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第45話 前夜



「じゃあ今日はこれで結構です」

「はい。いつもありがとうございます」

「それにしても、本当に凄いわね……ここまでくると、もう病気と定義していいのか分からなくなるわ……」

「健康に変わりはないんですよね?」

「えぇ。むしろ、良すぎるくらいよ」

「そう……ですか」



 僕は病院にやってきていた。こうして定期的にやってくるのは、黄昏症候群トワイライトシンドロームを研究するためにも必要なことで僕はそれに協力していた。


 今回の検診でも異常なし。むしろ健康体すぎて困ると言われている始末だ。



「そういえば、この本。返すわね」

「何か分かりましたか?」

「色々とね。でも根本的なことはまだ不明ね。色々と参考になったけど、やっぱり地道に研究していくしかないみたいね」

「……そうですか」



 僕は以前貸していた本を受け取る。今回の検診はここまでだったので、僕はそのまま軍の宿舎へと戻っていく。


 そうして僕は明日の出張に向けて準備をするのだった。



 ◇



「シェリー、もう準備した?」

「えっと……まぁ……」



 いつもの食堂。僕とシェリーは、リアーヌ王女が言っていたように昨日出張が命じられた。僕は特級対魔師として、各都市を把握しておくのが主な理由。一方のシェリーは僕の補佐的な意味合いもあるが、上としては彼女もまた特級対魔師に近い対魔師として様子を見ておきたいそうだ。



「……? なんか最近、歯切れが悪いというか……何かあったの?」

「べ、別に何もないわよ……ただちょっと心配というか……私でいいのかなって」

「シェリーはちゃんと成長しているよ。ベルさんもそう言っていたし」

「本当?」

「うん。刀はシェリーに合っていたし、ベルさんの教えもいい。それに頑張っているからこその成果だよ」

「そう……だといいのだけれど」



 やっぱり、歯切れが悪い。自分に自信がないのだろうか? でもここで僕が自信を持てと言っても……どうしようもないことは分かっている。そこで僕は別の話題を提供することにした。



「シェリーは軍に入ってどう? 最近あまり会えてなかったけど」

「特筆すべきことはないわね。黄昏での戦闘もそれなりに慣れて……あ、でもちょっと一つだけ気になることが」

「気になること?」

黄昏症候群トワイライトシンドローム。進んでいるみたい。病院でも、レベル5って診断されたわ」

「そっか……レベル5か……異常はないの?」

「今のところは。他の特級対魔師と同じだって。進行しているけど、異常なし」

「……」



 僕は彼女の言葉を聞いて、考えていた。黄昏症候群トワイライトシンドロームとはいったいなんなのか。確実に自分の体を蝕んでいるというのに、僕の場合は進行すればするほど、強くなっている気がする。シェリーの場合も同じなのかも……しれない。



 そのあとは他愛のない話をして、僕は自室へと向かった。




「ユリア、ちょっといい?」

「先輩、どうしたんですか?」

「明日からしばらく出張でしょ。ちょっと話がしたくて」

「なるほど。ささ、どうぞ」

「失礼するわ」



 僕はやってきた先輩を中に入れる。本当は女性を男性の部屋に入れるのは、禁止されている。と言ってもそれは形式的な話で、絶対的なものではない。先輩は時々こうして僕の部屋を訪ねているし。曰く、居心地がいい……ということらしい。



「出張の準備は?」

「できています」

「そのバックパックだけ?」

「まぁ……そうですね」

「最低限って感じね」

「はい。そんなに持っていくものもないので」

「そう……」



 静寂。いつもはもっと早く、何をしにきたのか話すのに今日の先輩は妙に余所余所しい感じがした。



「ユリア」

「はい」

「その……ちゃんと帰ってきてね」

「もちろんです」

「私は今回の出張が何か危険な気がしてならないの」

「先輩も他の都市を出張したことがありますよね?」

「えぇ。特級対魔師になってすぐに、全ての都市を回ったわ。でも今回はタイミングがタイミングだから」

「例の件ですか」

「うん。ユリアは狙われている……そんな気がするの。あなたは特別だから」

「特別……ですか」

「分かるでしょ? 唯一の生還者。それも2年間も黄昏にいた初めての人間。そしてあの襲撃を撃退した。やっぱりあなたは特別なのよ」

「いや……そんな……僕は……」



 否定したかった。僕は特別などではない。ただのちっぽけな人間であると。でも僕はやはり……経歴を考えても、普通ではないのは確かだ。史上最年少で特級対魔師になったし、黄昏で二年も生きていた。それに自分の体を侵食する黄昏症候群トワイライトシンドロームも謎のままだ。測定不能レベルオーバーとまで言われているそれは、僕を異形にしている気がしてならなかった。



「本当は私もついていきたいけど、上からの命令でそうもいかない。シェリーも最近頑張っているようで、ベルもすごく褒めていたし大丈夫だとは思うけど……必ず、絶対に帰ってきなさい。私、待ってるから」

「分かりました」



 先輩はそうを言うと、僕の部屋から出ていった。その姿を確認すると、僕はいつもの場所に向かった。



 ◇



「ソフィア、やっぱりここにいた」

「あれ? 明日から出張でしょ? 早く寝なくていいの?」

「ソフィアには挨拶しておこうと思って」

「ははは、律儀だねぇ……」



 軍の宿舎の裏にある土手。以前ここで会ったのもそうだが、ソフィアはよくこの場所にいる。特に夜になると、何かを想ってこの場所にいるらしい。今日もいると思ったけど、ちょうどタイミングがあってよかった。



「出張って長いの?」

「いや、数週間程度。他の都市を見るのが主な仕事だね。場合によっては、戦闘に参加することもあるかも」

「そっか。あ、お父さんに会ったらよろしくね」

「あぁ……多分、会うだろうね。わかったよ、よろしく言っておくよ」

「うん。それにしてもシェリーは役得だね。上の考えはよく分からないけど」

「役得? 他の特級対魔師に会えること?」

「うーん。ちょっと違うかなぁ……ま、分からないならいいよ。それがユリアの良いところであるし、悪いところであるしね」

「? そ、そう?」

「うん……そうだよ。にしし」



 歯を見せながら笑うソフィア。こうして話していると、もうずっと長い間からの友人だと錯覚するほどだ。やはりそれは、彼女の性格のおかげなのだろう。明るくて、親しみやすい。家族を失ったというのに、軍人になってまで魔族と戦おうとする意志はシェリーと同様に、本当に尊敬に値する。



「はぁ……やっぱり綺麗だね」

「そうだね。この景色だけは変わらない」



 僕たちは寝そべって、空に輝いている星を見つめる。今日は雲ひとつなく、空には溢れんばかりの星々が煌めいていた。



「ユリアって、怖いとか感じたことないの?」

「……黄昏での話?」

「それを含めて、心が折れたりしない?」

「そうだね。黄昏にいた時はただ生きるのに必死だった。それこそ、毎日恐怖心に押しつぶされそうだった。結界都市に戻ってきてからは、過去に恐れていた。それを全て乗り越えて、今ここにいるけど……それでも、怖いものは怖い。だけど、その怖さを含めて僕は強くありたいと思う。怖さを否定するんじゃなくて、肯定したうえで進んでいきたい」

「……さすがだね、ユリア。私もいつかそうなれるかな」

「なれるよ。ソフィアならきっと」

「はは、ユリアにそう言われるとちょっと自信がつくね」

「じゃあ僕は行くよ」

「うん。帰ってきたら、色々と話を聞かせてね」

「わかったよ」



 最後にそう話して、僕は立ち上がる。そして軽くソフィアに手を振ると、そのまま宿舎へと戻っていくのだった。


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