第95話 聖十二使徒:魔人たちの集い
「はぁ……はぁ……はぁ……」
腕を抑えながら、クレアはその歩みを進めていた。ユリアと別れる際、彼女は全く動じていない素振りを見せていた。しかし実際のところは、満身創痍だった。特に彼女が発動した、特異能力が問題だった。
死の欲動。それは、クレアの持つ切り札の一つ。それは確かにかなりの威力はある。発動すれば、ほぼ間違いなく相手は死ぬのだから。それでも……それ相応の代償はあった。
死の欲動は相手に自身の持つ死のイメージを直接転写できる特異能力の一種だ。だがしかし……それは自分にも同様の痛みが生じるのだ。つまりは自分と相手との精神力での戦い。クレアはすでに何度も発動しているために、その反動に慣れているも……全くダメージを受けないというわけではない。さらに先ほどの戦いでは、ユリアはそれ以外にも純粋な近接戦闘でもまた、脅威。百戦錬磨と思っていた彼女だが、さすがに完全に覚醒したユリアの相手はかなり骨が折れる。
「……はぁ……はぁ……はぁ……」
「戻ってきたか、クレア」
「……クライド、待ってたの?」
「あぁ。お前を回収しようと思ってな。すでにサイラスとクローディアは本国に戻っている。それと不完全ながらも、セフィロト樹は回収できたらしい」
「そっか……ま、それなら……私も頑張って甲斐があったかな……」
「おっと、大丈夫か?」
「ごめーん……もう歩けないや」
その場に倒れ込もうとするクレアを抱きとめるクライド。彼はこうなることを予期していて、あらかじめ集合場所で待機していたのだ。
そんなクライドの容姿は、クレアと同様に真っ黒なコートそれにブーツで身を覆っているがその頭は綺麗に剃り上げられており右目には傷跡なのか、縦に白い線のようなものが走っていた。またその体躯はかなり大きく、身長は190センチを優に超えている。彼はその体でクレアを支えると、そのまま担ぎ上げるのだった。
「……ははは、懐かしいね。この持ち方」
「そうだな。それにしても、お前がそこまでになるほどか……やはり、強かったのか?」
クライドはそのままある地点向けて歩き始める。彼もまた転移魔法を使えるが、この黄昏には本国に通じるように直接転移魔法ができる場所が用意されている。今はそこに向かって歩みを進めている最中だ。
「強いね。近接戦闘だけなら、敵わないと思う。おそらく序列3位以上のクラスじゃない?」
「俺と同レベルだと?」
「うん……もしかしたら、クライドよりも強いかも……」
「……そうか。よく頑張ったな」
「……テンション上がりすぎちゃって、あれも使ったしね〜。マジで疲れたぁ……」
「死の欲動か。あれは単体には有効ではないだろう。集団戦にこそ適してるし、お前一人で戦っている時には特に危険だ。しっかりとバックアップがある環境で使えとあれほど……」
「だって使いたかったんだもーん!」
「全く……お前と言う奴は昔から変わらないな……」
「そうかな?」
「誰が育てたと思っている」
「ふふ、そうなるとクライドがパパなのかな?」
「馬鹿を言え……でもまぁ、父親的な存在なのは間違いないな。周りには娘はどうしたなどと言われるしな」
「ふふふ。そうなんだ」
にこりと微笑むクレア。その笑みは今までのように邪悪なものではない。純粋にそれは、親しいものに向ける微笑みそのものであった。
「で、肉親とあった感想はどうだ?」
「うーん……まぁ同じ構成要素を持っているのは、黄昏眼で見れば一目瞭然。それに何よりも一卵性双生児だから、よく似てたよ……でもやっぱり、お兄ちゃんは人間だね。その思想が完全に人間になってる。おおよそ、魔人の中で育った私とは相容れないよ」
「次会った時、殺せるのか? 情などは湧いていないのか?」
「私がそんな存在だと思う?」
「いや……ないな。お前なら嬉々として殺しそうだ」
「その通り。きっとお兄ちゃんと私はまた出会うことになる。そしてどちらかが死ぬまできっと……私たちは相容れないんだと思う」
「そうか……しかし、ここで残念な知らせだ。統一戦争は魔人の勝利……そうなっていたが、どうやら亜人と魔物が手を組んだらしい。徹底的に魔人を滅ぼさないと済まないらしいな」
「はぁ〜? あいつらとうとう、そんなことまでしたの? 愚かだねぇ……いや、ほんとバカだよね。数出せば勝てると思ってるかな」
「でも実際のところ、亜人と魔物が手を組めば厄介だな。と言ってもこちらにはすでに未完成とはいえ、セフィロト樹がある。時間はかかるかもしれないが、負ける可能性はないな」
「私はよく知らないけど、セフィロト樹ってそんなにすごいの?」
「あぁ。150年前の人魔大戦時にも使用されたが、あれは凄まじい。当時、人間には聖人を含めて、十数人の人外とも呼ぶべき存在がいた。そいつらによって我々はかなり追い詰められたが、セフィロト樹の一時的な解放によりそいつらを殲滅。人間を局地に追いやることに成功したからな」
「ふーん。ま、使えるならなんでもいいけどね」
「さて……そろそろだな」
クライドは地面に埋め込まれている魔法陣に魔素を込める。するとそれは黄金の粒子を撒き散らしながら、目の前に転移の魔法陣を生成。
「戻るぞ」
「うん」
そうして二人はその魔法陣に吸い込まれるようにして、先に進むのだった。
◇
「おかえりなさい。お二人とも」
「アウリールか。どうしてここに」
「お迎えですよ、お迎え」
「アウリールじゃん! おひさ!」
「これはこれは、クレアさん……ご無沙汰しております」
真っ黒なスーツを着込んだ魔人。髪の毛は整髪料で固めているのか、綺麗にオールバックになっている。また腰の方からは真っ黒な尻尾が伸びている。そして彼はその容姿ではなく、立ち振る舞いもまた丁寧である。クライドとクレアよりも年上だと言うのに、彼は綺麗にお辞儀をする。と言っても魔人に年功序列という考えはないのだが、それでもアウリールはその生き様として礼を重んじることにしているのだ。
「クレアさんは私が」
「助かる」
「ごめんねー、手間かけてさ〜」
「いえいえ。クレアさんが頑張った証拠ではないですか。さてすぐに治療しますので」
スッとアウリールが手をかざす。そして軽く左右に右手を振るう。
「……終わりました。お加減は?」
「完璧だね。さすがアウリール! いつも助かるよ!」
「いえいえ。また何かあれば、おしゃってください。さてお二人とも……すでにクローディアさんとサイラスさんはあの場所に集まっています」
「招集がかかっているのか?」
「はい。亜人と魔物の連合軍。それにセフィロト樹を不完全ながらも、回収したのです。緊急会議が開かれることになりました」
「わかった。向かおうか」
「会議〜、めんどくさいなぁ……」
「クレアさん。時間は取らせませんので、どうか」
「うーん。アウリールにはいつもお世話になっているし、仕方ないなぁ……」
「ありがとうございます」
そうして3人は巨大な城の中を歩いていく。大陸の東の果ての果て、その地下空間に魔人たちの本国は存在する。
3人は黄昏に照らされながら、城の階段を登っていく。地下空間にも存在する黄昏は、いつものようにこの世界すべてを照らし続ける。そして、アウリールが扉を開けるとそこには縦長い机にすでに着席している面々がいた。
「お二人を連れて参りました」
「いつも済まないな、アウリール。さて、全員揃ったな……聖十二使徒の皆よ」
聖十二使徒。それは魔人の中でも頂点に立つ12名の総称である。こうして魔人側もまた、人間と同様に大きく動き始めるのだった。