第73話 いつか、あの青空を
もうどちらかが死ぬしか終わりはない。クレアの切断した箇所はいつのまにか再生しているうえに、まだ戦う気力が見られる。それに僕もまた、あの悍ましい攻撃を受けてもなお、戦う気力があった。
すでに戦闘は佳境だ。互いにここから先は本当の意味で死を覚悟する必要がある。そして再び構える。どれほどこの所作を繰り返してきたのだろう。僕は戦い続けてきた。黄昏に追放され、襲撃で死力を尽くして戦い、そして今は……双子の妹と殺し合っている。
なんて数奇な運命……だが僕は、辟易してはいなかった。人類は確かに進んでいる。魔人たちの侵略などもあり、多大な犠牲者が出た。それでも、そんな絶望的な状況でも、少しずつでも前に進んでいる。そして僕はその最前線に立っている。ここから先の人類の運命は僕にかかっている。ここで無様に敗北を喫してしまえば、全てとは言わないが多くのものが無意味になる。
それに後ろに倒れている、リアーヌ王女、先輩、シェリーが殺される可能性もある。彼女たちを守るためにも、僕はこいつを殺す必要がある……それがたとえ、血を分けた肉親であっても……。
「ん……こんないい時に、ちッ……」
そういうとクレアは右手を耳に当てる。そして通信魔法を使用しているのか、誰かと会話を始める。もちろん僕はその隙を逃しはしない。すぐに彼女に接近すると、そのまま不可視刀剣を薙ぐが……先ほどの攻撃のダメージが蓄積しているのか、まだ最大のパフォーマンスを発揮できるほど自分の状態を持っていけてなかった。
そしてクレアが悠然とその攻撃を躱すとため息をつく。
「はぁ……お兄ちゃん。ここで終わり。あーあ、楽しかったのになぁ……でもま、楽しみは後でとっておいてもいいかな? お兄ちゃんもまだ、本当の意味で本気出してないでしょ?」
「……」
嗤う。その顔は明らかに残念がっているものだったが、どこかに楽しみを見出しているようにも見えた。
本気を出していない。確かに本当の意味で僕は自分の切り札を出してはいない。それは出し惜しみをしているわけではなく、周りの状況的にそうするとなると色々と問題が生じるからなのだが……その口ぶりからするにクレアもまた、本気を出していないのか……。
あれだけの精神干渉系の特異能力を有しているというのに、まだ本気ではないとは……本当に底が見えない。魔人と戦ったのは初めてだが、これほどまでに異質な強さを持っている存在と出会ったのは初めてだった。あの黄昏での2年間でも遭遇したことはない。といっても、僕が黄昏に行くことは仕組まれていたことらしいので、一概に僕の見たものが全てとは言えない。
「バイバイ、お兄ちゃん。また会おうね」
最後にそう告げると、クレアは魔法陣の中に吸い込まれていく。おそらく、転移魔法を使えるのだろう。僕はそれを追いかけることはなかった。相手が引くのなら丁度いい。こちらとしても、これ以上戦うのは得策ではないと判断した。そして僕は3人に張っていた結界を解除すると、通信魔法ですぐに応援を呼ぶ。
終わった。全てがやっと終わりを告げた。裏切り者である、サイラス、クローディアを捕える、または殺すことはできなかったがそれでも……やることはやった。情報も入手できた。といってもそれは、リアーヌ王女にかかっているのだが。
僕は通信を終えると、そのままその場に座り込んで肩で息をする。
「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」
反動がきたのか、急にドッと疲れが出てきた。体からの発汗の量は異常だった。それでも今回は気を失うことはなかった。僕は自分の意識をしっかりと保つと、そのまま3人を見守るようにしてその場に留まるのだった。
◇
あれから一週間が経過。僕たち4人は入院。僕以外の3人は集中治療室に3日間いたが今は一般の病室にいるらしく、後遺症もないようだ。一方の僕と言えば、入院はしたもののたった1日で体力、気力ともに完全回復。魔人としての能力が覚醒したのは予想以上に驚異的なもので、僕はあっという間に完全復活を遂げた。
そんな僕は、病院の屋上にいた。相変わらず世界は黄昏に包まれている。そして僕は自分のこれからの身の振り方を考えていた。僕の正体は、人間と魔人の複合体。それは自分の特異能力でも確認できた。魔人としても覚醒した僕は、基本的な能力が全て向上していた。黄昏眼もまた、著しく強化されており目を向けるだけで対象の構成要素を読み取れるほどになっていた。そんな僕に現れる真実は、覆しようのないものだった。
魔素形態、固有領域。それは種族ごとに特有の形を成している。人間、魔族、それぞれが違うものを有している。その中でも僕はその二つを兼ね備えていた。割合で言えば、5割ずつ。丁度綺麗に分かれてるそれは、自分が自然にそうなったとは思えなかった。それにクレアの言葉を思い出しても僕はきっと……人工的に生み出された存在なのだろう。
そう物思いに耽っていると、後方で扉が開く音がする。僕はその音と同時に振り返ると、そこにいたのはベルさんだった。
「ベルさん……どうも……」
「ユリアくん……ありがとう……リアーヌ様を、それに皆を守ってくれて……」
「いえ、僕は当然のことをしたまでです」
「それでも……その当然ができるのは……すごい……こと……」
「……ベルさん、これから僕らはどうするんですか?」
「……今後のことは、もう少ししたら上から伝えられるはず……でも、今回の件は……ダメージが大きすぎる……特級対魔師が二人も裏切り者だったし……こちらの情報はかなり……奪われたはず……」
「あの二人は、どうして……」
特級対魔師の人たちはクローディアによって、黄昏危険区域レベル4に飛ばされたらしい。そこからなんとか生還するも、すでに事態は終了していた。色々と妨害はできたものの、僕たちは最後まで相手の手のひらの上で踊らされていたのだ。
そして今は、リアーヌ王女の意識が戻るのを待っているが現状だ。彼女の特異能力によって、クローディアから情報を奪い取った。いや厳密に言えば、彼女は相手の記憶を視たのだ。そしてその記憶を脳内に保持する。リアーヌ王女にはそれができると、あの土壇場で言われたのを僕は覚えている。だからこそ、リアーヌ王女が目覚めればどうしてこのようなことが起きたのか分かるかもしれない。それに、僕、シェリー、先輩、リアーヌ王女はいったい何者なのか……それが明らかになる。
「それじゃあ……行こう、ユリアくん……」
「どこに行くんですか?」
「リアーヌ様のところに……」
「意識が?」
「さっき戻ったから……来てほしいって……」
「それなら早く言ってくれれば……」
「ユリアくん……泣きそうだったから」
「……え?」
「ごめんね……君に全部任せてしまって……」
「そんな僕は……」
そう言われて自分が涙を流し始めたのに気がついた。僕は悲しいのだろうか。涙を流すというのは、悲しいからそうするはず。でも僕は何が悲しくて……。思えば、短いようで長い道のりだった。結界都市から追放されて、黄昏の中で懸命に生きた。戻ってきてからは、僕はあの襲撃にあった。多くの人の死を目撃した。さらには、軍人になってからはエリーさんの死を知った。また人が死んだ。この黄昏に支配されている世界で、多くの死を知った。死を見てきた。もう全てを投げ出したい。そう思うことも少しはあった。それでも進んできた。さらには裏切り者を知り、そして唯一の肉親である妹とも殺し合いをした。
そうか……僕は……この世界の非情さを嘆いていたのだ。どうして人はその尊厳を踏みにじられなければならない。どうして、この黄昏は人を苦しめるのか。どうして魔族は人間を蹂躙するのか。その残酷さを嘆いた。この世界に綺麗なところなどありはしない。醜い、残酷な部分しかない。それでも、僕はいつかこの黄昏が消え去り、あの青空というものをこの目で見たい……そう思った。
黄昏に支配される前には、世界には青空というものがったらしい。それはどこまでも澄んでいて美しい。文献にはそう書いてあった。人類を守り、そしてこの忌まわしい黄昏から解放される。あの青空にたどり着くために、これからも僕らは戦い続けるしかない。
ならば、僕はこの醜い黄昏の世界で足掻き続けよう。どれほど残酷な運命が待っていようとも、どれほど過酷な戦場が待っていようとも、この命尽きるまで前に進もう。
それがこれまでに死んでいった人の命を背負うということだ。
「……行きましょう、ベルさん。僕はもう、大丈夫です」
僕はすぐに涙を拭うと、その場から離れていく。この先に待っているのは、非情な真実だ。リアーヌ王女の口から語られる真実。それはきっと、再び僕の心を揺さぶるだろう。でもそんなものは今更だ。とっくに覚悟はできている。
ならば、進むだけだ。まだ見ぬ青空の果てを目指して。その先の彼方へたどり着くために、僕はこの歩みを止めない。僕はゆっくりと階段を降りていく。確かな決意を抱いて、前に、前に、進み続けるのだ。
依然として黄昏は、世界を照らし続ける。
第二章 Find out the traitor-裏切り者を見つけ出せ 終
第三章 Sacrifice and obligation-犠牲の先に 続