第48話 その少女は不敵に嗤う
鮮血。
「あははは、雑魚ばっかり。あははは、ははははは!!」
持っている剣を薙ぐと、その少女はニヤリと嗤う。顔面には血がべっとりと付着しており、それを拭うことなく彼女は剣を振るい続けた。
刎ねる。刎ねる。刎ねる。
それは夜の出来事だったが、月明かりのおかげではっきりと見ることができた。
そして再び、鮮血。至る所で、血が舞い散る。少女は迫り来る幾多もの相手を斬り伏せ、そして薙ぎ捨てる。ぐしゃと大柄の身体がいくつも倒れていく。雨が降っていたこともあり、その音は耳によく響いた。しかし、今はそんな音は気にしてはいられない。やるべきことは敵を殺し尽くす。それだけだ。
「アハハハハハハハ!!」
嗤いながら、少女は剣を振り抜く。肉を裂き、骨をも砕いていく感触が確かに伝わってくる。相手の四肢を一瞬で全て切断すると、そのまま首を薙ぐ。そして、自身の脳天に振り下ろされる一閃。だが、それを視界に捉えることなく感覚のみで交わすと相手の心臓に刺突き。それによって動きが止まったところで、首を刎ねる。ぼとり、と転がっていく頭に目もくれず次々と同じ要領で相手を殺していく。たった一本の剣のみで何十人という相手を斬り伏せるその姿はまるで鬼神が如く。
圧巻。声も出ない。それほどまでに洗練された動きだった。素人目にも分かるほどに、彼女の動きは熟達していた。
「あーあ。ほんと、雑魚ばっか。ねぇ……本当にあなたたちは、あのオーガなの?」
「……」
対峙しているのはエドガーだった。すでに村のオーガはほぼ殺されている。それも……この少女ただ一人によって。結界を難なく破って入ってくると、まるで呼吸をするかのように次々と首を刎ねていった。そして村の長であるエドガーは女、子どもをなんとか逃すと残った者で彼女の相手をしていたが……それも虚しく、とうとうエドガーは一人になってしまった。
「……ねぇ。あなたは私のこと、楽しませてくれるよね?」
「……」
話すことなどない。否、話すことはできない。エドガーは理解していた。この少女の強さは自身と同等か、それ以上の実力を有していると。あり得ない話ではない。この黄昏では様々な事象が起きる。何事も、例外ではないのだ。
ペロリと唇を舐め、顔に付着している血液を軽く払う。そして少女は再びニヤニヤと嗤い始める。その狂気に呑まれまいと、エドガーは必死だった。たった一人でこの村を壊滅寸前に追い込む少女。腰まである長い髪もまた、飛び散った血液で灼けるように真っ赤に染まっているも、そんなことを気にしている素振りはない。ただ、殺し尽くしたい。彼女の目には、それしか映っていない。
「シッ!」
数メートルあった距離が一瞬で縮まる。もちろん、エドガーはそれに反応している。少女の武器はブロードソードで、エドガーが持つのは太刀だ。近接戦での相性はそこまで悪いものではないが、何分太刀でガードするという選択肢は取りづらい。そのためエドガーは攻撃を躱し、さらには太刀で受け流しつつ、少女の剣撃を捌き続ける。
「ふふ……」
油断などしていなかった。エドガーの目はしっかりと少女の剣を捉えていた。だと言うのに、彼の右腕は宙を舞っていた。
「……その、技は」
「ふふ、よく反応できたね。首を刎ねるつもりだったのに」
「……どうして、どうして上位魔族、それも魔人がこんなところに……」
「? 知らないの? 統一戦争は魔人が勝ったんだよ?」
「なるほど……得心がいった」
上位魔族。それは魔族の中でも知性を有しており、魔物とは一線を画した強さを持っている個体だ。オーガもまた、上位魔族の一種なのだが……魔人は別格。上位魔族の中でもさらに上の存在である彼らは、この黄昏の中でも頂点に近いと言っても過言ではない。
だがエドガーもまた、歴戦のオーガの一人。過去の大戦では、たった一人で何百人という魔族、魔物と相対し、一人で全てを殺し尽くした確かな強さがある。それでも……それほどの実力があっても、この少女には届かない。エドガーは今までの剣戟を通じて悟っていた。この魔人は異常であると。それと同時に思い出していた。彼女は似ている。数年前にあった、彼によく似ていると。
「……さぁ、もっと楽しもうよ? ね?」
そこから先はただの蹂躙であった。
◇
「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」
「存外粘るね。でもまぁ、もう終わりだよねぇ」
あれから30分。エドガーにとっては永遠にも等しい時間だった。防戦一方。だが、それでも彼は他の仲間が逃げる時間を稼ぐために全身全霊を以て、少女の相手をしていた。
すでに両腕はない。左足も刎ねられ、地面に這いつくばる。右目も縦に一閃されており、見えているのは左目だけ。満身創痍。すでにエドガーは死の淵にいた。一方の少女は全くの無傷。返り血が飛び散っているだけで、彼女にはなんの傷もない。
「バイバイ。結構楽しかったよ?」
自身の頭に剣が貫かれようとした瞬間、エドガーは最期の気力を振り絞り彼女の剣を交わすと、その喉元に噛み付こうとする。いかに魔人といえど、この距離の不意打ちならば……。
そうエドガーは考えていた。しかし、現実はそれほど単純にはいかない。
「な……ぐ……がはッ……それは、やはりその技は……」
「うーん。これを使うことになるとはねぇ。やっぱあなた、強かったよ」
「これは……この技は……」
エドガーの心臓には刃が突き刺さっていた。だがそれは目には見えない。だというのに、彼の体には確実に刃が突き刺さり、胸からは大量の血液が溢れ出していた。この量はもう手遅れだ……エドガーはもう終わりの時が来たのだと悟った。
「黄昏人……そうか……彼は、そういうことだったのか……」
最期の最期、エドガーは真実にたどり着いた。思いもよらない事実。だが、そう考えれば全てに納得がいく。魔族と人間。何と業の深いことか……エドガーはそう思い、少女の目を見つめる。
「ふふ、ふふふ、あははは! ねぇ、今どんな気持ち? ねぇ、たった一人に全てを蹂躙される気持ちはどう? ねぇ、ねぇ? どうなの?」
ニィと口角を上げる少女を見て思うのは、怒りか、恨みか、それとも……。
「……恨むぞ、少女よ」
「うん。勝手にどうぞ? じゃ、今度こそバイバイ」
そして少女は持っている剣ではなく、自身の手を起点にした不可視刀剣を真横に薙いだ。
「……」
そして綺麗に切断された頭は宙を舞う。そのままくるくると舞うと、重力に従ってエドガーの頭部は地面に落ちようとするが、少女はそれを空中で突き刺した。
「ふん。こんなもんか……」
「クレア、終わったのか?」
「うん。意外と遊び甲斐があったよ」
「……そうか。終わったのなら帰るぞ」
「わかった」
少女はエドガーの頭をその場に捨てると、この村全体に火をつけた。燃えていく村には何も残らない。全てを蹂躙され、踏み潰され、命を奪われた。
弱肉強食。この世界の真理はそこにある。強いものが生き残り、弱いものが死ぬ。今回は少女が強かった。それだけだ。
「ねぇ、人間はどうするの? もう潜り込んで数年が経つでしょ? どうにかなんないの」
少女の問いに、男は答える。
「存外、手こずっているようだ。我々が一枚岩ではないように、人間もまた同様だ」
「えー。まだかかるの? ねぇ、あの人とはまだ会えないの?」
「会えるさ。もう少しだ。報告では、もう少しで事が済むらしい。ま、私としてはどちらに転ぼうがいいがな。そもそも、上は慎重すぎだ」
「ふーん。ま、いいや。楽しみは最後にとっておかないとね!」
その少女は依然として、不敵に嗤うのだった。