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第63話 立ちはだかる最強



 駆ける。駆ける。駆ける。



 僕は基地内を駆け、そしてとにかく外に出ようとしていた。ベルさんの言葉の真意は分からない。それにリアーヌ王女がどこにいるのかも分からない。分からないことだらけだ。



 エリーさんが死に、僕がその犯人として……いや、裏切り者として断罪されようとしている。これが真の裏切り者の描いたシナリオとしたら、おそらく僕は囚われてしまえば……そこから先に待っているのはおおよそ、良いことだとは到底思えない。嵌められているのなら、僕が取れる行動はほとんどない。いや、おそらくあの場に行った時点で詰んでいたのかもしれない。


 それでも、ベルさんは僕を逃がしてくれた。信じてくれたのだ。ならば、それに報いる必要がある。それに……死んでしまったエリーさんのためにも、ここで決着をつける必要がある。



 おそらくだが、エリーさんが殺されたのは真実に近づいたからだと思っている。彼女の行っている研究の内容からして、裏切り者に関する何かを見つけたのかもしれない。僕と話している時も、色々と違和感があると言っていたし、痕跡があるから見つける可能性は高いとも言っていた。



「……くそッ!!」



 思わずそう口に出す。エリーさんが真実に近づいたのは、僕のせいかもしれない。僕と話した内容が起因となって……そう考えるとさらに遣る瀬無い気持ちになる。しかし今はそんな感傷に浸っている場合ではない。全てが終わってからでも遅くはない。今はとにかく、リアーヌ王女を探すべきだ。



「表から出るべきじゃないか……」



 嵌められていると仮定すれば、僕が逃げる可能性も考えているはずだ。馬鹿正直に、真正面から出ていくのは得策じゃない……そう思っていると、僕は後ろから声をかけられる。



「いたぞッ! ユリア・カーティスだッ!」

「拘束しろッ!」



 後ろを振り向くと、すでに複数の対魔師が僕に迫っていた。もう僕が逃げ出したこと、それに容疑者になっていることも広まっているのか……これは予想以上に困難を極めるかもしれない。



 僕はここは強行突破しかないと判断し、そのまま外に出ていく。



「出てきたぞッ!」

「捕らえろッ! この人数だッ! いかに特級対魔師といえども、物量には勝てまいッ!」



 くそ……人数が多い。三十人はいるか? いつの間にこんな人数の対魔師が……僕がここにきた時はほぼいなかったのに……状況は僕が考えているよりも深刻なようだ。ここは相手をするしかないか……そう覚悟を決めると同時に、対魔師たちの中に混乱が見られた。



「おい、どうしたッ!? ぐっ……」

「なんだ……がはっ!!?」



 そして瞬く間にそこにいた対魔師たちは倒れていく。僕は何事かと思って見ていると、その中心にいたのは見慣れた顔だった。



「シェリー……」

「ユリア。よかった、無事だったのね」

「うん……でも、シェリーも反逆罪に問われるかもしれない」

「今更ね。それに、ユリアが裏切り者なわけがない。私は信じてるから」

「そういえば、どうしてそのことを?」

「さっき先生から通信が来て、概要だけ教えてもらったわ。ユリアと協力して、リアーヌ王女を探してほしいって」

「王女の場所は教えてもらえた?」

「……地下。王城の地下らしいわ」

「地下?」

「先生との通信もかなりギリギリの状況だったから、よく分からないけど……王城には地下があるらしいの」

「なるほど……」



 地下か。あったとしても不思議はないが、問題はどこから地下へと進むべきかということだ。僕はとりあえず、黄昏眼トワイライトサイトを展開。何か手掛かりはないかと思い、周囲の魔素を知覚する。



「ん?」

「どうかしたの? ユリア」

「痕跡だ……続いているみたいだ……」



 痕跡をずっと辿って歩みを進めると、魔素の痕跡は王城の中へと続いていた。それもわざと残しているかと思うほど、濃いモノだ。もしかしてこれは、ついてこいというメッセージなのか? 確かにこれは魔素を知覚できる特異能力エクストラがないと分からないモノだ。もしかすると、もしかするのかもしれない。



「シェリー、行こう。多分、地下への入り口は分かると思う」

「分かったわ」



 そうして僕たちは王城の中へと入り込む。警備は何人かいたが、仕方なく気絶してもらった。今は時間が迫っているから、急いで行動する必要がある。



 魔素をたどってやってきたのは書庫だった。でもここで痕跡が途絶えている。



「ユリア、書庫に何かあるの?」

「いや……分からない。でも魔素はここで途切れている。もしかすると、ここから地下に行けるのかもしれない」



 僕たちは二人で書庫の中を捜索した。すると、何か擦れた跡のようなものを見つけた。


「シェリーこれ」

「何かを擦ったような後ね」

「ズラせる?」

「やってみましょうか」



 僕たちは二人で本棚をズラした。しかし、そこにあったのはただの打ちっ放しのコンクリートだった。至って変化はないが、僕の眼は確かな痕跡を知覚していた。



「……魔法陣だ」

「見えるの?」

「巧妙に隠されているけど、僕には見える」

「便利ね、その眼」

「まぁね……さてと……」



 僕はそこにある魔法陣をかき消した。すると、その地面に四角い切り口のようなものが描かれると……ゴゴゴ、と音を立てて地下への階段が開かれた。



「開いたね」

「罠の可能性は?」

「ある。けど、今はこれしか手がかりはない。進もう」

「……そうね」



 僕とシェリーはそのまま地下への階段を降りていく。さすがに地下空間だからなのか、少しばかり冷える。それに灯りは全くない。だが僕の黄昏眼トワイライトサイトは周囲の構造を把握していた。魔素とは生物だけでなく、無機物にも多少なりとも存在する。そのため、僕の視界にはしっかりと周りが映っていた。一方のシェリーはそのような能力はないので、僕が手を引いて先導している。そして、かなり下の方まで降りると開けた場所に出てきた。



 そこは明かりが灯っており、さらに奥へと道が続いていた。それと同時に、僕はさらに濃い魔素を知覚していた。



「う……」

「大丈夫、ユリア?」

「いやちょっと情報量が多くて。大丈夫、すぐに慣れるよ」

「そう。それにしても、今回の件……唐突だったわね」

「僕の予想だけど、エリーさんが真実にたどり着いたせいだと思う……いや、もしかすると相手にはそもそも残された時間がなかったのかも」

「どういうこと?」

「あれだけ大掛かりな襲撃を準備していたんだ。きっとあれは、完全に結界都市を墜とすためのモノだったけど……それが防がれた。残された選択肢は逃げることだけど、残っている証拠を消す必要がある、もしくは何か別の事情があったのかも……でも一つ言えるのは、間違いなく追い詰めているということだ。僕を裏切り者に仕立て上げるにしても、段取りがお粗末すぎだ。おそらく、襲撃の時ほど時間がなかったんだろうね。それにエリーさんが真実にたどり着いたから、消す必要があった。それでちょうど僕が彼女と接触した頃合いを見極めて、冤罪を被せてきた……って感じかな。まぁ、ただの憶測だけどね」

「……私も追い詰めているっていうのは、間違い無いと思う」




 そう二人で話しながら進んでいると、さらに広い場所に出てきた。円状に広がる場所だが、僕たちはそこに誰かが立っているのを見つけた。




「サイラスさん……」

「ユリアくん、ここまで来たんだね。さて、裏切り者の君はここから先で何をするつもりかな?」

「……僕は裏切り者ではありません」

「それは後で話を聞こう。今はこれで語るしか無いようだ」

「……」


 

 どうしてここにサイラスさんがいるんだ……と思うも、彼の殺気を浴びてしまえば否応無しに戦闘態勢に入らざるを得ない。しかし、僕の目の前に出てきたのはシェリーだった。



「ユリア、行って。ここは私が食い止める」

「シェリー……でも……」

「時間が惜しいわ。二人で相手するのもいいけれど……時は一刻を争う。王女にたどり着いて」

「分かった……」



 すでに抜刀しているシェリーの言葉は、本気だった。彼女はたった一人で人類最強であるサイラスさんに挑もうとしているのだ。



「逃がすとでも?」



 だが、サイラスさんのワイヤーはすでに僕とシェリーに向けて射出されていた。


 速いッ! 黄昏眼トワイライトサイトを展開していても、その軌跡を捉えるのは……そう思っていたが、シェリーの刀はワイヤーを一刀両断していた。



「ユリア行ってッ! 早くッ!」

「シェリー、頼んだッ!!」



 僕は身体強化を全開にして、サイラスさんの横を通り過ぎていく。今回は防御することも考えない。それはシェリーの技量を信じてのことだ。そして僕は一瞬でサイラスさんの横を通り過ぎると、そのまま奥へと進んでいった――。




 ◇




「逃したか……やるね、シェリー・エイミス」

「……」



 刹那の攻防。サイラスのワイヤーは確実にユリアの体を絡め取ろうとしていた。だがしかし、シェリーの剣撃がサイラスの目の前に迫っていたのだ。そのため、サイラスは防御に回らざるを得なかった。


 

 サイラスは内心、シェリーのことを舐めていた。それは驕りでも慢心でも無い、純粋な事実だ。特級対魔師序列一位である自分と、一級対魔師のシェリー。その強さは、火を見るよりも明らか。だというのに、シェリーはそれでも立ち向かってきた。その胆力だけでも感嘆に値するが、特筆すべきはその技量だ。



 ベルを想起させるその立ち居振る舞い。いや、これはもしかすると……。



「やはり、あの因子は偉大だったか……」

「……」



 何かぼそりと独り言をいうが、シェリーの意識はすでに不必要な音を切り離していた。今必要なのは、人類最強の男に立ち向かう意識だけだ。



「……ふぅ」



 意識して、息を吐き出す。怖いか? と問われれば怖いとしか思えない。シェリーは魔族とそれなりに戦ってきた。黄昏でもレベル3まで行ったこともすでに何度もある。だというのに、目の前にいる男は今まで出会ってきたどんな魔物よりも……脅威であると直感的に感じ取っていた。



「さて、シェリー・エイミス。君もまた、裏切り者でいいのかな?」

「……」

「沈黙は肯定とみなすが?」

「シッ!!」



 距離を一瞬で詰める。ベルの教えは相手の意識を掌握しろというものだった。常に相手を見て、その思考を読み取り、相手の意識に潜り込む。そしてそれを圧倒的なスピードを以って、ねじ伏せる。それが彼女の剣技だった。



「なるほど……ベルそのものだな。これは警戒レベルを上げよう。本当ならば、ここで君を特級対魔師にスカウトしたいところだが……それなりの苦痛は覚悟してもらおうか」

「ぐ……ッ!!」



 そう、シェリーの刀はサイラスに届いていなかった。それはワイヤーによって受け止められていたのだ。意味がわからない。ワイヤー如きに受け止められる剣撃ではないはずなのに……シェリーは改めて、人類最強の異名をその心に刻む。



「さて、早く終わらせようか」



 そして彼女は、最強に挑む。


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