詐欺師
ギルドは一言で言うと“品”が良かった。
アンティーク調の照明、温かみのある木材で作られた壁と床。シックな絨毯が全体を引き締めている。
しかし、その品の良さがこの男の巨体の山の異様さを物語っていた。
ガタイの良い男がゴロゴロと転がっている。
死んではいないようだが、一人残らず気絶しているように見えた。
ふと男から視線を逸らし顔を上げると、男の山の奥からこの空間に似つかわしくない一人の少女が現れた。
二つに結い上げられた柔らかい髪、こぼれ落ちそうなほど大きいアーモンド型の目。ギルドのユニフォームであろうエプロンドレスを身につけた少女だ。
少女は俺の隣にいたサクラさんに目を向けるとパアッと顔を輝かせ、駆け足で彼の元に近づいた。
「サクラさん、やっと帰ってきたー!」
「ハハハ、ただいまアンディラ。お客さんのシツケはしっかりできたかい?」
「もっちろん。ボクを誰だと思ってるの?」
少女、もといアンディラはガッツポーズをしてみせた。
おいおい……。お客さんのシツケって、まさか。
そう思って俺はアンディラをよくよく見てみる。
よくよく見て気づく。
彼女の華奢な体躯には似合わないほど、彼女の腕はしっかりと鍛えられていた。
アンディラをマジマジと見ていると、不意に彼女と目が合ってしまった。
すると彼女は酷く驚いた顔をして、俺の顔をじっくりと見たあと、そろりそろりとサクラさんの後ろに隠れてしまった。
一体どうしたのだろう……?
「さ、サクラさん……。」
「どうしたんだいアンディラ、人見知りなんてらしくないね。」
「何、この、綺麗な子ぉー!!」
はい?
俺はアンディラの言ってることがよくわからなかった。
「ねえねえねえ、ダレダレダレこの子誰!?」
アンディラはとうとう好奇心に耐えられなくなったらしく、サクラさんの後ろからひょいと出てきて、俺の頬をこねくり回し始めた。
「こんな綺麗な子見たことないよ!
どういう経緯でこの子と会ったのー?」
「い、痛い……。」
「あれ!?」
アンディラは俺の声を聞いた途端頬を触るのを止めた。しばらくした後、もう一度だけ俺の頬をつまみ、そして一息おくと、
「君……、男の子!?」
と叫んだ。
「うるさいねぇ、アンディラ。
トオル君はどう見ても男の子だろう?」
「そんなはずないよぉ、こんな綺麗な子が男なんて世も末だぁ……殺生な世の中だよ……。」
サクラさんはアンディラの驚きようが相当ツボに入ったらしく、しばらく震えていた。
彼の震えが収まったところで、サクラさんが俺たち二人を仲介して紹介してくれた。
「さて、もう大体わかったと思うけど、この子はアンディラ。ウチのギルドの看板娘だ。」
「アンディラです、よろしくねトオル!」
「看板娘だけど男の子だ。」
……は!?
え?男の子、男……?
俺はアンディラを何度も何度も見返した。
どう見ても、彼女いや、彼なのか。彼の姿は男には見えない。
「な、なんだい。君もかいトオル君。ブフッ……。」
再びツボに入ったサクラさん。
アンディラは呆れたと言わんばかりに肩をすくめた。
「これ、言っておくけどボクの趣味じゃないよ。サクラさんの趣味だからね。」
「失敬な。趣味ではないよ。」
サクラさんはつらつらと訳を話し始める。
「女の子の格好の方がお客さんが油断してくれるのさ。あと、お客さんの本性も見えやすい。
あの猛獣共がいくらかは扱いやすくなるんだよ。」
アンディラはまた肩をすくめる。彼は納得はしていないようだ。だが、納得していないながらもその格好をしているのだから、サクラさんの言う通り実際に効果はあるのだろう。
未だにアンディラが男であることを信じられない。
「さて、アンディラ。この子はトオル君だ。
さっきエアレズ平原で拾ってきた。」
「よろしくお願いします。」
アンディラはよろしく、と言って手を差し伸べてくる。俺ももちろん躊躇わず握り返す。
……非常に力強い握手だった。
「で、サクラさん。トオルはギルドスタッフになるの?」
俺は吹き出した。
アンディラ、どうしてそうなる?
「サクラさんがボクに人を紹介するっていうことは、そういうことなんでしょ?」
どうしてだ。どうしてそうなるんだ。
こんな筋肉一つない痩せっぽっちのガキに、あのいかつい男どもをいなせると、本当にそう思うのか!?
……俺はギルドスタッフになるのか?いや、無理だ。絶対に無理だ。
「もちろん、そのつもりでトオル君を連れてきた。トオル君、雇われてくれるよね?」
「え、なんで、なんでですか。やっぱりというかどうしてそうなるんですか。」
俺は特に腕っぷしが強いわけでもなし、筋肉がある訳でもない。
「そんなこと言ったって、トオルは絶対只者じゃないもん。
だって、立ち振る舞いが既に訓練を受けた人間のそれだし、腕だって……。」
アンディラがおもむろに俺の腕を掴み、袖を捲りあげた。
「ほら、しっかり鍛えた筋肉してるよ。
今までのポンコツと比べたらかなりの逸材ですよね?サクラさん。」
「ふふふ、そうなんだよ。私たちは実に運が良い。」
嘘だ嘘だ嘘だ!アンタらは俺のことを買い被りすぎだ。
犯罪者らの抑止力になんて俺にはなれっこない!
俺は一般人なんだ!
「え?トオル君。君に拒否権はあるの?」
「……はい?」
「良いんだよ、このままヘイディズを出ていっても。君は無一文で行くあても無い。さらに記憶喪失。野垂れ死には確実だろうね。」
突如サクラさんが脅しのようなことを言ってくる。
彼の身にまとっていたオーラが一瞬にして変わった。柔和で穏やかな雰囲気から絶対零度の鬼のような雰囲気に。
俺は彼の豹変ぶりにただただ驚いた。
まさか、こんな詐欺師のようなことをしてくる人だなんて思わなかった。
騙された。
「野垂れ死ぬ前に、君は犯罪者になるよ。
君がもしギルドスタッフにならなければ、君は不法入国者になるんだ。即お尋ね者さ。」
「そ、それは、アンタがウチのギルドに来るかいって!」
「無理強いはしてないよ?」
「今してるだろ!」
「ヘイディズ帝国に入ったが最後、さ。」
外堀を埋められた。なんて事だ。
完全敗北だ。負け、綺麗に負けた。
この帝国の法律がわからないのにお尋ね者になる勇気はない。
俺はただ力なく頷くしかなかった。
「やったー!!スタッフが増えたー!!
三日前死んだバイトの分がようやく埋まったー!!!」
「万年人手不足からの解放だー!バンザーイ!」
落ち込む俺を後目に二人は万歳の舞をしていた。
三日前死んだバイト、などという不穏な言葉が聞こえたのはきっと気にしてはいけない。
「良かったよぉトオル。これから仕事仲間としてよろしくね!」
「うう、わかった、アンディラ。よろしく。」
こうとなったら腹を括るしかない。
せっかく転生したのに余命三日はごめんだ。
嫌々ながらも覚悟を決める。
「じゃあトオル君、改めてよろしく頼むよ。」
「はぁー。お手柔らかに頼みます。よろしくお願いします。」
こうして、まるで詐欺師に騙されるかのようにして俺のギルドスタッフとしての日々が始まったのだった。