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第9話 黄昏症候群


「冷たぁ……」



 頭上からばしゃああと水が落ちてくる。ポタポタと滴る水を見て、またか……と思った。ここに編入して一週間。どうやら僕はいじめにあっているらしい。最近は水攻めが流行っているのか、至る所で水をぶっかけられクスクスとした笑い声が聞こえる。


 もちろん、躱すこともできるがそれには色々と能力を使ってしまい、学院内では目立つのでこうして毎日冷水シャワーを浴びている。



 おそらく原因はシェリーだ。



 ここで生活をして初めて分かったのが、シェリーはちょっとしたお姫様扱いらしい。学院長の娘で、しかもあの年で一級対魔師。容姿も抜群。そんな彼女に唐突に現れた変な男が纏わり付いている……そんな感じで、僕は標的となったらしい。でも今は実害らしい実害も出ていないし、黄昏の世界のようにいきなり殺し合いになるようなこともない。



 放っておこう。いずれ時間が解決してくれる。そう思うも、この冷水シャワーを機に、さらに悪化することになるのだった。



「はぁ……ねむ、ねむ……」



 午後。僕は選択授業では主に座学を選択している。自分の強さを追求したいという想いもあるが、今は二年も抜けてしまった知識を補う必要がある。僕が二年ではなく、四年から編入できたのはその戦闘技能のおかげだ。つまり、知識的な意味では全く足りていない。僕は日夜本を持ち歩いて、勉強を繰り返している。休み時間も、昼休みも勉強。シェリーとは偶に一緒に訓練をして、別れる。そんな生活を繰り返していると、どうやら僕は戦闘はからっきしのガリ勉だと評されるようになった。


 冷水シャワーを浴びている時に、「調子に乗るなよ、ガリ勉ッ!」と言われたのでこの認識は確かだと思う。


 魔物よりも、魔族よりも怖いのは人間である。僕はまた、人という生き物は本当にどうしようもないのだと思いながら、今日は予約している病院に行くのだった。




 ◇




「どうも。私はシーラ。よろしくね、ユリアくん」

「はい。今日はよろしくお願いします」

「極秘の患者ということらしいけど……あなたこれが本当なら途轍もない経歴ね」

「ははは……まぁ色々とありまして」



 第七城塞都市にある中央病院。僕はここにやってきていた。その理由はこの右腕。今は完全に右腕全てを覆っており、肩から手首まで巻き付くように赤黒い模様が絡み付いている。



「それで、腕……だったわよね?」

「はい」

「見せてもらえる?」

「分かりました」



 そして僕は上着を脱いで、上半身裸になる。すると、シーラさんが息を飲むのが分かった。


「あなたそれ……黄昏症候群トワイライトシンドローム。しかも、レベル5じゃない。いや、それ以上かも……」

黄昏症候群トワイライトシンドローム、レベルファイブ? なんですそれ?」

「一年前、学会で発表された新しい病気の名前よ。黄昏は人体に害である。その仮説が証明され、段階化されたのよ。ちなみにレベル5はすでに死ぬ寸前という意味よ」

「え!? 僕死ぬんですか?」

「いや……レベル5の時点で既に人は意識を保てない。ゆっくりと穏やかに、眠るように死んでいくわ。あなた、この状態になって何年経つの?」

「初めは肩から肘程度でしたけど、一年前にこの状態になりました」

「つまり……レベル5で一年以上生きているのね……驚異的だわ……」

「その実は……一年前にオーガの里に行きまして、そこであることを教えてもらいました」

「オーガの里は気になるけど……何を聞いたの?」

「僕みたいな人は黄昏人と言うそうです」

「黄昏人ね……」

「なんでも、人には黄昏は毒だけど、稀に魔族と同じように強化される個体がいる。それが黄昏人と定義していました。実はこの本にも……」



 そう言って僕はあの時、エドガーさんにもらった本を見せる。


「実はこの本に詳しい記述が書いてあります。僕にはちょっと専門的すぎて理解できなかったのですが……」

「これ、借りても?」

「いいですよ。でも大切なものなので、失くさないでくださいね」

「わかったわ」


 そのあとは、健康診断をしてから僕は自宅に戻ることになった。それにしても僕がいない間に、黄昏症候群トワイライトシンドロームなんて病気が解明されていたなんて……そして僕もまた、感染者であると……。



 いったい自分は何者になってしまったのか……その疑問は寝るまで尽きることはなかった。



 ◇



 早朝。パチリと目が覚める。と言っても朝日などなく、黄昏の光によって目が覚める。これはこの二年間で習慣となっている。夜になったら眠り、黄昏の光が出てきたら起きる。この習慣はもはや変えようがない。


 そして僕はシャワーを浴びて、支度をすると足早に学院に向かうのだった。



「ユーリーアーくん」

「ん? あぁこれは、ソフィアさん。おはようございます」

「来るの早いね〜」

「ソフィアさんもね」

「今日は偶然目が覚めちゃってね〜」

「なるほど」

「で、相変わらず勉強?」

「まぁ……そうだね。僕はバカだから」

「……私ずっと思ってるけど、ユリアくんって本当はただのガリ勉じゃないでしょ?」

「……どうして、そう思うの?」

「雰囲気というか、ちょっと私たちと違うなぁーって。お父さんに似てる……かな」

「お父さん?」

「私のお父さんね、特級対魔師なの」

「え!? それはまた……すごい話だね」



 特級対魔師。それは人類の希望と言われている。その地位にたどり着くには単身で城塞都市を守れるほどの力がいる……とまで評されている。実際に現在の人類には、特級対魔師は12人しかいない。一級対魔師や他の対魔師とは、文字どおり格が違う。特級対魔師は一人で戦略兵器に値すると言われているほどだ。


 そんな人が父親だなんて、ソフィアさんは色々とすごい家系なんだなぁ……と思っていると予想外の切り込みを受けることになる。



「ユリアくんの雰囲気……すごーくお父さんに似てる」

「え?」

「ずっとピリピリしているというか、なんというか。ユリアくんはのほほんとしていて、とても可愛らしい顔をしてるけど、ふとした時に出るあの鋭い目つき。とってもお父さんに似てる。ねぇ、何か隠してるでしょ?」

「い、いや……別に? 僕はただの対魔師の端くれだよ……」

「本当に〜? 怪しいなぁ……」

「……」



 だらだらと冷や汗が出る。ソフィアさん、なかなか直感が鋭いみたいだ。これは何とかして隠し通さないと。そして瞬間、顔面に圧を感じる。



「……ッ!」

「ほら、やっぱり。私の思った通りだね」



 僕は首をわずかに傾けて、ソフィアさんが繰り出した剣による一閃を躱した。確か彼女は二級対魔師で、かなり優秀な人間だ。でも本気ではなく、殺す気もなく、ただ試している……そんな感じの軌道だった。


「何のつもり?」

「やっぱり。ユリアくん、強いでしょ」

「偶然だよ」

「嘘。剣を抜く瞬間にもう避ける動作に入ってた」

「……」


 見抜かれている。僕は彼女の手が腰に触れた瞬間、わずかに殺気を感じた。黄昏の世界では日常だった、あの殺気だ。あの瞬間、鉛筆を落としたとか芝居をしてごまかすこともできた。彼女が動作をする前にそれも可能だった。でも咄嗟のことで、体に染み付いている動きが出てしまった。



「ユリアくんが隠したいなら黙ってるけど、いつか白日の下に晒されるよ。君の実力は人類の希望になり得る。13人目の特級対魔師になれるよ」

「……」



 そこで僕たちの話は打ち切られた。というのも、他の生徒がぞろぞろと教室にやってきたからだ。


 どうにも嫌な人に目をつけられた……僕はそう思って少しだけ肩を落とすのだった。でも次の日から僕はさらに激動の日々に巻き込まれることになるのだが……そんなことは今は夢にも思っていなかった。


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