12話 水中エリアと新たな魔法
上位種が出てきた草原エリアを超え、その後もいくつかの階層を踏破した。
その間にいくつか宝箱も発見し、装備を変えていった。
いくつかの投げナイフに鎧を更新した。鎧は見た目が青っぽく金の色が流線状に描かれていて、上下に分かれた物だ。
鎧の胸のあたりに小さな赤い丸い宝石みたいのが付いており、何気に格好良くて気に入った。
下も似たようなデザインでセットの鎧だという事が分かる。
「なんだか今の俺にはすぎた鎧だな」
なんて思っている。そして俺が階層を超えることで成長したのは戦闘能力だけではない。
そう、声も流暢に出せるようになってきたのだ。
これは独り言を呟いてではなく、魔物と戦っている時に自然と叫んだりしていたら、声が自然とガラガラの濁声だったのが治っていったのだ。
きっと全く使わない声帯が徐々に使うことにより解れたのではないかと思っている。
これで姿が人間ぽかったらなーと思っているが、未だに自分の姿を見たことがないので分からずじまいだ。
そう思っていると、次の階層へ降りた時、その願いが叶うエリアが出てきた。
「おお…これは……水中エリアか…?」
そう、階段から下はすべて水で埋まっていた。
見渡す限り水しかなく、皮肉なことにそこで初めて自分の顔を見る事が出来た。
水面に映る顔は見たこともない顔をしており、記憶にある顔でもない。
格好悪くはないが前世の顔とは似ても似つかないな。
だが顔には生気がなく左の頬は抉れて腐っている感じがする。
「そりゃ腐屍体だけど、これは……嫌なものだな」
腕も肉がむき出しの部分があり一部が腐っているし、身体も同じ感じだ。
だが装備で隠せていたし問題なかったが、顔までとなると若干、滅入る。
まぁまだ進化途中だと自分に言い聞かせて水中エリアに挑むことにする。
幸いこのエリアは俺にはそこそこ難しい程度で済むんじゃないだろうか?
なぜならこの体は呼吸を必要としないからだ。
なので身動きがしづらい、遠くまで見づらいといった事くらいだろうと考えられる。
だが魔力を感知できる俺なら見えなくても何とかなりそうな気もするな。
細心の注意を払うのは当たり前なので油断せずに行こう。
そうして俺は水中に水泳選手のように綺麗に飛び込んで行ったのだった。
飛び込んだはいいが、この体は全く浮く気配がないな……
最初は勢いよく泳いでいったけど、止まると途端に沈んでいく。
そりゃそうだよな。呼吸をしてないんだもんな。体に空気がないから沈むのは自然な事だ。
そうしてしばらく沈んでると光が見えにくい所で底に付いたようだ。
なるほど、海底はちゃんと砂地になっているんだな。
これなら美味い魚や貝類なども居そうだな。
腐屍体になってからというもの、味覚が感じられるようになったからか食にも興味が出てきた。
骸骨だった時は味がないもんだからか、魔力の補給や肉体欲しさに食べていただけだったが、今では美食家になってもいいなんて思う程に興味が出てきた。
まぁ外に出れたら色々なものを食べてみたいものだ。
そんなことを思いながら海底を歩いていると、前から魔力反応が迫ってきた。
何が来るのか待っていると、数匹の魚らしき物がやってきた。
どうやら俺を狙っているようだな。
そこそこの速さで迫ってくる魚に俺は身体強化を地上にいる時の2倍にして動き出す。
やはり水の抵抗は馬鹿にならないな。動きづらいなんてもんじゃない。
当初予定していたよりも難しくなりそうだと思いながら、迫る魚を「一線の見切り」最小限の動きで避け、魔剣でもって斬り付けていく。
ただそれは斬るというよりも刃を通り道に置いてなぞるといった具合だ。
それだけで簡単に魚の魔物は真っ二つになっていく。
全滅させたところで、さっそく生のままで一口齧ってみる。
ほぉ、これは中々……
切った魚を見てみると、シートラウトという魔物のようだ。
たしかトラウトは寿司屋のサーモンのネタだったな。
そりゃ美味しいわけだ。地上に出たらさっそく焼いて食べてみたいものだ。
切った魚は全部取っておいた。
試しに魔法袋開けてみても水が中に入っていく様子はない。
なんとも不思議な道具だな。やはり魔法に関してもう少し知りたいものだ。未だに使えるのはファイアアローくらいしかないしな。
なんて思いながら海底を歩いていく。
すると宝箱っぽい物がぼんやりと見えてきた。
「お? 噂をすればなんとやらだ」
試しに喋ってみるが、もう肺に空気がないからか声が出ていない。
地上では呼吸の必要はないが、やはり前世で呼吸を無意識にしていた名残で、呼吸をする真似をしてしまっている。
それに叫ぶのもそれゆえだろう。
まぁ外に出れたら生きてると誤魔化せるからいいかと、そのままにしている。
特に不都合はないしな。
そして宝箱に近づき、罠がないか鑑定してみると、毒の罠が仕掛けてあった。
俺の体には効かないし、おまけになぜか浅い階層で「聖女の髪留め」なんていう毒無効の装備が手に入っていて、それを付けているから毒は全く怖くない。
だがどんな毒の効果があるのか試そうと、ちょうど迫ってきていたブラックシェルという黒い蟹の魔物にそれを食らわせてやる。
宝箱を開けると、じんわりと毒が広がっていき、俺の近くにいたブラックシェルがそれに飲み込まれた。
その瞬間、ぶくぶくと泡を出しながら苦しみだして、ものの10秒で動かなくなった。
その光景を見て俺は絶句していた…
これ猛毒じゃねぇか!
危なすぎるだろこの罠は……幸い俺には効かないから良いものの、これは……
そしたら予想通りに、近くにいた生き物全てが死に絶えていた。
仕方ないと魔物の回収は後にして、宝箱からお宝を取ろうと中を覗くと、一冊の本が見えた。
お? これは魔導書じゃないか?
そう思い取り出して中を覗いてみる。
やはり読めないな…
これは外に出た所で会話も出来なけりゃ買い物も出来るかも怪しいな。
言葉が分からないのは冒険者共を監視していてすでに気付いている。
だが最初の冒険者を殺して奪った荷物の中には貨幣らしきものもあった。
だから金の心配ないらないが、貨幣の価値が分からないと何とも言えない。
こちとら初めての海外で速攻殺されたからな。
「がいこくこわい……」
今になって殺された時の恐怖が蘇ってきた。
俺…外に出れるのかな…?
外は完全に外国というか異世界だ。前世の常識が全く通用しないし情報も何一つ取る手段がない。
たった2回だけ冒険者にあった程度じゃほぼ無いに等しいだろう。
そんな暗い気持ちを吹き飛ばすために魔導書に魔力を流す。
すると前回同様に魔方陣が本のページから浮かび上がり、水中で光り輝いてそれらが弾け、俺に吸い込まれていった。
俺はすかさずステータスを開きスキルを確認する。
「おいおい、ここでこれかよ…」
そこには「ウォーターボール」とあった。
水中でウォーターボール取得とか、このエリアじゃ通用しないだろうに…
暗い気持ちを吹き飛ばすために覚えた魔法で、また暗い気持ちにある悪循環。
思わずため息が出るが、そこでさらに魔導書がパラパラとめくれ出した。
なんだと目線を下げてみるともう一度、魔方陣が浮かび上がった。
それは先ほどの魔方陣よりも2倍以上の大きさが浮かんでいた。
突然の出来事に罠か何かかと警戒していると、魔方陣が光り輝き、弾け、その粒子が体に吸い込まれていった。
もしや一つの魔導書に二つの魔法があったのか? と思いながらステータスを確認する。
すると…
「ヴォルテックス」という名の魔法を取得していた。
これは良いものだと思わず口元が持ち上がる。
さっそく試してやろうと、毒で浮かんでいった魚の魔物を回収してから移動した。
今度は泳ぎながら移動していると、小さな魚やクラゲのようなものがそこそこ目に付くようになってきた。
ここは湖というより海に近そうだと思っていると、丁度よさげな数匹の集団がいて、泳いでいた人魚らしき奴らを発見した。
鑑定してみると「マーマン」という種族らしい。
これは人魚の男版のようだ。
会話が出来るか近づくと、あちらもこっちに気付いたのか槍を向け何か叫んできた。
何言ってるか分からずにいると、どうやら敵と認識されたようだ。
仕方ないと当初の予定通り「ヴォルテックス」の魔法を思い切り魔力を込めて放つ。
するとマーマンを中心にして巨大な大渦が発生し見事に飲み込んでいく。
周囲でゆっくり泳いでいた魚やクラゲも巻き込みながら水面に持ち上げられていく。
グルグルと回りながらだが、どうやらダメージは無さそうだと思いそこに真空刃を10発ほど弱めに放ってみる。
するとそれらが渦により分解されバラバラになり、それらが大渦に巻き込まれた生き物を切り裂いていく。
見てるだけで細々に切り裂かれていく光景に思わず楽し気に笑う。
これは良い魔法を手に入れたものだ。魔法自体にはかく乱とか逃げるための時間稼ぎ程度しか出来ないが、真空刃を放てばミキサーみたいになる。
これならこの水中エリアだと中々使えそうだと、初めて使い勝手のいい魔法を手に入れたことに気分が良くなる。
そう思っている間にも大渦は収まることを知らず、俺もその渦に巻き込まれそうになる。
おいおいこれは自爆するタイプじゃないかと、そんな当たり前のことを分かっていなかった。
確かに自分の魔法なのだが自分に影響が出ないなんてことはない。
それに水の中だ。その影響は地上よりも大きいかもしれない。
俺は少し慌てながら大渦から離れる。
大渦は俺の魔力を離れても延々と周囲を巻き込んでいく。
ちょっと魔力を込めすぎたか? なんて思っていてももう遅い。
だがこれはこのエリアだと結構いい代物だと認識を改めた。
いうなれば自動経験値生産機だ。これはいいと移動する為にドルフィンキックで高速移動しながら、離れた所にヴォルテックスを打ち込み真空刃を放つ。
それを数回繰り返すと、確かに経験値を吸収しているのを感じた。
思わず笑みを零しながらこの階層を隈なく探索する事にした。