10話 新たな進化先
オーグルとの死闘を勝利し、進化をする為に意識を手放した後、ゆっくりと意識が浮上する。
「ん"ぁぁ……あ″あ…?」
意識が戻り思わず呻く。
「あ″…れ″…? こ…え″が…?」
そこでふと気づく。声が出ている。
今まではカタカタと骨がぶつかる音しかしなかったが、ガラガラではあるが、声らしきものが出ている。
そうか、今回の進化で骨だけの「骸骨剣士」から、肉体がある「剣士屍体・亜種」を進化先に選んだことにより肉体を手に入れたんだ。だから声帯も出来て声が出せるわけだ。
ただまぁ…
「な″に″…るがきぎと…らい″が……」
だが確かに感じる物がある。
(骸骨では感じられなかった漲る力を感じる)
それは肉体を手に入れたからか、それとも進化を果たしたからか。
いや、両方だな。
骨しかなかったときは手を握り締めても握った力を感じづらかった。
だが今ではしっかりと力強い感触を感じられる。
これが肉体を持つという事か…
前世では肉体があるのが普通だった。
だが今世では骨だけの状態が普通であった。それに慣れてしまったからか、はたまた肉体の時を忘れてしまったからか、今では肉体の凄さや有難みがとても良く分かる。
さて、どこまで進化した力が違うかを試しに行こう。
起き上がり狩りに向かおうとした時に、ふと異変を感じた。
…ん? なんだ…? ……喉が…?
……ああ、そうか…喉が渇いているのか。
肉体を得た事により喉の渇きを感じた。今までは骨だけであったからか喉の渇きなど一度も感じたことがなかった。
だからかそれが当たり前になっていたが、これからは人間らしくなっていくのかと思うと、それもまた楽しい事だろうと思う。
だが今は水がない。
仕方ないのでオーグルの肉を貪り、その血でのどを潤すしよう。
おお? …あ、味が感じられるぞ!
肉体を得たから当然、舌も手に入れた。なので喉も渇けば味も感じる。
なんとも楽しいものだな。
しかし生肉というのはまずい。
特にオーグルの肉は筋肉が多いからか筋張っており、なんとも美味しくない。
骸骨の時は特に何も感じなかったが、そうか…こういう弊害もあるのか…
ここには火も調味料もないなと考えていると、ふとファイアナイフが目に留まった。
そうか、少しだけ切ってみれば火がついて少しは焼けるんじゃないか?
そう思い試してみる。
すると……おお、中々旨くなったじゃないか。やはり生よりは焼いた方がうまいな。
お、そうだ。 ここはオークも試してみよう。
そう思い魔法袋に入れていたオークの肉を取り出した。
最初は生で行ってみようか。
どれどれ……
「ゔ…ゔまい″!?」
なんとこれが旨かった。 オークの肉は脂身が多いからか、蕩けるように口の中から消えていく。
それから少し夢中になって貪り喰ってしまった。
いかんいかん。焼くのも試してみないと…
「ゔま″ぃ″ぞぉぉお!!」
な、なんだこれは!? まるで最上級の霜降り肉を食べているようだ!
それでいて脂がしつこくない! こんな旨かったのかオークって!
ちくしょう……それが分かっていればもっと持って来ていたものを…
ようし、ここは少し階層を戻ってオーク狩りに精を出すか…
あまりの旨さにそんなことを思ってしまうが、いまさら戻ったところで食べる以外に意味がないので、少し考えて先を進むことにした。
と思っていたのだが、ずっとオーク肉の旨さに脳が支配されてしまっていたので、3日間ほどオーク狩りに勤しんだ。
なんと意志が弱いことか…
だが夢中で狩っている時にふと気づいた。
やはり骸骨剣士の時よりも圧倒的に剣の振りが鋭くなっている。
そして思考も10匹ほどのオークに囲まれたときに、一人だけ違う時間軸にいるのではと錯覚するような時があった。
そこで久々にステータスを見てみると、そこにはスキルが新たに増えていた。
それは…
「瞬間加速」なる物があった。
これは極短い時間ではあるが、脳の処理が一気に上がり、全てがスローモーションかのように見え、更に思考力も上昇するというのだ。
なるほど、これはきっと進化したからではなく、オーグルと戦っている最後の時のゾーンに入ったあの時に手に入れたものかもしれない。
あの時と同じ感覚がしたからな。
そうと分かればこれを使いこなすように訓練していこう。
そして進化したことによる剣士屍体・亜種の種族特性は…
剣技の極意・小が目に入った。
これは骸骨剣士の時にもあったが、前は「剣技の極意・極小」だったが、今回は「剣技の極意・小」になっており、ワンランク上がっていた。
これによりさらに剣技に磨きが掛かったので、剣の振りが前よりも鋭くなったのだろう。
だがこれだけに頼っていたら格上には勝てない。
オーグルの時のように種族特性だけに頼っていては今度は殺されるだろう。
そんな事は御免だ。俺は必ず生き延びてやる。
そう心に決めていると、もう一つ種族特性があることに気づいた。
それは…
生への渇望
これは剣士屍体・亜種になったことにより、生への滾るような思いが特性として出たのだろう。
効果は身体が損傷しダメージが50%を超えると、身体能力が大幅に上がるといったものだ。
これは試したい。しかし無暗にダメージを受けるわけにもいかない。
ダメージを追ってしまうと現状では回復手段がない。
さて、どうやって検証するかと思っていると、まだオークでもレベルが上がると踏んで、自分で傷を付けてみることにした。
レベルが上がれば完全回復するしな。
さっそく魔剣で腕を斬り付けてみる。もちろん失っても能力が下がらない左腕だ。
俺は右利きだからな。
まずは浅く斬り付ける。すると痛みはなく不思議な感じがした。
何の痛みもなく血も滴ることもない。 どうなってるか肉の間を見てみるが、よく分からない。
だが心臓が止まっているのだ。 血が止まっていても不思議ではないな。
それに血液は赤っぽいな。 緑じゃなくて安心した。
あとは骸骨の時は痛みがあったにもかかわらず、腐屍体になると無くなるのか?
これももう少し検証することにした。
どうせ左腕を失ってもこの階層に出てくる魔物には余裕で勝てるのだ。
ならばと左腕を見る。 すると…
「ず…し…なっで…る?」
そう感じ、切った腕をじっと見つめていると、徐々に肉がくっ付いていくのが見て取れた。
まさかと思った。
これは嬉しい能力だ! 骸骨の時はレベルアップでしか回復手段がなかった。
回復ポーションは逆にダメージ受けるしな。
だから骨がボロボロになってもレベルアップするまでその状態で戦わないといけなかった。
だが剣士屍体・亜種は徐々にだが傷が治っていく。
そこで魔力を身体の中でグルグルと高速で巡らせて、身体強化をしてるようにしてみた。
すると、なんと傷の治りのスピードが格段に上がった。
これは逆再生に近いくらい回復してないか?
それほどに回復速度が速いのだ。目で分かるほどとは恐れ入った。
ならばと思い切って左腕を斬り落としてみる。
なんなく魔剣は俺の左腕を斬り落としたが、そこで少し痛みが走った。
まさか痛みがあるとは思わず、一瞬、身体がビクつく。
……ああ、なるほど。……骨が傷付くと痛みがあるのか。
俺はそう感じたので、切った切断面の肉を指で突いてみる。
すると肉を触っても痛みはなかった。
次は骨をと少し触ると僅かな痛みが走った。
やはり骨が痛みを感じるのか。 しかし骸骨剣士の時ほどではない。
あの時は折れたりするとかなり痛かったからな。だが今回は鈍く痛いだけだ。
これならばリミッターを振り切って攻撃が出来そうだと思わず顔がニヤけた。
今までは限界を超えると骨が軋みを上げていて、全力を出すと骨が砕けそうだったのだ。
魔力による身体強化に身体が追い付いていなかった。
だが今回は肉体を得た。ならば肉体が骨への負担を補ってくれるだろうと思い、試すことにした。
その前に切った腕をくっ付けてみる。
すると驚異的な治癒力でもって、なんなく元に戻ってしまった。
その時間、僅か5分だろうか。くっ付くだけなら20秒も掛からなかった。
これはいいと、「生への渇望」と一緒に試しに行ってみた。
どのくらい経っただろうか。夢中で全力で魔物共を屠っていた。
まずはリミッターを外し全力で狩ってみたところ、骨ではなく筋肉がブチブチと千切れる音と感触がした。
これは想定内とその調子でしばらく狩っていると、身体が徐々に動かなくなってきた。
これは全力で戦える時間はそこまで長くはないなと感じる。
だがここで「生への渇望」が発動した。
そこからはまさに種族が変わったのかと思う程に身体能力が爆発的に上がった。
素の身体能力からしたら2倍程度上がっただろう。だが身体強化をすると、それが4倍にも5倍にもなったように感じられた。
さらには治癒力が一気に上昇し、瞬時にこれまでの筋肉断裂などを治してしまった。
そこのふとダメージが50%以上回復したら「生への渇望」の発動が消えるかと思ったが、どうやらその心配はないようだ。
なので存分にその力を振るって戦った。
まず筋力が爆発的に増えたことにより筋肉への負担も増えた。
だから全力で戦える時間はさらに短い事だろう。
だがその分、治癒力も増しているので、全力を出す所と抑える所とでメリハリをつけて戦えば、かなり長時間戦えるなと手応えを掴んだ。
だがそう上手いことがあるはずもなく、「生への渇望」を発動してしまうと、一気に魔力を使ってしまう。
これは能力を発動した事により魔力でもって一気に限界値を突破するというもののようだ。
という事はダメージが50%を切ってしまうと勝手に発動する可能性が出てきた。
これはこれで厄介かもしれない。
全力を出さなくても能力発動中は魔力がガッツリ減っていく。
にもかかわらず、自分の意志で止めることは出来なかった。
なんとも癖の強い特性だな。奥の手として使えないのが痛い。だが能力が上がるのはいい事だ。
進化によって魔力も大幅に増えたしな。ならばこの能力すらも使いこなしてやろう。
そんな思いでオーグルのいた次の階、未知の階層へ進むべく足を伸ばす事にした。
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