第79話 追憶 6
あれから2年が経過した。クローディア、サイラス共に色々と助力を得て、ユリアの監視を続けていた。そして彼の覚醒はほぼ間違いなく始まっていた。クレアと同じ白髪に、それに使っている魔法もまたクレアと同じだ。彼女は完全に魔人としての能力を覚醒させているので、ユリアも後少しでたどり着く。
そうして、ユリアが結界都市に戻ってくるのを知るとすぐに彼らは動いた。
「どう思う?」
「いいんじゃない。戦闘技能はかなりのものね」
「ならば予定通りにいくか」
「そうね」
二人はシェリーとユリアの戦いを見ていた。それはユリアの覚醒度合いを確かめるためだ。そして二人は結論付けた。今の状態ならば、いける……と。二人はその後さらに行動を起こす。クローディアは逸る心を抑え付けて、ユリアと顔をあわせることになる。
「あ……確か、シェリーとの試合を見ていた人ですよね?」
「あら? 覚えていたのね、ユリアくん」
「えっと……お二人は?」
「俺はギル。特級対魔師だ」
「私はクローディア。同じく特級対魔師よ」
「え……」
「黄昏で二年も生きた……俄かには信じ難いが、この実力を見るにマジっぽいな。おいクローディア、お前戦闘時間どれくらいだ?」
「さぁ……千時間は超えてるんじゃない?」
「俺もそれくらいだが……二年というと、こいつは一万七千時間以上は黄昏にいたことになる。さすがに俺たちの十倍以上の強さを持っているとは思わねぇが……お前の言う通りだったな」
「だから言ったじゃない。強いって」
「だからもう少し詳しく言えよ」
「だって私も彼の本気、見たかったんだもーん」
「何がだもーんだ。アラサーのババアが」
「ちょ!? まだ27歳ですけど!?」
そんなやりとりをしつつも、クローディアの視線はユリアから離れることはなかった。彼女は確かに感じていた。彼の奥底に眠る、魔人としての血を。それは特異能力でも、魔法でもない。ただの直感だ。しかしそれは間違いなく、クローディアとユリアが同質の存在だということを示していた。
思わず笑みがこぼれそうになる。はっきり言って、黄昏に追放するのも賭けの一つだった。黄昏に追いやることで覚醒が早まるのは、クレアの件で分かっていた。クレアは黄昏の濃い場所に居続けたからこそ、その覚醒は早かった。だからこそユリアも同じようにすべきと思ったが、別に四六時中ユリアを観察しているわけでもない。何かの拍子に死んでしまう可能性もあった。しかし、ユリアは確かな強さを身につけて戻ってきた。クローディアたちは特に手助けはしていない。ただ見ていただけだ。彼のその足跡を。
それと同時にクローディアは信じていたのだ。自分を上回る完全個体である彼がここで死ぬはずはない。それにここで死ぬようなら、それまでの存在。また計画は別の誰かで代替すればいいと思っていたが、やはり彼は特別なのだと悟る。
そしてその後、サイラスがユリアと出会うことになる。間違いなく彼らの作戦は始まっていたのだ。
◇
「あぁ……これはこれは、お待たせしてすまないね。さ、ユリアくん。入ってほしい」
「え……その……お邪魔します」
サイラスはニコリと微笑みながら、ユリアを招き入れる。
「さ、紅茶だよ。どうぞ……」
「ありがとうございます」
そして彼は普通にユリアをもてなすも、そこにあるのは打算的な感情だけだった。まずは好印象を与えなければならない。そもそも、特級対魔師序列一位であるサイラスとはそういう男だ。彼はその変質できる能力を使って幾億もの人物に成り代わってきた。すでに元の自分など思い出せない。彼にあるのは、今の自分だけ。昔の記憶はもちろんあるが、そんなものは些事に過ぎない。サイラスにとって、外見とはただの飾りであり、記号でしかないのだから。
「ごめんね、急に来てもらって」
「いえそれで……サイラスさんがいると聞いて来たのですが」
「僕がサイラスだよ。初めまして、ユリアくん」
「え……あなたがサイラスさんですか?」
「うん。驚いた?」
「その…失礼かもしれませんが、もっと強面な人を想像していました」
「ははは、よく言われるよ。他の特級対魔師にも、シャキッとしろとよく言われるよ」
「えと……本当に序列第一位のサイラスさんですか?」
「仰々しい地位だけど、一応そうだね。よろしく、ユリアくん」
「はい……」
そうしてサイラスはユリアと握手を交わす。それと同時にサイラスは感じる。確かに彼の中には魔人の血が流れていると。それはクローディアと同様に本能的に理解できるものだった。
「薄い手だろう?」
「そ、そうですね」
「ユリアくんはがっしりしている。それに厚みがしっかりとある。二年間も黄昏で生き抜いたのは伊達じゃないね」
「信じてくれるんですか?」
サイラスは心の中で笑う。信じるも何も、サイラスたちが全てを仕組んだのだ。それは間違いのない事実である。彼が疑うなどあるわけがない。
「悪いけど、君のことは調べたよ。二年前は第三結界都市で学生だった。成績は最下位。特筆すべき技能もない。筆記の方はまぁまぁだけど、戦闘技術が壊滅的。絶望的と言ってもいいね。パーティでは主にヒーラーとして参加。それが二年で特級対魔師レベルに成長する。あり得るわけがない。でも、黄昏で二年も生きたと言えば、信じられる。それに僕も君と同じさ……」
調べた、というのは適切ではない。ユリアのことは全て追跡している。知らないことなど、ないのだ。そしてサイラスは自身の右腕をユリアに見せつける。
「黄昏症候群、レベル5……」
「そう、特級対魔師はほとんどが黄昏症候群という病に侵されている。中には全くと言っていいほど影響のない人もいるけど、僕も君と同じさ」
「そう……ですか。それで、何か用事があって僕をここに?」
「君には13人目の特級対魔師になってほしい」
「僕が?」
「そう、君だ。君にはそれだけの実力がある。自分でも分かっているだろう? 自身の能力の高さは」
「……それは」
腕にある刻印。それはまやかしだ。彼がそう見えるようにしているだけ。魔人であるサイラスはそもそも、黄昏症候群などに侵されない。だが人間に擬態するためにもその刻印はしっかりと腕に刻んである。
そしてサイラスはユリアを勧誘する。それは言葉通りの意味ではない。今後のためにも、ユリアには特級対魔師になってもらった方が都合がいい。それだけのことだった。彼の実力の有無など実際は些事でしかない。
「嫌なのかい?」
「僕にはその資格があると思えません……」
「ふむ。なるほど……いや、確かに急な話だ。でもこちらとしても君ほどの実力者を遊ばせておくわけにもいかないんだ。それで提案だが、第一結界都市への遠征に護衛としてついていってくれないか? と言っても学生の君が参加するには、学生選抜に残る必要がある。こちらとしても、君をいきなり護衛に抜擢するわけにもいかないからね。体面上、色々とあるわけだ」
「遠征……ですか?」
「実は今、王族の方が各都市の視察に回っている。この第七結界都市で最後だけど、第一結界都市に戻るために護衛がもう少し欲しい。今は各都市から優秀な人材を精査しているところなんだ。それに、後続を育てるためにも黄昏を越えて別の結界都市に行くことはとても貴重だ。今後、高位の対魔師として生きていくのなら、都市間の移動はさらに多くなる。さて、どうする?」
「……」
もっともなことを言う。この遠征すらも、全ては計画の一部。それに彼は知っていた。ユリアのパーソナリティは本質的に変化していない。それに過去のトラウマもあるのだろう。簡単に頷くとは思っていなかった。だがきっとユリアは動く。彼は正義感のある人間だ。そういう風になっているのだから。
「……人類はそろそろ進まないといけない。後続も十分に育った。今こそ、反撃の時なんだ。この世界の土地を、そして光を取り戻す時だ。協力してほしい」
「……分かりました。護衛の件、了解しました」
「学生選抜は確か、明後日からだ。飛び入りの参加も許可している。ちなみに、試験官は僕がする。特別扱いはしないけど、君なら残れると信じているよ」
「ご期待に沿えるように……頑張ります」
「君とまた逢えることを楽しみにしているよ」
そうしてユリアが出ていくのを確認すると、後方からクローディアが出てくる。
「終わった?」
「あぁ」
「相変わらず、すごい演技ね」
「演技? まぁこれも慣れたものだからな」
「彼はやってくれるかしら」
「やるさ。もちろんお膳立てもするが、彼はそうするようにできている」
「……そうね。さて、そろそろ本格的に始めましょうか」
「そうだな」
そうして彼らの計画はさらに加速していく。