騙り
マークに連れられて入った店は“シェイドリリー”という名のこじんまりとした酒場だった。
よくあるカウンターにポツポツとあるテーブル席。マークはこの店の常連であるらしく、ズカズカと我が物顔のようにカウンターに座った。少々と気まずさを感じながらも俺もマークの横に座る。
すると、割腹の良い店主の親父がまずは一杯と言わんばかりに綺麗なカクテルを出してくれた。
「人を連れてくるなんて珍しいじゃないか、ハー……」
「おいモンチュ、黙ってろ。」
マークは店主の親父……、モンチュの話を遮る。
ハー……?モンチュは今何と言おうとしていたのだろう。
いや、それよりももっと大事なことがある。
「すみません、俺未成年なのでお酒は飲めないです。」
「は?なんだよトオル。湿気たこと言ってんじゃねぇか。」
マークが有り得ない、とばかりに手をヒラヒラさせる。件のマークの方は、度数の高そうな酒をまるで水のように飲み干していた。酒豪なのだろう。
「せっかく出していただいたのにすみません。
何か別のものをいいですか?」
「はっはっはっ、面白いなアンタ。別にアンタが未成年かどうかなんて誰も気にしないのに。まあいい、気に入った。何か別のものを出してやるよ。」
モンチュはガハハと大口を開けて笑った。酒場で酒を頼まない男のことを本当に面白く思っているようだった。
そのまま酒場の主が奥の厨房の方へと引っ込むのかと思うと、マークがおもむろにモンチュを引き止める。
マークは空になったグラスで机を二回叩き、モンチュにグラスを渡す。
今の一連の動作は何だったのだろう?
少し違和感を覚えたが、きっと気のせいだ。
そして、モンチュは無言で厨房に消えた。
「せっかくの酒なのに。ほんと勿体ない野郎だぜ。」
「……俺は未成年なのにどうして酒場に連れてきたんですか。」
「決まってんだろ、ここが一番話がしやすいからだ。」
気がつくと、マークは俺の残したカクテルまでもをすっかり飲み干してしまっていた。
飲むものなし、食べ物なしの環境でしばし沈黙が続く。気まずい空気の中、口火を切ったのはマークであった。
「アンタ、黒い髪だな。この辺りじゃ随分珍しい色だ。」
「はあ、そうなんですか。」
「アンタ、どこ出身だ?」
「……。」
いきなり答えずらい質問をされ、俺は当惑する。この男にどう答えるのが正しいのだろう。
そもそも、俺に答えられる質問なんて無いに等しい。
「いや、……。その、マークはどうなんですか。」
質問を質問で返す卑怯な手法だ。だがこれが最善の策だったはず。マークは少し不機嫌になったものの、こう答えてくれる。
「空の上さ。天空。」
「は?」
俺の反応が面白かったのかマークが少し笑ったような気がした。
「冗談だ、冗談。」
「じょ、うだん。」
マークはまた少し考えて、今度はこのように切り出す。
「アンタの着ている服、見慣れねぇ服だ。どこの民族衣装だ?」
「え……。」
俺は再び戸惑う。確かに、俺の着ている制服のような服を着ている人はこの帝都にはいなかった。
どの人もコートやドレスなど、元の世界の近世ヨーロッパの時代の服のようなものを身にまとっていた。
確かに、この制服は異質だ。
「かなり目立ってたんだぜ、アンタ。珍しい黒髪に珍しい服、類まれなる美貌。結構ジロジロ見られてたろ?」
「……、ああ。そうかもしれないですね。」
なるほど。妙に納得した。
帝都でのあの視線は物珍しさからの視線だったのか。これは盲点である。
「髪はどうにもならないし、顔面もどうにもならないから……、服を調達しないとだな。忠告感謝します。」
「忠告って訳じゃないけど……まあ、それが良い。今のまんまじゃ道化より目立ってるからな。」
一度一呼吸おいて、彼はまたこう問う。
「で、アンタの出身は?」
こいつ……まだ諦めていないのか?
本当にこれでどう答えるのが正解なのかわからない。もしこれで「俺は転生者です。」と名乗ったら、どうなる?もし異質な存在として排除の対象になったら?生き残れる自信が無い!
「こ……。」
「こ?」
「ここじゃないどこか。」
数秒ほどの沈黙。
その後、堰を切ったようにマークは笑いだした。
「ハ……ハハハ!そうくるか!なるほどね。上手く逃げたじゃねえか。」
「……。」
「悪かったよ、嫌な質問をして。」
「そう思うなら控えてくれませんか。」
「辛辣だねぇ。」
奥からモンチュが現れ、バスケットに入った何かを俺らの前に置いた。
「おお、コレコレ。美味いんだよなぁ。」
マークがバスケットを開ける。
……これは。
「サンドイッチ!」
白いツヤツヤのパン、新鮮な野菜に黄色いソース。
一目見ただけで絶品のサンドイッチであることを直感した。
「この黄色いソースはサフランベリーのソースだ。
サフランベリーはヘイディズの特産なんだぜ。」
「へぇ!すっごい美味しそうだ……!」
「……さ、一思いに食ってくれ。」
モンチュとマークは俺がサンドイッチを食べるのを今か今かと待ち構えている。
人に見られながら食べるのは恥ずかしいが、どうしてもこの美味しそうなサンドイッチを食べたかった。俺はモンチュの言葉通りに思い切りかぶりついた。
「うまい……。美味すぎる!!!!」
こんな美味しいサンドイッチ食べたことがない!
ふわふわのバンズ、シャキシャキな野菜に酸味が爽やかなソース。俺の好みの味だ!
「すっごい美味しそうに食ってくれるなぁ。
ここまで喜んでくれるなんて、オジチャン作りがいがあるってもんだ。それに比べてコイツは……。」
モンチュは恨めしそうにマークを睨みつける。
その視線を不快に思ったのか、マークは貧乏ゆすりをし始める。
「……あんだよ。」
「このぶっきらぼうなフード野郎はしょうもねぇんだ。物を食っても全然反応しねぇ、味わって食わねぇ。作りがいなんて無いんだ。」
「何をどう食おうがオレの勝手だろうが。」
ケッ……、と唾を吐き捨てるような動作をする。
……色々と思っていたが、こいつかなり品がない。
全てのサンドイッチを食べ終え、腹を満たした俺はすっかり上機嫌になっていた。
「ありがとうございますモンチュさん!俺、ここのサンドイッチとっても好きです!毎日食べたいくらいです!」
「おうおう嬉しいこと言ってくれるじゃねえか。」
「本当に美味しかった。マークも、ここに連れてきてくれてありがとう!あー、俺は運が良いなぁ。」
「……すまねぇな。」
「え?何がです?お世辞じゃないですよ?」
ひたすらモンチュを褒めちぎるがこれは世辞でもなんでもない。全て本心なのだ。
「随分美味そうに食うんだな、アンタ。」
「そりゃもう、本当に美味しいから!」
「ふーん……。」
「俺、サンドイッチが食べ物の中で一番好きなんだ。」
「……そうか。」
俺の言葉を聞いたマークは意味ありげに沈黙する。
モンチュも何か言いたげに黙っている。先程の朗らかな空気から、打って変わって緊迫した空気になった。
「ちょ……なんですか。なんか、おかしい、ですよ?」
「うーん……。」
モンチュが気まずそうに頬をかく。
途端に目の前がグラッと揺れる。
「……う、ん?なんだこれ……。」
目眩が収まらない。嫌な予感がする。
この目眩はもしかして。
……盛られた?
「はぁ、あんな美味そうに食ってくれたのに……。なんか罪悪感があるぜ。」
「チッ……。モンチュ、いつからそんな甘ちゃんになりやがった。」
「いやぁ。でも、この子きっと良い子だぜ?」
「……ハッ。馬鹿言え。」
俺の意識はそのまま暗転し、深い闇に閉ざされた。
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モンチュは汚れた食器を洗いながら、気だるげにワインを飲み干すマークを見ていた。
「……こいつを眠らせてどうするつもりなんだ。」
「未練がましいな。どうするもこうするも。」
マークは意識を失い横たわるトオルを見つめていた。
すやすやと気持ちよさそうに眠るトオル。彼は殺意の籠った目をトオルに向けた。
「殺すんだよ。」
洗い物を終えたモンチュ。店仕舞いをし、棚に閉まってあった高級ボトルワインを開ける。モンチュはトオルにした仕打ちを後悔しているようだった。
「こいつは明らかに転生者だ。……早く殺さねぇと。」
モンチュは咎めるように「ハーミズ!」と叫ぶ。
「言伝の通りの黒髪の転生者が現れた。それは確かに恐るべきことだ。だが、彼が必ずしも崩壊の鍵になるとは限らない。実際、こうして眠らされて、命を危険にさらされても異変は何一つ起こらねぇじゃねえか。なあ、ハーミズ。」
「こいつの戦闘力はかなりのものだ。肝も据わっている。」
「それがどうしたってんだ。トオルは人間の域を出ない。」
苛立ちが抑えられなくなったのか、彼は今までにないくらい大きな声で叫んだ。
「万が一だ!万が一こいつが成っちまったらどうするんだ!
オレらに止める術はねぇ!お終いなんだよ!世界が終わるんだ!」
「ハーミズ!」
マーク……、否。ハーミズは隠し持っていた愛用の武器、ハルバードを手にした。戦闘に特化した斧。おびただしい数の死体の山を築き上げてきた代物だ。
ハーミズはハルバードの刃をトオルの喉元に当てた。狙いを定めゆっくりと振り上げる。
「ハーミズ!ハーミズ・ルナシス!考え直せ!」
モンチュが強く制止するがハーミズは止まらない。
「悪いな、トオル。」
そのままハルバードを振り下ろした。