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第58話 her hypothesis



 エリーは研究に没頭していた。彼女はこの都市で長年研究を続けている。特級対魔師になったのはもちろんその実力からだが、彼女の場合は研究をより良い環境で続けたいという思いからその地位についた。そのためエリーは他の特級対魔師に比べて、黄昏での戦闘はあまり行なっていない。その研究が有意義だと認められているため、特例としてこの地下で研究に没頭することを許されているのだ。



「やはり……これは……」



 仮説。彼女にはとある仮説があった。それは黄昏症候群トワイライトシンドロームは人を魔族に変化させることはない、というものだった。黄昏症候群トワイライトシンドロームという病気が存在すると正式に認知されたときからあった疑問。


 これは人を魔族にしてしまうのか? 


 研究を進めると、確かに黄昏症候群トワイライトシンドロームのレベルが高ければ高いほど、魔族との差異が少なくなっていく。特に魔素の形態と、固有領域パーソナルフィールドは魔族に限りなく近くなっている。それは他の特級対魔師を調べても同様だった。



 それによって、エリーは仮説が証明されるかもしれない……そう考えた。通常は黄昏症候群トワイライトシンドロームはレベル5になれば症状が落ち着く。ピタリと進行が止まるのだ。それは今まで間違いない現象だった。



 しかし、例外がここになって出てきたのだ。ユリア、エイラ、シェリーの三人は進行が進んでいるのだ。その体は人間のままだが、魔素と固有領域パーソナルフィールドはさらに魔族に近いものになっている。特に魔素の保有量が異常な数値を示しているのだ。他の都市での対魔師の定期検診のデータは全てこの地下施設に送られてくる。エリーはそれを見て、この三人には何かあるのかもしれない……そう思ってきた。それはユリアの体を直接調べることで、さらに明確になっていった。




「でも、やっぱり……そうとしか考えられない……いや、これはまさか」




 仮説とは違う現象。ならば、エリーの仮説が間違っているのか? いや、それは考えにくいと彼女は考えていた。すでにこの仮説を証明するだけのデータは十分すぎるほど揃っている。ならば、仮説は合っていると仮定すると……真実は別の方向にあると考えるべきだ。特にユリアを直接見たからこそ、エリーは分かってしまった。



 その証拠を探すために膨大な過去のデータを漁ったが、何も見つからない。それでも、彼女は過去に噂を聞いたことがあった。



 まさか、まさか、まさか、あの噂は本当だったのか? そう考えていくと、彼女は背筋が凍っていくようだった。



 繋がる。全て点と点だったものが交差し、有機的な線を描いていく。今までなんの関連もない現象。それが確かな意味を持って繋がっていき……そしてエリーは真実にたどり着いた。いや、たどり着いてしまった。



「そう……そういうことだったのね……最悪よ、こんなことって……」



 分かってしまった真実。それでもエリーはただ打ちひしがれることはなかった。その真実を確かめるために、第一結界都市に行かないといけない。全てはあそこにあるはずなのだから。彼女は慌てて準備を整えると、ドアがコンコンとノックされる音が耳に入る。



「エリーさん、ユリアです」

「あら? どうしたの?」



 やってきたのはユリアだった。数日前に出発したはずだが、何か用でもあるのだろうか? そう思ってエリーは扉を開けた。



「……え?」



 ドアを開けた瞬間、飛び込んできたのは銀色の閃光だった。知覚する暇などなかった。そう……彼女の左胸にナイフが突き立てられていたのだ。



「……ぐ、まさか……そんな……こんなことって……」

「いやぁ、タイミングバッチリでしたね。危ない、危ない」



 そのまま嗤いながら室内に入ってくるユリア。その容姿は間違いなくユリアだった。エリーは朦朧とする意識の中でも、特異能力エクストラである元素感覚ディコーデングセンスを発動してその存在を暴く。だが……それは依然としてユリアそのものだった。魔素形態、固有領域パーソナルフィールド、全てを見ても同一人物だ。でもエリーは分かっていた。これはユリアなどではないと。それは客観的な事実ではない。彼女の主観的な直感である。エリーは研究者であるが、自分の直感を大切にしている。そんな彼女の直感が告げているのだ、これはユリアではないと……。



「あな、た……だれ?」

「誰って、ユリアですよ。先日お会いしたばかりじゃないですか」

「嘘ね……確かに外側はユリアくんそのもの。でも……中身が違う……う、ごほッ……いや、これは……」

「へぇ……分かるんですね。やっぱり、その特異能力エクストラは危険だ。本当にちょうどいいタイミングで来たみたいですね」

「……」



 もう声がうまく聞こえない。エリーはその場に倒れる。油断していたわけではない。ユリアだからと言って、彼女はこの研究室に入ってくる人間を無条件で信じているわけではない。このようなことになる可能性も考えて、相手の一挙手一投足を見ている。それにトラップなどもいくつか用意している。自分に危機が迫れば、この部屋を毒ガスで満たすようにもしていた。だが、何も起きない。


 それに加えて、彼女の意識に潜り込むようにして胸にナイフを刺す技量。決してエリーは弱いというわけではない。伊達に特級対魔師の地位についていないのだから。それでも、それを上回る技量の持ち主は存在する……そして、やはり裏切り者は……。



 そう考えるも、エリーはもう手遅れだった。それは自分の胸から溢れ出す、とめどない量の出血を見れば明らかだった。どくどくと胸から溢れていく血液、さらには麻痺毒でも仕込んでいたのか体が痺れて動かなくなっていく。


 最後に……気力を振り絞って彼女は魔法を発動しようと試みる。



「おっと、メッセージは送らせませんよ」



 瞬間、彼女の手首が宙を舞う。刎ねられたそれは、ぼとりと室内に落ちる。通信魔法を使おうと試みたが、やはり相手の方が上手うわて。もうエリーになす術はなかった。地面に横たわり、そのまま意識が薄らいでいくのを感じる。



「う……ごほっ……」



 血がさらに溢れ出てくる。吐いた血が彼女の顔面を真紅に染めていく。



 あぁ……こんなところで私は終わるのか……エリーは最後にそんなことを思った。今まで人類のために戦ってきた。そしてこの黄昏に支配された世界をどうにかしようと、研究も続けてきた。だというのに、終わりはこうもあっさりと訪れる。別に、死を覚悟していないわけではなかった。だが、彼女は死ぬならば黄昏の中だと思っていた。それが、自分の研究室で胸を刺されて終わるなど夢にも思っていなかった。やはり現実とは非情で残酷だ。最後に、エリーはそんなことを思いながらその意識を手放していった。



「エリーさん、お疲れ様でした。もう眠っていいですよ」



 それは最後まで確かにユリアの口調だった。見た目も、性格も、声色もユリアそのものだった。でも違う。これは彼ではない……これは……。



 エリーは最後の最後に真相にたどり着き、そして裏切り者の正体も掴んだ。だが、それは全て無意味となる。彼女の死は……全てを振り出しに戻してしまう。



(まだ、まだ私は……)



 そうなる……はずだった。しかし、状況はすでに複雑に絡み合っている。エリーの研究も、そして裏切り者が為してきたことも全ては繋がっている。これは始まり。人類が黄昏に本当の意味で向き合うべき時がやってきたのだ。



 さらに、決してエリーの死は無駄ではなかった。彼女の為してきたことは、確かに人類に希望をもたらしているのだから。その事実は誰もまだ知らない。彼女自身でさえ、そして裏切り者でさえ知らない。




「さようなら、エリー」



 その言葉はユリアのものだった。だがそれは今までなんども聞いてきた声によく似ていた。そう、エリーは最後の最後でその正体を看破したのだ。生命が脅かされることによって特異能力エクストラが向上。それによって、彼女はその中身を見抜くことができた。




(まさか……こんなことって……でも、私は、こんなところで終われない……ここで終わるわけには……)



 すでに死に体。いや、もう彼女は死の淵にいる。だがエリーは最後の気力を振り絞り、魔法を発動。それは相手に知覚されないほど小さなもの。しかしそれは、彼女が最後の手段として眠らせていた秘技でもある。



 その名は、禁呪秘跡サクラメント



 魔法の中でも禁忌中の禁忌。いや、それは遥か昔に失われていたとされ、現代では使用するものはいないし、知っているものもほとんどいない。だが、エリーはその魔法を自分の死を引き金に発動するようにしていたのだ。これこそが相手の誤算。それは後に、相手に大きく突き刺さることになる。



(ユリアくん……後は、頼んだわ……よ……)



 エリーの呼吸、脈拍は停止。そして彼女の瞳孔は散大。



「……」



 ユリアらしき人物はエリーの死を確認すると、そのまま室内を去っていく。流れ出る鮮血は止まることはない。


 エリーは仰向けになったまま、その短い命をここで終えた。



 特級対魔師、残り12名――。


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