ギルドの業務
1階ではサクラさんが粛々と朝食の準備をしていた。
魔法で宙を舞う調理器具、炎、水。
全自動で調理を進めるサクラさん。魔法の万能さに感嘆しつつ、
肉が焼ける美味しそうな匂いを思う存分堪能する。
「アンディラ、朝食は毎日サクラさんが作ってくれてるの?」
「うん。忙しくない時は大体、ミーティングも合わせて作ってくれるよ。
さ、ボクらは机と椅子の用意をしよう!」
俺たちは机をいくつかくっつけて食べやすい環境に整えていく。簡易的なダイニングルームの完成だ。
「さぁ、できたよ。」
「おぉー!今日は目玉焼きがある!」
アンディラは朝食のメニューを見て歓喜の舞を踊る。どうやら目玉焼きが好物のようだ。
「食べ終わり次第ギルドを開けるからね。」
「はーい。」
俺とアンディラは皿を受け取り席に座る。
ワンプレートのブレックファスト。実に機能的だと感じる。
「「「いただきまーす。」」」
俺はまずは目玉焼きを口に運ぶ。
「……?」
食べたことの無い不思議な味がする。
卵は卵だが、少し別の風味がするような。
元の世界のもので例えるなら……、チーズ風味……?もしかしたら卵は卵でも元の世界の卵とは違うのかもしれない。
「サクラさーん、アレちょうだい、アレ。」
「コレ、アンディラ。きちんと名前を言いなさい。アレでは伝わらないよ?」
「アレはアレだよ!うーんと……。
ハトメヒトのソース!ショウユだよ!」
……え?醤油?
確かに醤油と聞こえたけれど。
「ショウユね、ほら。」
「わーい。ありがとう!やっぱ目玉焼きにはショウユだよねー。」
サクラさんがどこからともなく茶色い液体の入った瓶を取り出す。アンディラはそれを受け取り、戸惑うことなく目玉焼きにちー、とかけた。
手馴れている。馴染んでいる。醤油が異世界に馴染んでいる。
「あっ。トオルもこれかける?ショウユー。」
「え……。あ、あぁ。」
迷いつつも俺も醤油をちー、とかける。
うん。見た目もほんの少し感じる匂いも醤油そのものだ。
おもむろに醤油をかけた目玉焼きを食べる。
「あ、美味しい。」
「でしょ?まろやかな風味と塩味がマッチするんだよ。」
確かに醤油と目玉焼きの相性は抜群だ。
目玉焼きの美味しさを格段に引き上げる。
……だがしかし、なぜこの世界に醤油があるんだろう。たまたま……、なのだろうか?
「コホン。美味しく食べてくれるのは有難いけどそろそろミーティングを始めるよ。」
「「はーい。」」
サクラさんが場を切りかえる。
先程の和やかな空気が一転し引き締まる。
「アンディラはとにかくトオル君の研修を進めてくれ。基本的な業務内容を一つずつ教えてあげるんだよ。」
「了解しましたー!」
「よし。トオル君はアンディラについて業務を覚えていってくれ。もし少しでも危険だと思ったら逃げること。良いね?」
「は、はい!」
その後はアンディラに向けて軽い伝達があった。食事をとり終えたとき、ちょうどミーティングも終わり早速業務開始となる。
「じゃあ私は外でやることがあるからお客さんの対応を任せるよ。」
「いってらっしゃーい!」
サクラさんがギルドから出ていくとアンディラと二人きりになる。
だが休んでいる暇はない。ギルドを開く準備をしなければいけないのだ。
「お仕事で一番忙しいのはこの朝の時間!
任務の通達が大変なんだ。暴れ出すお客さんもいるしね。まずはこのリストを見て。」
机と椅子を元に戻しつつ、アンディラから渡されたリストを見る。何人かの名前が書いてあるリストだ。彼らに任務を伝える、ということなのだろうか?
「今日までに任務を発行しないといけない人たち。ギルドが開いたらこのリストに載っている人の出欠を取っていくよ。」
そう言うとアンディラはギルドの表扉を開けた。
「やっと会いたかー。」
「遅せぇぞアンディラちゃん。」
「おっしゃあ、今日も任務頑張るぞー!」
屈強な男たちが何人もギルド内になだれ込んでくる。
「うっ……。むさ苦しい!」
「耐えて、トオル君。」
と言うアンディラもいつもの明るい笑顔は何処やら。顔を酷くしかめている。
「ま、まあむさ苦しいんだけど、ここにいる人たちは皆良い人なんだよ。ちゃんと任務を受けてくれるからね。」
筋肉にもまれながら俺たちはリストに載っている名前を読み上げていく。
「ぼ、ボブさん!」
「あいよー。 」
「エドワードさん。」
「うぃーっす。」
「ガッ……?ガルガドババル……ドフ?さん?」
ガルガドババルドフ……?何だこの珍妙な名前は。
俺がこの名前を呼んだ途端、アンディラを含め周りの人たちが大笑いし始めた。
「ぶぁっはっはっ……!」
「はっはっはっ。新人はやっぱこうなるよなー!」
「上手く言えてたぜー、新入りー!」
「アンディラちゃんこれがやりたかったんだろ?」
「バレたー?やっぱりコレをやらないとね。」
どうやらおちょくられたらしい。
俺が照れる必要はないのだがこういう状況はやはり照れくさい。
「ガルガドババルドフさんの名前は長いからね、皆ガーちゃんって呼んでるんだよ。」
「……先にそれを言ってくれない?」
「通過儀礼です!」
小悪魔的な笑いをするアンディラ。おそらく俺の緊張を和らげてくれたのだろう。
……まあ、半分はおちょくりたいのが理由だと思うのだが。
「じゃあ、えーっと。ガーちゃん!」
「はいはーい!」
ガルガドババルドフ元いガーちゃんが声高らかに返事をする。……彼はこれで良いのだろうか?
あらかた名前を呼び終え、来ていない人物にチェックをする。その間にアンディラは任務を発行している。
どうやら任務は一人一人違うらしい。難しい任務もあれば簡単な任務もあるのだという。
「あ……ちょっと、アンディラちゃん!
これ無理!こんなの無理!ラル・ローレンの討伐なんて死んじゃう!」
「だいじょーぶだいじょーぶ。マイケルさんならいける!」
「いけない!」
そんなやり取りをしつつ任務をどんどん発行し続ける。
「あれ?アンディラ。あの人たちはリストに載っていない人たちだよね?」
リストに載っていた人たち全員に(来ていない人を除いて)任務を発行し終えたが、まだ数名ほどギルド内にいる人がいた。
「あの人たちは超優良のお客さん!
お金がないから任務で稼ぎたい人や、単純に戦闘狂の人だよ。」
「戦闘狂……。」
「戦闘狂のお客さんは本当に良いお客さんなんだよ。モンスターの討伐任務を積極的に受けてくれるからね。」
そうこうして残った人達にも任務を発行し終える。
ギルド内は再び俺とアンディラの二人きりになった。
「よし。次のお仕事をやるよ。」
「わかった。」
するとアンディラは任務を発行するのに使用していたカウンターから少し大きめの木箱を取り出した。
そして中の物をどんどんと取り出していく。
それは手乗りの機械の鳥だった。
「これはマシナリピジョン。明日任務を発行しなきゃいけないお客さまに、その通知をするために飛ばす機械。」
アンディラはまたカウンターから紙を取り出した。
その紙にはどれも人の名前が書いてある。
これが明日任務を発行しなければならない人たちのようだ。
「この紙をマシナリピジョンに食べさせると、マシナリピジョンがこの人の元に飛んでいって伝達してくれるのさ。」
「へぇ……。」
「さあ、この紙を全部食べさせていくよ。
紙の名前とここに書いてあるリストの名前と照合をしながら食べさせてね。」
そう言うとリストと紙の束を渡される。
……地味だが大変な作業だ。
リストと照合しつつ黙々と作業を続けていく。
マシナリピジョンに紙を食べさせ終え、ギルドの窓からマシナリピジョンを飛ばす。
……本当に機械の鳥が空へと旅立っていった。
動きが非常に滑らかで、動きだけなら本物の鳥と言われても疑わないだろう。どんなテクノロジーであの鳥を作ったのか気になったが、まだまだ業務があるらしく機械の鳥については一旦忘れざるを得なかった。
「さて。これが大仕事。命の危険も伴う大変な業務だよ。」
「……わかった。」
アンディラは今日任務を発行しなければならなかったのに来なかった人……、通称“悪いお客さん”のリストを新たに作り上げ俺に渡した。
「……この人たちをシバくために迎えに行きます。」
思わず唾を呑み込んだ。
とうとうシバくんだ。命に関わる危険な案件なのは間違いない。
だが、この業務の遂行具合でギルドの権威が決まるのだろう。大切な業務であることが理解できる。
「じゃあ今回はボクと一緒に行こうか。トオルの腕前も見たいし。」
腕を組み意地悪そうに微笑むアンディラ。
俺は額の汗を拭いつつ、感じる嫌な予感を押し殺した。