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第5話 黄昏での一年



「準備は良いか、ユリア殿」

「はい。構いません。ルールは寸止め、ですよね?」

「うむ。審判もつけてある。思う存分、やろうではないか」



 試合をするというので、僕たちは外の演習場と呼ばれる場所にやってきた。オーガの人たちはここで練習などをしているらしい。そして、周囲を見ると、野次馬の輪ができていた。皆楽しそうにこちらをみている。武に通じるものというのは、本当みたいだ。


「長、人間に負けないでくださいよ〜!」

「頑張ってください、長!」

「人間も奮闘しろよ〜」



 そんな野次が飛んできて、そして審判をするオーガの口から開始の言葉が告げられる。



「それでは、始めてくださいッ!!」



 瞬間、ドンッと地面を重たく蹴る音がした。眼前。エドガーさんの鋭い刃が僕を狙う。構えからして、肩から袈裟斬りをしようという感じだろうか。そう、冷静に分析すると、僕はとりあえずバックステップをしてその攻撃を躱す。


 練度の高いかなり速い攻撃。おそらく黄昏で遭った魔族の中でもトップクラスだろう。でも、ついていける。僕の目は確実に相手の動きを捉え、そして僕の脳はその動きから次の攻撃をしっかりと予測できていた。


 この一年。この技能がなければ死んでいた。現状をよく知り、次はどうするべきか。そのシンプルな思考こそが、この黄昏では最も重要だった。一寸先は死の世界。それができる者は生きて、できない者は死ぬ。


 そして僕は今も生きている。人類の生存が不可能とされている黄昏で、一年も生きている。でももう驕りはない。いやこの先、驕ることはないだろう。僕はこの黄昏に比べれば矮小な存在だ。世界にはもっと強い連中がたくさんいる。そして、人類に世界を……輝かしい光を取り戻すために、僕はこれからもっと強くなる。



「……やるな、ユリア殿」

「そちらも凄まじい技術だ。では、こちらも……」



 僕は自分が着ているオンボロの自作コートの中から、ナイフを取り出す。



「得物はナイフ? 良いのか? リーチ差が圧倒的だが?」

「心配は結構。どうぞ、来てください」

「ふ……」



 ニヤリとエドガーさんが笑うと、再び接近。だが先ほどとは違い、刀の届くギリギリの範囲で剣撃を繰り出してくる。この人はどんな相手でも本気を出す。それが分かっただけでも、本当にいい人なのだと理解した。それと同時に、僕も手を抜くわけにはいかない。全てを出し切って……この人に勝利という形で報いるのだ。



「なッ……!?」



 その声は、エドガーさんのものだった。


 そう、僕はエドガーさんの刀を受け止めていた。しかし、物理的に見ればナイフが届く範囲ではない。僕はいつも通り、不可視刀剣インヴィジブルブレードを発動してその刀身を、エドガーさんの持つ刀と同じ長さまで伸ばしていた。おそらく、これよりももっと伸ばすことは可能だけど、僕にその技量はまだない。だから、これで戦うしかない。



「透明な……剣。なんと、面妖な。そのような魔法、見たこともないが……面白い。それに、慣性制御も見事だ……やはり、黄昏人たそがれひとは面白い。実に面白い」


 エドガーさんは後方に下がると、ニヤッと再び不敵に笑う。今の瞬間、僕は彼のわずかな油断を逃さず、すぐに慣性制御を使って間髪容れずに次の攻撃を繰り出していた。だというのに、エドガーさんは僕の刀身の長さをすぐに把握しただけでなく、手首の返し、さらに全体の体の運びから次の攻撃を予測。慣性制御による連続攻撃も虚しく空を切るだけだった。



「……強いですね」

「それはそちらも同じ……さぁ、存分に楽しもうではないか!」



 それから30分。その剣戟の時間は永遠とも思えるほどだった。互いに手の内は全て晒している。エドガーさんは魔法を特に使用することもなく、その刀の技量だけで僕と対峙していた。一方の僕は魔法による身体強化、それに不可視刀剣インヴィジブルブレードを使っているというのに完全に互角の戦いをしていた。



 そして集中力が切れたのか、僕のナイフが宙に舞う。さすがに人間よりも魔族の方が肉体的なスペックは優れている。技量ではなく、純粋な体力の差が出てしまった。でも……これも計算の内だった。油断する瞬間は、勝ったと内心で思うこと。僕はそれを嫌というほど味わってきた。そして、エドガーさんの冷静な目にもわずかに色が見えた。あれは勝利を確信し、油断している色だ。



「うおおおおおッ!!!!!!」



 最後の力を振り絞って、エドガーさんは刀を振るう。今の無防備な僕にはそれを防ぐ術はない。だが防ぐ必要はなかった。彼よりも先に、攻撃を当てればいいのだ。


 そして次の瞬間、審判による勝利のコールがなされる。



「勝者、ユリア殿」



 エドガーさんの首からはわずかに血が流れていた。そして彼の刀はまだ振りかぶっている最中。そう、僕のとある攻撃の方が先に当たり、それが致命傷になり得ると審判は判断したのだ。実際のところ、今の攻撃で絶命させることもできたが……それはきっと、エドガーさんも分かっているだろう。



「ユリア殿」

「はい」

「感服した。黄昏人は特別……そう言いたい気持ちもあるが、それは誰よりもこの黄昏という過酷な世界でたった一人であなたが積み上げてきたものだ。素直に称賛し、尊敬しよう」

「……ありがとうございます」



 少しだけ泣きそうだった。今までこのように褒められたことはなかった。純粋に相手の力を認める。そして、こんな子どもに対して握手を求め、頭を下げる。並大抵の人格者ではない。



「でも、エドガーさんは本気ではなかったでしょう?」

「それは貴殿も同じ。いや、本気でやっていたら私の首が先に飛んでいたな。先ほどの技、全く頭になかった。いやはや、世界は広い。だから、楽しい……」

「お世話になりました」



 その夜、壮大な宴会が開かれた。オーガの人たちは皆、気さくでとても良くしてくれた。長と戦って勝利を収めたというのも大きいのだろう。そして一晩眠って、次の日の朝。僕はすでにここを出る準備が完了していた。



 新しくもらった衣服の数々。今回は僕の持っていたオンボロのコートもなんと一晩で新品同然に修理してもらった。あとは地図とコンパス、それに書物に食料と水。さらには武具ももらった。と言っても使い捨てのただのナイフらしいが、それを20本も頂いた。僕はそれをコートの専用のスペースにしまうと、ぺこりと頭を下げた。



「みなさん、本当にありがとうございました」

「ユリアー、またきてくれよー!」

「強かったな、ユリア! またな!」

「ユリア、最高だったぜ!」

「ははは、どうもです」



 皆それぞれ声をかけてくれる。最後に、エドガーさんが前に出てきて握手を求めてくる。



「ユリア殿。きっと結界都市に戻れる。貴殿の実力ならば。再び一年でこの大陸を横断できるだろう」

「……ありがとうございます。何から何まで……本当に……」

「良い。人間には礼を尽くす……といってもそれは善良な人間に限るが、貴殿は人格者だった。この黄昏という世界で生き永らえ、絶望を知りながらも、前を向いて歩みを止めずにここまでたどり着いたのだ。無下にできるわけもない。それに久方ぶりの黄昏人との戦い。心が躍ったものだ」

「……こちらもです。とても楽しかったです」

「人類に全面的に協力するには、こちらもしがらみが多い。だがユリア殿ならば、わずかな光を切り開けると確信している。月並みな言葉だが、頑張ってほしい」

「……はい」



 僕は泣いていた。今回は止めることもできなかった。


 ここまで辛かった。いくら強くなっても、心が折れそうな日々の方が多かった。明日こそ、死ぬんじゃないか? 寝てしまったら、もう起きられないんじゃないか? そんな恐怖に縛られながらも進んで、進んで、進んで、前を向いた。いつか結界都市に、故郷に戻るために僕は諦めなかった。そしてオーガのみんなに出会って、報われることもあるのだと知った。きっとこれはただ運がいいだけ。それは知っているけど、僕は泣かずにはいられなかった。


 そして、右腕で涙をぐしぐしとこすると僕はバッと前を向いてこう言った。



「お世話になりましたッ! きっと、結界都市戻ってみせますッ! このご恩は忘れませんッ!」



 僕はもう、振り返ることはなかった。

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