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第74話 追憶 1




 あれから僕はリアーヌ王女のいる病室へとやってきていた。ちなみに、先輩とシェリーの意識はまだ戻っていないが、二人ともに時間の問題だと聞いた。そんな中で、リアーヌ王女は一早く意識が覚醒したようだった。



「ユリアさん、それにベル……よく来てくれました」

「……お加減は?」

「もう大丈夫です。特異能力エクストラの過度の使用で疲労困憊。私の症状は主にそれなので、ゆっくり休めば大丈夫です。それで、ベル。二人の痕跡は?」

「申し訳ありません……完全に見失いました……」

「そうですか……まぁいいでしょう。こちらはクローディアの持っていた情報のほとんどを手に入れることができたのですから」



 あの瞬間、リアーヌ王女は視線を合わせるだけで相手の情報……厳密に言えば記憶を奪い取った。そして彼女の脳内にはあるのだ。なぜ、クローディアが裏切り者となったのか。それにどうして、あのような出来事を引き起こしたのか。その謎が全て明らかになる。



「さて……どこから話しましょうか」



 少し考える素振りを見せる。現在は、ベッドから体を起こしている王女の側に僕とベルさんがいる形になっている。本当はベルさんが情報を聞いて、まとめてから軍の上層部に提出するらしいが……僕も呼ばれていた。それはきっと僕という存在が、今回の件に大きく関わっているからだろうと予測していた。



「まずは私とユリアさんについてですが、私は聖人であなたは……魔人です。といっても、私は完全な聖人。一方のユリアさんは人間と魔人が混ざった存在ですね。半魔人ともいうべきですかね」

「……そう、ですか」



 改めて言われて、自覚する。やはりこの体は完全に人間ではないのだと。やはり、クレアと僕は双子であり、全く同じ存在なのだろう。しかし、リアーヌ王女が聖人とはどういうことだろうか。



「さてでは本題に入りましょう。どうして、彼女が裏切り、そして聖人と半魔人を必要としたのか……」




 こうして、彼女の口から真実が語られる……。




 ◇




 フリージア・ローゼンクロイツ。その名を知るものは多くはない。彼は研究者として、結界都市で生活を送っていた。なぜ研究者になったのか。それは偶然であり、なんの情熱もなかった。彼は頭脳明晰だった。理由を挙げるとすれば、それだけ。他に生計を立てる術もないので、彼はそのまま研究者となった。




「……はぁ、今日もだるいな」




 フリージアはそう呟くと、第一結界都市の研究所へと向かう。軍の中に併設されているそれは、かなりの規模でここ最近は研究も盛んになっている。特に黄昏が人間に与える影響についての研究が進んでいる。しかし彼にとっての興味は、今はそこではなかった。



 フリージアは幼馴染の女性と結婚し、そして遂に子どもができた。それから出産まではあっという間で、今は子どもは2歳半。どれだけかわいがっても足りない。彼はすっかり、娘の虜になっていた。研究もどうでもいいとはさすがに言わないが、あまり身に入らない。今は妻と子どもとの時間が最優先だ。そう思っていた。



 フリージア・ローゼンクロイツの名を聞けば、返ってくるのは普通の研究者。それに尽きる。だが、彼は知らなかった。彼こそが、この黄昏に大きな爪痕を残す存在になるのだと。




「じゃあ、行ってくるわね。あなた」

「あぁ、待ってるよ」

「ふふ。娘も喜んでいるわ」



 第一結界都市、検問前。二人はここで別れを告げていた。第一結界都市にやってきたのは、フリージアの都合で彼らの実家は第三結界都市にあった。今回は二人の両親に子どもを見せるために、黄昏を移動する予定になっていた。だがしかし、フリージアは仕事の関係で行くことはできなかった。そのためこの検問前で別れを告げている。



 そして、これこそが全ての始まりだった。




「……え?」




 彼は確かに、妻と娘を見つめていた。その手に触れ、確かに温かさを感じていた。だがそれはあまりにも唐突だった。そう……妻の体が縦に裂かれたのだ。さらには抱いている子どももまた、綺麗に縦に切断された。その後、現れたのはスコーピオンだった。稀に結界都市の近くに魔物が出現することがある。そのタイミングが今だった。本当に偶然でしかない。偶然そこにいたから、妻と子どもは殺されてしまい、彼は生き残った。目の前で飛び散る血液と臓腑。理解できない……彼は全ての理解を放棄した。



 その後、近くにいた対魔師たちがスコーピオンを屠って事は終わった。対魔師たちからすれば、特に珍しくはない出来事。時には犠牲が出ることもある。今回はそれが、フリージアの妻と子どもだった。それだけ。なんの運命めいたものもない。



 偶然。



 その言葉に尽きる。だが、彼の慟哭はそんなものでは済まなかった。




「ああああああああああああああああああああああッ!!」




 集める。かき集める。彼はただの肉塊と化した二人の破片をかき集めた。自分に付着する血液など気にならない。鉄のような匂いのする血液なども気にならない。ただ早く、早く、元に戻さないと。彼はそうして、人間だったものをかき集めるも……人間はパズルではない。ピースが揃えれば、生き返るわけでもない。



 死んでいる。それを自覚した頃には……彼は正気を失っていた。





「……」




 あれからどれほどの時間が経過しただろうか。じっとカレンダーを見つめると、まだ一週間しか経っていなかった。葬式は第三結界都市で行われた。こんな事はありふれている。黄昏での犠牲者は、必ず出る。毎年どれほどの犠牲者が出ているのか、数えたくはないほどに。その番が、彼に回ってきただけだった。奇しくもそれは、彼自身ではなく、彼が愛した全てだったのだが……。



 葬式の最中、彼は泣くことはなかった。ただ呆然とその墓標を見つめる。



 フリージア・ローゼンクロイツの名を聞けば、普通の研究者と答える。だがそれはこれを機に変わる。愛する人を亡くした人間はほとんどがPTSDになる、または自殺をする。それは統計的にも明らかになっている事実。ならば、フリージアはどちらになったのか。



 否。彼は第三の可能性に進んだ人間。そして、その結果を出した人間になる。



 魔族に復讐を行う。徹底的に、自分が奪われたのと同じ苦しみを魔族に与える。彼の中にあったのは憎悪だった。圧倒的な憎悪。それは妻と娘に向けていた愛情をはるかに超える感情。この世界を書きかえるほどの……憎しみだった。




「……」



 研究に打ち込む。周りの人間は、彼の境遇を知った。だからこそ、もう仕事場には来ないと思っていた。だというのに、彼は取り憑かれたように仕事に打ち込んだ。寝る間も惜しんで、彼は泊まり込みで研究室で研究を続けた。



 魔族を、あの圧倒的な存在に立ち向かうにはどうすればいいのか。まず考えたのは、武器の強化。しかしそれは無理だと悟る。そもそも、肉体のスペックが大幅に違うのだ。



 その時、天啓が訪れる。



「肉体のスペックが違う……?」



 そうだ。人間は脆い。一方で魔族は再生する個体もいるし、四肢を弾き飛ばした程度では死にはしない。人間よりも圧倒的に強いその肉体。ならば……考えることは一つだった。



「人間を進化させればいい……」



 彼が考えたのは、人間と魔族の融合だった。もちろん、このような試みを実行しようとした人間はすでにいる。だが実行されることはなかった。それは倫理的な問題よりも、技術的な問題だった。そもそも相反する種族を結合するなど、不可能だと考えられていたのだ。だがフリージアは天才だった。この結界都市が生まれて以来の天才的な頭脳を有していた。彼の頭脳と憎悪が重なり合うことで、状況は大きく変化する。



 彼はそうして……非人道的な実験に手を染めることになる。それは決して褒められたものではない。だがそれは、後の人類に良くも悪くも、大きな影響を与えることになる。



 そしてその発想から数十年後、彼の計画は大きく動き始めることになる。


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