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第71話 誰よりも愛おしい兄よ



 見据えるのは、自分自身。その先にいるのは疑いようもなく、僕そのものだった。


 双子。そう言われれば、しっくりとくる。まるで鏡写しのような存在。僕は自分という存在に疑問を持ち始めていた。



 僕はいったい誰なのか?



 父と母。まだ記憶に残っている二人の顔。だがしかしそれは……血の繋がった両親ではないのかもしれない。僕はその事実にショックを覚えてはいなかった。純粋な疑問。自分のルーツを知りたい。すでにサイラス、クローディアは転移で離脱したようだが重要な情報は奪うことができた。リアーヌ王女の特異能力エクストラによって。だからこそ、もう別に戦う必要などなかった。逃げられたのは良くないが、最悪でもない。というよりも早く意識を失っている3人の治療を進めたかった。



 しかし目の前に立ちはだかるのは、双子の妹。それは自称だが、僕は感じ取っていた。この少女は間違いなく、妹なのだと。それは直感的なものだけではない。僕の黄昏眼トワイライトサイトは相手の魔素形態、固有領域パーソナルフィールドを知覚する。それは全く、同じだった。自分自身の魔素形態と固有領域パーソナルフィールドは完全に把握している。そして目の前に映っているのは、まるで鏡のような姿。



 外見だけではない。その中身までもが同質なもの。もはや、否定する材料などなかった。



「お兄ちゃん……ねぇ、殺し合おう? ね?」

「クレア……と言ったか……お前は本当に妹なのか?」

「見てわかるでしょ? 私もお兄ちゃんも持っている黄昏眼トワイライトサイトには映っている。この世界の真実が。私の目には映ってるよ? 自分と全く同じ魔素形態と固有領域パーソナルフィールドが。それに感じる。私は直感で分かるの。お兄ちゃんと私は同じだってさぁ!!」

「……」



 距離を取りながら、互いにジリジリ詰め寄る。隙がない。こうして会話をしていても、隙を見せることはない。彼女の双眸は緋色に輝いている。間違いなく、黄昏眼トワイライトサイトが互いに発動している状況。



 持っている能力すら同じ。ならば戦闘技能には差は……。



 そう考えていると、クレアが攻撃を仕掛けてくる。



「あはははははは!! 私を、私を楽しませてよぉ!! ねぇ、お兄ちゃああああああああん!!」



 迫る。クレアはその両手にナイフを持っていた。だがそれはただのナイフではない。知覚している。そのナイフからははっきりと不可視刀剣インヴィジブルブレードが発動していた。黄昏眼トワイライトサイトによって知覚できるそれは、真っ赤に灼けるような色をしていた。幾度となく見た光景。不可視刀剣インヴィジブルブレードは魔素の集合体であるため、それは普通では見えないが僕たち兄妹はそれを互いにそれが見えている状況だ。



 つまり、見えない……という利点は存在しない。



「……」

「やるねぇ!! お兄ちゃんッ!!」



 ナイフだけではない。クレアは足からも不可視刀剣インヴィジブルブレードを発動し、僕の体を切り裂こうとしてくる。もちろん、それを視覚で捉えると僕もまた不可視刀剣インヴィジブルブレードで対抗。さらには複合短刀マルチプルナイフ炸裂バーストさせる。




「アハァ……痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、あはははははははははははははッ!!」



 炸裂バーストはクレアに直撃。彼女はそれを避けることもなく、そのまま腕で受け切ったのだ。もちろんその腕には無数の細かい穴が生じ、出血している。だがクレアは御構い無しに攻撃を仕掛けてくる。猪突猛進。その姿はまるで悪鬼羅刹。痛覚など存在していないかのような振る舞いには流石の戸惑いを覚えるが、僕には容赦するという選択はなかった。



「いいよ、いいよ、いいよぉ!! あぁ……やっぱりそうだった……私のこの渇きを癒してくれるのはお兄ちゃんだけッ!! あぁ!! 愛してるッ!! 誰よりも愛おしいお兄ちゃんッ!! もっと私を楽しませてよッ!!」

「……狂っているのか」



 その連続攻撃を捌きつつ、僕はそう言葉にした。



「狂っている? あはははははは!! そうだよ!! 私は狂っている、狂ってるよッ!? でも何? それが何!? 私は、この渇きを癒せればいいの!! 強く、もっと強く!! お兄ちゃんを殺して、私は完全体になるッ!! この世界で誰よりも強い存在になるのッ!!」

「……」



 何が彼女をそこまで駆り立てるのか。そもそも、僕たちはどのように生き別れたというのか。双子というならばその出生は同時だったはずだ。だというのに、僕は人間として育ち、彼女は魔人として育った。


 人間と魔人。その差は何か。特徴だけで言えば、魔素の保有量。外見的な特徴は尻尾や角の有無などだが、中身だけで言えば大差などない。その遺伝子構造にあまり大きな違いは見られないというのが研究の成果らしい。いやそもそも、人間と魔族にも遺伝子だけ言えば大きな差はないらしい。


 ならば、何が人間を人間たらしめ、何が魔族を魔族たらしめるのか。そこにあるのは、環境的な要因しかない。僕もまた、彼女のようになっていた可能性もあるし、彼女もまた、僕のようになっていた可能性もある。どうして僕たち兄妹はこうなってしまったのか。この世界に残る唯一の肉親だが、相手は人類の敵である魔族だ。その中でも、多くの人間を殺している魔人なのだ。


 しかし、僕と彼女は同じ存在だ。人間でもあり、魔人でもある。相反するその存在。僕は自分自身の存在の揺らぎを感じる。



 僕は……このまま彼女を殺してもいいのか?



 戦う必要があるのか?



 それでも……僕たちは殺し合うしかなかった。どれだけ数奇な運命だとしても、僕は特級対魔師として成すべきことがある。そしてクレアは魔人として人類に仇なすのだろう。裏切り者であるサイラス、クローディアを逃がし、それを追いかけるのを妨害してくる時点で僕は彼女と戦う理由がある。迷いは確かに心の中にある。でもそれは押し殺さなければならない。死んでいった全ての人のためにも、僕は戦い続けなければならないのだ。




「――神域サンクチュアリ



 意を決して、神域サンクチュアリを発動。互いに近接戦闘型。ならば、黄昏眼トワイライトサイトである必要はない。超近接距離クロスレンジでの戦闘ならば、神域サンクチュアリの方が適している。



「ふふ、お兄ちゃんがそうくるなら……私もそうしようかなぁ」



 不敵に笑いながら、クレアは腕から流れ出る血を舐めとる。付着した血がまるで真っ赤な口紅のようになっており、その姿は扇情的にも見える。真っ白な髪に真っ赤な唇。映えるその姿は、本来ならば目を奪われていてもおかしくはない。クレアは僕に酷似ているも、女性らしさが確かに残っているからだ。でも僕は、そんな姿を見て哀しみしか覚えなかった。唯一の肉親とこんな風に殺し合うなど、進んでやりたいものではない。


 だから、押し殺す。感情を全て切り離す。今は哀しいなどという、余計な情はいらない。ただ蹂躙し、服従させるだけ。情報はすでに手に入れている。最悪、殺してしまっても構わない。いや……生かして捉えるなど、もはや不可能。互いに引き出している能力は徐々に高まってきている。僕は自分自身の能力が本当の意味で解放され、そしてクレアと剣を交わす度に自分の戦闘技能が高まっていくのを感じていた。



 おそらく彼女はこの感覚を高揚感として捉えているのかもしれない。



 それは彼女の恍惚としている表情を見れば、一目瞭然だった。



「ふふふ、あはははは……もう、笑いが止まらないよぉ……ねぇ、やっぱり私たちはどちらかを殺すことでしか生きることはできない。そう思うでしょ?」

「……僕はお前が人類の敵だから殺すだけだ」

「本当にぃ? 本能的に惹かれているのを感じているんでしょ? それを押し殺しちゃ、私には勝てないよ? ねぇ、ねぇ……」

「そんなものはいらない。お前を殺すのに、不必要なものだ」

「……じゃ、試してみよっか」

「……」



 緊張感はさらに高まっていく。そして僕たち兄妹はこれから先、果てしない対立をしていくことになるのだが……それはまだ知る由もなかった。

 

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