ギルド
サクラさん曰く、先程の草原はヘイディズ帝国領エアレズ草原なる所らしい。綺麗な草原だが昨今の治安の悪化でロノス等の小型魔物が住み着いてしまっているらしかった。
「ヘイディズ帝国は新進気鋭の巨大な軍国で、アーゾルド三世が現皇帝さ。治安は悪いが良い国だよ。……少なくとも、支配はされていないからね。」
ギルドなるものはヘイディズ帝国の首都にあるらしい。
エアレズ草原を抜け、帝国首都の関所に向かう。道すがら、こんな話をしてくれた。
曰く、ヘイディズ帝国は侵略国家で様々な国を手中に治めたのだという。
隣の大陸であるプルフラス大陸はその全土が帝国領植民地らしい。
正直、この世界の地理を知らないためこれがどう言った意味を持つのかは想像しがたいが、少なくともヘイディズ帝国が平和的な国家でなさそうというのは推測できる。
「で、こんな国だからヘイディズ帝国には荒くれ者が多くてね。近年はかなり無法地帯だったんだけど、そういった荒くれ者を治めるために皇帝はギルドを設立したんだ。」
「サクラさんは、そのギルドなるものの偉い人なんですよね?」
「そう。ヘイディズ帝国にいくつかあるギルドの内の一つ、“アポカリプス”のマスターなんだ。」
そしてギルドについても軽く説明してくれる。
「ギルドは帝国が発注する特殊な依頼を国民に中継ぎする施設なのさ。
特殊な依頼っていうのは、魔物討伐だったり、悪党をしばいたりする依頼。端的に言うと危険な依頼ってことだ。
で、犯罪者、危険人物は自動的にギルドに登録される。稀だけど、志願する国民も一応ギルドに登録できる。
こうして登録された国民はギルドメンバーとなり、依頼をこなしていくわけだ。もちろん、依頼をこなしてくれればそれはもう莫大な報酬がでる。」
「……それがなぜ危険人物への抑止力になるんですか?」
「まあ聞いて、ここがポイントなんだ。
なぜ、ギルドが犯罪者の抑止力になるのか。
実はギルドのスタッフ、及びギルドマスターは依頼を引き受けないギルドメンバーを裁けるんだ。」
「裁ける?それってつまり。」
「殺せるってこと。」
「殺すんですか!?」
「殺すね。ギルドに登録されたってことは実質的な死刑宣告に等しい。」
「何て酷い施設なんですかギルドって……。
いや、そもそもギルドメンバーは危険人物が多いんですよね?そんな簡単に裁ける……、殺せるんですか?」
サクラさんは驚いた様子の俺を見て腹を抱えて笑った。そこまで笑わなくても良いものの。
「いや、失礼。君は本当に何も知らないんだね。それもそうか、記憶喪失なんだっけ?」
「……そうですよ。」
「ふふふ、そうかいそうかい。」
ひとしきり笑ったあと、彼は肩をすくめつつこう言う。
「だからギルドスタッフ及びギルドマスターは特に戦闘力の高い者が採用されるんだ。」
戦闘力。前の世界で戦闘力なんて言葉、物語の中でしか出てこなかった。それが今や現実だ。
野蛮、と言うべきか。それとも、これが野蛮と思えた今までの世界に感謝すべきなのか。
「先人達の努力のおかげで、ギルドスタッフ、ギルドマスターの称号があるだけでそれもう強い抑止力になるんだよ。」
あまり実感がわかないが、とりあえずそれがヘイディズ帝国における常識なのだろう。
これらの情報を飲み込んだところで、道の遠方に巨大な石門が見えた。
「さあ、お疲れ様。あれが帝国首都の関所さ。」
さすが軍国の首都だ。周りが巨大な砦で覆われており、中の様子は全く見えない。
だが、この距離でも首都の活気を肌で感じる。
非常に栄えている都市なのだろう。
「今は私がいるから簡単に関所に入れるはずだ。でも、普通は通行手形が無いと入れないからね。」
関所に着くと、門番がサクラの顔を見る。
「あ、ああ!ギルマス殿、お勤めご苦労様です!」
「ご苦労さま、門番くん。」
なるほど。ギルドマスター即ちギルマスの権威というはかなり強いようだ。
何人もの門番がサクラさんを尊敬の念を込めて見送っている。
そのまま熱い視線の洪水の中、俺とサクラさんは関所を通ろうとする。
しかし、一人の門番がややあって俺を引き止めた。
「ギルマス殿、こちらのお方は?
ハトメヒトの方でしたら手形を見せていただかないと。」
俺は驚く。サクラさんに引っ付いていれば自然と中に入れるものだと思っていたからだ。
それはサクラさんも同じなようで、少し目を見開いて、少し考えて、少し間を置いてからニッコリと笑って言った。
「ああ、この子は新しいギルドのスタッフだ。」
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「あの、新しいスタッフっていうのはどういうことですか?」
「どういうことって、どういうことだい?」
「いや、なんで俺、新しいスタッフって?」
「人手が足りてないんだよー。」
「さっき戦闘力がないとって!言ってたじゃないですか!戦闘力!戦闘力!」
「ハハハ。」
首都は多くの人で賑わっていた。
大通りを行き交う商人、明らかにガラの悪いならず者、住人、大きな声で演説をする人、宗教の勧誘。総じて民度が良いとは言えないが、決して居心地の悪い様ではない。
調和はないがこのエネルギーは嫌いじゃなかった。
「面白い街だろう!?人のごった煮って感じで!見ていて飽きない街さ!」
「そうですねー!すごい熱気です!」
あまりの賑やかさに大きな声で叫ばないと声が聞こえない。
サクラさんから離れないようにするのが精一杯だ。必死の思いで彼の背中を追う。
やがて人気が少なくなり、ようやく満足に呼吸ができるようになった。
およそ三階建てのレンガ造りの建物が何件も並ぶ裏通り。表通りの喧騒と比較するとここら周辺は落ち着いていて、さらにやけに混み合っている。
何人かガラの悪い人間がうろついているものの、どの人もサクラさんを見ると怯えたように去っていく。こんな所でもサクラさんの権威が垣間見えた。
ある一件の建物に辿り着き、足を止めた。
その店の横に小さく“アポカリプス”と書かれている。
これが、ギルド“アポカリプス”……。
「さあー、お疲れ様。ここが私のギルドだよ。
“アポカリプス”へようこそ。歓迎するよ。中にどうぞ。」
緊張のあまり息を呑む。
俺はサクラさんに誘われるまま、中に入った。