウネの大群に突っ込む時も勿論先頭で言って貰おう。
(……あのアルラウネの大群に突っ込む時がと考えているだけで、俺も十分に戦闘狂だな)
そんな事を考えているとリリが声を上げた。
「……みえた? なんか透明な湯気みたいのが見えたよ?」
「ああ、それが魔力の香りだな。やったなリリ」
「わたし見えたの? やったーみえた!」
そう言ってはしゃぐリリの頭を撫でているとガラハドが戻って来た。
「なんじゃ? 何かあったのか?」
「ガラハドおじちゃん! わたし魔力の香りが見えたんだよ!」
「魔力の香り? あのアルラウネの誘惑の香りかの? おお、リリはそんな物まで見えるようになったか!」
そういってその武骨でぶっとい腕でリリを両手で持ち上げるガラハド。
それをとても嬉しそうに喜ぶリリに俺は目を細めていた。
さて、それじゃ俺の番だという感じで、リリの護衛をガラハドに任せてアルラウネに向かって歩いて行く。
(なんとなくだが、俺にも効かなそうだな……)
魔力の香りを見る事が出来たので、俺には効かないと考えていた。
なぜなら俺は呼吸をしていないからだ。
きっとこれはあの15階層にいたヴァンパイアのように、身体の中に魔力を通して操るタイプだと思う。
だから俺が呼吸をしていれば自然と体に魔力を取り込んでしまい、誘惑に掛かってしまうだろう。
しかし呼吸を止めていれば身体の外からはこのアルラウネの魔力を取り込まないので、大丈夫と思われる。
なのでまずは誘惑されるかどうかを確かめる為に、アルラウネの蔓が届かない距離で誘惑の香りの舞っている場所に立つ事にした。
「……うん。大丈夫だな。それじゃ呼吸してみるか」
俺の予想通りに呼吸をしなければ暫く経っても操られる気配は無かった。
そこで本来は呼吸を必要としないが、軽く呼吸をして肺を動かしてみると……
(……やはり身体にアルラウネの魔力が入って来るな……おぉ、アルラウネが可愛く見えてきたぞ)
アルラウネの誘惑の香りが肺から入って脳まで到達したのか、今までアルラウネは上半身だけが裸で、下が植物のただの魔物に見えていたのに、今ではアルラウネの姿が上下共に人間のように見えており、しかもそれがとても美女に見えるのだ。
「ははっ! やっぱり魔力ってのは面白いな~」
これは前世で言うと麻薬とかの類に近い効果があるだろうか。
息をするだけで脳に効果のある成分が入ってきて、脳がラリッていく。
それを魔力で自在に身体から出す事ができ、しかも自分の事を好きになるようにして操るなんてな。
それを対処出来るようにすべく、俺は後ろを向いてガラハド達に聞こえるように叫んだ。
「ガラハド! 呼吸をしなければ大丈夫だ! 俺はもう少しここで対処出来るかやってみる!」
「わかったぞい! リリは任せい!」
「は~い! おとうさん、がんばってね!」
俺のわがままにそう言ってくれる2人に感謝しつつ、俺は呼吸を止めて、身体の中に入って来たアルラウネの魔力を操り、まずは身体の外へ追い出す事にした。
(これはヴァンパイアでやったから出来そうなんだよな)
リリに俺の正体がバレた原因であるヴァンパイアに対して、忌々しい感情は持っているが、それでも奴の魔力を外へ追い出せた事は僥倖だったと思うので、俺はあの時の感覚を思い出しながらアルラウネの魔力を外へ追い出していった。
(うん。なんとか全部外へ出せたな。これは脳から追い出してやるのが先決だな)
そしてもう一度呼吸をしてアルラウネの姿が人間の美女に見えるようにしてから、今度は脳からアルラウネの魔力を追い出すと、目の前のアルラウネがただの植物の魔物に見えてきた。
そうして脳から順番に外へ魔力を追い出す。
「なんとか追い出すのは出来るようになったな。それじゃ後は……」
そう言って俺は大きく深呼吸を繰り返した。
(おおう、身体が勝手に動いてきたな。よし、ならば……)
俺は身体に入っていたアルラウネの魔力を根こそぎ奪う事にした。
アルラウネの魔力はアルラウネの支配下にある。ならばそれを俺の魔力でもって主導権を奪う。
そうすれば俺の魔力になるだろうし、今後に役立つと思ったからだ。
だからその実験をする為にここに残ったのだ。
「……っ。中々に難しいな……なんというか魔力が押し返されているような……」
それは感覚で言えば、巨大なコンニャクに手を押し込んでいるかのような感覚だ。
押すのも重くゆっくり沈んでいくが、しかし押し返してきて元に戻るような感じがしていて、俺とアルラウネの魔力がせめぎ合っているように思える。
それを何度も繰りかえす。
そうしているうちに感覚を掴んで来たのか、一枚一枚玉ねぎの皮をむく様に主導権を奪って来ていた。
(ほんの少しづつだが俺の物になっている感じがするな……)
それを続ける事、数十分は経っただろうか。
俺は何度も深呼吸を繰り返しながらアルラウネの魔力を取り込んで、自分の魔力で支配しその魔力を奪う事を続けていた。
(最初こそ身体を持って行かれていたが、今ではもう取り込んだそばから俺の魔力に変えられるようになったな)
アルラウネは絶えず魔力の香りをずっと俺に流し続けていた。
それが効かないと分かると時折魔法を放って来ていたが、それは結界や血剣で防いでから、また魔力を取り込んで自身の力に変換していた。
これはその内、空気中から魔力を取り込めそうかなと考えたが、空気中にはそんなに魔力はないので、そんな都合のいい事は起こらないのだと若干気落ちした。
ただこうやって身体の中に入って来た魔力は無事に己の支配下に置き、取り込めるようになったので、これは今後に役立つだろうと思う。
さらに先ほどの蛇の毒も魔力で血液を操り、外へ出す事も可能だろうと思われた。
そして自分の実験が終わったので後ろを振り返った。
「ずっと待っててくれたのか……。ガラハド! リリを連れて来てくれ!」
「もういいのか? 了解じゃ!」
そう言って俺はリリを呼び、今度はリリが惑わされるかどうか。それとそれに抗えるかどうかの実験を続ける事にした。