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RE  作者: 28号
前 第一章
3/44

草原にて


頭の痛みで目が覚める。

断続的に頭が痛み、徐々に意識が覚醒していく。


……やっぱり、さっきの出来事は夢だったんじゃないか。


そう思い周りを見渡す。


俺は見覚えのない草原の真っ只中にいた。

見渡せど見渡せど辺り一面の草原。

空は濁ったような曇天。

心無しかうっすらと霧のようなモヤが立ち込めている。


「……ったいな。」


ずっと頭の痛みが収まらない。

これは一体どうしたものか。ここはどこなのだろうか。


行き場のない困惑。仕方なく、俺は気の赴くままに歩き出すことにした。


ズキズキと痛む頭。

俺は先程の夢を思い出す。

あれが現実であるならば、俺が今いる世界は別の世界ということになる。


「違う世界。異世界ということか。」


先程の夢と違うことは、俺自身に身体があること。どこぞの学校の制服を身にまとっている。どうやら俺は学生だったらしい。


「訳がわからないな。俺は一体何者なんだ。」


自分の顔すら思い出せない。

鏡か何か欲しいところだが、残念なことに周りは草とモヤしかない。舌打ちしながらも手がかりを求めて草原を歩き回った。


====================



おかしな事がある。

この草原、歩けど歩けど終わりが見えないのだ。

いくら歩いても景色一つ変わらない。


草、モヤ、曇天。


変わり映えのない景色に脳が混乱する。

いくらなんでもこれは異常だ。


何が起こったのかよくわからない。

……先程から訳のわからないことばかりだが、今が一番わけがわからない!

このまま永遠に草原にいる運命なのか?

何の手がかりもないまま?


……誰かいないのか?


「……おーい。」


一人虚しく、宙に向かって叫ぶ。


「おーいっ!」


俺の声が空間に反響する。

おかしい。どうして反響するんだろう。


ここは平原。声を反射する障害物は周囲に見えない。


やっぱり。普通の物理法則と反する事象が起こっている。


その事実に気づいた俺は焦燥する。

こんな異常事態、どう対処すれば良い!?

何もない中で俺は一体どうすれば……?


その時だった。


「誰かいるのかい?」


俺の前方から男の声が聞こえた。


薄いモヤの向こう。誰かがいる。


「誰かいますか!?誰か……!」


俺はその人影に向かって走った。

誰でも良い、誰か、誰かいてほしい。


しかし、走っても走ってもその人には辿り着けない。確かにその人に近づいているはずなのに姿がハッキリしないのだ。


「……は!?なんだよこれ……!」


俺は混乱して立ち止まる。

男が間髪入れずに叫んだ。


「君、動かないで!」


……良かった。俺の存在は向こうに認知されていたのだ。俺は一人じゃない。永遠にこの空間を彷徨う羽目にはならなかった。

安堵から自然と涙が溢れてくる。


「……良かっ、た。人がいた、んで、すね。」

「おやおや、泣かないで。……怖かったんだね。私が来たからにはもう大丈夫。安心しなさい。」

「は……い。」


グズグズする鼻をすすり、男の声に耳を傾けた。

今はこの目の前の男が頼りだ。

何とかして現状を抜け出さなければ。


「あの、これどういう状態なんですか。

どこまで行っても草原で抜け出せないんです。」

「これはロノスという魔物の仕業さ。

どうやらこの草原一帯がロノスの巣になっているらしい。」

「ろ、のす……?」


魔物、という言葉に息を呑む。

やはりこの世界は異世界なんだ。

情報過負荷、信じられない事象に目眩がする。

いや、狼狽しても意味は無い。

俺は深呼吸をし、なるべく冷静になれるように努めた。


「ロノスは人間に対して幻覚、幻惑の魔力を持つ魔物だ。単体だと大したことないんだけど、それが複数になるとこんな感じに、広域を支配した厄介な存在になる。今回はループ空間みたいだ。精神にくるね。」

「た、対処法は?」

「そうだねぇ。」


男の姿が少しブレる。

そして何かの生物の気配がした。


どういうことだ……。男が、どこからか生物を取り出したのか?

ソレは、地面をズルズルと這う蛇のような生物に見える。


「この子はロノスの天敵。連れてきてよかった。こいつがロノスの場所を捕捉してくれる。」


男が何かを投げるような動作をすると、蛇のような生物の気配が消えた。

どうやらこの場所から離れたようだ。


「さて、すぐに見つけてくれるとは思わないから。気を紛らわせるためにも少し話をしよう。」


男が地面に腰を下ろした(ように影が動いた)。

それに合わせて俺も座る。


「私はサクラ。ヘイディズ帝国、ギルド“アポカリプス”のギルドマスターだよ。」


ヘイディズ帝国……?ギルド……?

耳慣れない言葉が並ぶ。


俺が戸惑っていると、痺れを切らしたようにサクラさんが俺のことについて聞いてきた。


「俺は影沢透です。その、俺は記憶喪失で何もわからないんです。ここがどこかも、そのヘイディズ帝国っていう所も。何もかも。」


沈黙が辺りを包んだ。

サクラさんは何も反応しない。少し待つが、やはり彼は何も話さなかった。


「あの、サクラさん?」


俺が促してサクラさんはようやっと反応した。

なるほど。相手の姿がハッキリ見えない中で、沈黙というのは非常に堪える。


「……すまないね。えっと……君はトオル君で良いね。」

「はい。」

「君、髪の色は黒いね。うっすら見える。」

「……はい、確かにそうですね。」

「ハトメヒトの出身かな?」

「は、とめひと?なんですかそれ?」


ハトメヒト。やはり聞いたことの無い名前だ。

サクラさんはまた少し沈黙した。

そしてゆっくりと話し始める。


「なにか身につけているものは?」


俺はサクラさんに言われて初めて自分のことをしっかりと見た。

どこかの学校の制服。ベルトに何かが着いている。小さなポーチのようなものだ。

ボタンを外し、中を確認する。


それは見覚えのある物体だった。


「これ……リモコン?」


それは言うなればテレビのリモコンだった。

黒く、ナンバーのふられたボタンが並び、電源ボタンや十字ボタンがある、極々普通のテレビのリモコンだ。


こんな物がなぜ?


「リモコンが……あって。なんで、こんな物が。」

「リモコン……って言ったかい?」


サクラさんは怪訝そうな声色で聞き返した。

そうか、異世界にはもしかしたらリモコンなんて物は無いのかもしれない。


「いや、なんでもないです。よくわからない箱があるだけです。」

「なるどね、そうかい。」


俺は簡単に誤魔化した。今の段階で不審がられる行動は損だ。姿がハッキリしてから詳しく事情を話した方が良い。


その時だった。


ピィーッ


つんざくような甲高い音が響いた。


「ビンゴ!あの子が巣を捕捉した。」


サクラさんが嬉しそうに立ち上がる。もうすぐこの忌々しい空間とはおさらばだ……!

そう思うと俺も自然に嬉しくなった。


「よし、じゃあ見ておきなさいトオル君。

これが魔法だよ。」


サクラさんが何かを構える素振りを見せた。

そして呪文を詠唱する。


「我が声を聞き届けよ、雷鳴高らかに、天罰を!」


サクラさんの詠唱が終わると、驚いたことに曇天が蠢いた。それと同時にゴロゴロと雷鳴がし、そして。


ピシャッ


ドゴッ


「うっ……。」


閃光が走り地響きがした。

あまりの眩しさに目を塞ぎ、そして目を開けた時にはモヤが晴れ、美しい青空が広がっていた。


「今の落雷は……魔法ってやつか……。」


只々唖然とするばかりだ。

驚くべき事実だが、これが魔法の力なのだろう。受け入れざるを得ない。

なんていう超常現象だ。


「やあ、トオルくん。」


目の前に、長身の男が立っていた。

亜麻色の猫っ毛気味の髪に彫刻のごとき端正な顔。綺麗なアイボリーのローブを見に纏う姿はどこか気品すら感じられた。

想像よりもよっぽど美しい男が現れた事に俺は呆気に取られていた。


「私がサクラだよ。」


腰が抜けて立ち上がれない俺を引き上げ、無理やり立たせた。


「驚かせてしまったみたいだね。」


サクラさんがハハハと口を大きく開けて笑った。あのノルとかいう神の、引っ付いたような微笑みとは違う心の底から笑っているような笑みだ。


「さて、立ち話もなんだしウチのギルドに来て色々話でもしよう。聞きたいこともあるだろうし。」


そう言って、彼は少し考える。


「ああ。そうだった。ロノスの死体を回収しなきゃだねぇ。」


着いておいで、と言い俺は大人しくサクラさんの後を追った。


ほんの数分歩いたところに、小さな穴ぼこが空いていた。周辺の草が燃えているため、ここに雷を落としたことがわかった。

サクラさんは穴に手を突っ込むと、例の生物をずるっと引きずり出した。

ロノスの姿はイタチのようだった。魔物というからもっと大きな生物を想像していたが、思ったより小さな可愛らしい生き物だった。


「まあこういう魔物もいる。大きな魔物もいるし、それこそ建造物並の魔物もいる。多種多様な魔物がいるんだよ。」

「はあ……。」

「特にロノリスなんかは注意だねぇ。デカくて、凶暴で、オマケに雑食だから。何でも喰うのさ。」


サクラさんは何度も穴に手を突っ込み、その度にロノスを引きずり出していった。

何体もの死体が草原に並べられる。その光景は圧巻と言うべきか少し気味が悪いと言うべきか。


「魔物は危険だが死体は素材になってね。貴重なんだよ。」


満足したらしいサクラさんはロノスの死体をどこかにしまい、一度大きく伸びをした。


どこかに……というのは。本当に()()()()しまったのだ。

空間にパックリと割れ目が出来て、そこに死体を投げ込んでいる……ように見えた。

もう一々驚くのは止めた方がいいだろうか。


「さて、用事も済んだし、トオル君。ヘイディズに向かおうじゃないか。」


サクラさんは俺の姿を一瞥すると見透かしたような笑みを浮かべた。


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