第39話 技術開発部へようこそ
「ふぅ……疲れたな」
「今日は一段と強かったですね」
「あぁ……さすがにレベル3に長時間いると、ヤベェな」
「早くお風呂に入って寝たいです……」
「そういえば、ユリア。お前、技術開発部に呼ばれてなかったか?」
「あ……そういえば、そうでした」
「早く行ったほうがいいぜ? あいつらはしつこいからな」
「? 分かりました」
いつも通り、第七一特殊分隊での仕事を終えて戻ってくるとベイツ中尉にそう言われる。しつこい……という意味はよく分からないが、武装関連のことで呼び出されていたのを思い出した。
そうしてお風呂に入る前に赴くことにした。
技術開発部。そこでは黄昏で戦うための様々な武装などを開発しているところだ。それに武装だけじゃなくて、魔法の開発なども取り組んでいるらしい。ここに入るには、僕らのように戦闘能力は必須ではない。必要なのは、開発をするための技術とそれを可能にする頭脳だ。
「失礼しまーす……」
軍の内部にある技術開発部の場所へとやってくる。場所としては、黄昏機動部隊が北にあるのに対して、技術開発部は南にある。距離は意外とあるけど、歩いて移動してきた。そして中を見ると、そこには様々な人がいた。魔法の実験をしている人もいれば、武装の開発らしきことをしている人もいる。また部屋はいくつか分かれていて、デスクワークと実験する部屋に分けているのだろう。
「お、君が噂のユリアくんだね。話は聞いているよ」
「あ……どうも。ユリア・カーティスです」
「私はここの主任、アビー・デインだ。気軽にアビー博士と呼んでほしい」
「分かりました……アビー博士」
「よろしい」
にこりと微笑む女性。彼女がここの主任らしい。茶髪の長い髪をポニーテールにして一つにまとめ、眼鏡をかけている。身長はそれなりにあるようで、僕と同じくらいだ。年齢はわからないけど、割と若いと思った。
「さて……新しい特級対魔師の君は、確か武装はナイフだったね」
「はい。というよりも……」
「知っているさ。幻影魔法の一種だろう? 不可視を応用して、それを刀の形状にして使う魔法。固有名称は不可視刀剣。もちろん、開発者は君の名前にしてすでに登録済みさ」
「あ……あのサインはそういうことだったんですね」
軍人になった矢先、僕は不可視刀剣を魔法大全に載せるということでそのサインをしたのは記憶に新しい。
「ざっと見るに……なかなか興味深い魔法だ。形状の変化もできるうえに、伸縮自在。特筆すべきは、起点があれば複数出せるという点。最大どれくらい出せる?」
「今のところ、フルで出して……12本ですかね」
「両手の指と……足だね?」
「はい。その認識で間違いありません」
「なるほど……」
その話を聞いて、アビー博士はメモを取っていく。
「オンオフの切り替えは? 持続時間もあるのかい?」
「オンオフは自由にできます。消してから、再発動までの時間もほぼタイムラグはありません。1秒以下で発動できます。持続時間は……最大で三時間はいったことがあります。正確に測ったことはありませんが、出力を抑えて、起点も二つにすれば……最大で五時間はいけると思います」
「なるほど……ちょっといいかい」
「? はい」
博士が僕の頭に手を当ててくる。それを大人しく受け入れるとさらに博士は、メモを取っていく。
「ふむ……さすがのレベル5……いや、これは測定不能だな。魔素の量が平均値を優に超えている」
「え……魔素の量って測れるんですか?」
「私の特異能力でね。固有名称は、元素感覚。触れる必要は別にないが、対象の魔素の量を把握できる。ただ、触れた方が正確に分かるがね。で、君の場合は……上限を100とすると、現在の魔素の量は300ちょっとかな?」
「え? そ、そんなに……というよりも、上限超えているんですか?」
「特級対魔師に多いが、彼らのほとんどはありえない魔素を蓄えている。おそらく、黄昏症候群の副作用、弊害と呼ぶべきものだろう。さてそれなら、君にはやはりこれがいいね。すでに試作品は作ってあるんだ」
そう言って、アビー博士は二本のナイフを渡してくる。
「それは私が君専用に作り出した武器だ。名前は複合短刀。見てごらん、ナイフに小さなトゲがたくさんついているだろう?」
「はい……って、まさか」
「これを起点にできるかい?」
「やってみます」
複合短刀。それは一見すれば、ただのナイフだ。僕がいつも使っているものと変わりはない。でもこの複合短刀にはよく見ると、小さなトゲが存在している。僕はそれを起点にして、極細の不可視刀剣を発動。すると、全ての棘を起点にして不可視刀剣は正常に発動した。
「……できました。それに、魔素の通りがいい気がします」
「あぁそれは、ちょっといい素材を使っているからね。魔素の通りがいい金属を組み込んである。それにしても、それ発動しているのかい?」
「はい」
「ならこの木材を貫いてくれ」
そう言われて、僕は渡された木材を不可視刀剣で貫く。すると細かい無数の穴がそこに生まれる。
「おぉ……実際に見るとすごいな」
「僕も驚きです。起点のことはそこまで細かく考えていなかったので。これで戦闘に幅をもたせることができます」
「肝はその棘は相手には知覚できないということだ。君の不可視刀剣は見えない……という点でもはや戦闘においてかなり有利だ。しかし、起点を複数展開できるのならそれを活かさない手はない。うまくいってよかったよ」
「いえ……こちらこそ、本当にありがとうございます」
「ただそれを作るのは中々に難儀だからね。量産の目処はない。今はその二本のナイフで我慢してくれ」
「いえ……十分です。本当にありがとうございます」
「いやはや、新しい特級対魔師の魔法がどんなものかと思えば、とびきりイかれたやつだったからね。こちらとしても有意義な開発ができたよ」
「……ははは」
とびきりイかれたとは、またすごい評価だが……正直この複合短刀はかなり使える。今まではナイフだけを起点にしていたが、これからはこのナイフに存在する小さな無数の棘もまた、不可視刀剣の起点になりうる。切る……というのはあまり効果的ではないかもしれないが、突き刺すという点においてはかなり有用だろう。しかもそれがナイフから数メートルのものになって飛び出すイメージだ。見えないうえに、そんな手数があれば、もはや近接戦において僕はかなりのアドバンテージを得ることができる。
最近はあの襲撃の戦闘が原因となっているのかは不明だが、黄昏症候群の進行が加速している。そのお陰か、またそのせい……というべきなのか、魔法に対する適性がかなり上がっている気がする。基本的な身体能力もそうだが、僕の身体は色々な意味で人間離れしつつある。
それに加えて、この武器だ。自分に敵はいない……とまで豪語する気は無いが、近接戦において負けるイメージはない。
「よし。では、今後はその武器を使った感想、それに君なりの分析を戦闘するたびにレポートにして提出してくれ」
「……え?」
「適切なフィードバックは必要だろう。それにまだそれは試作品だ。君が実際に使って、もっとこうすべきだという点を洗い出すべきだ」
「その意見はごもっともですが……毎回というのは、些か多いのでは?」
「何を言うんだ。毎回知るべきだろう。これは命令だ。ちなみに私の階級は大佐。君は少佐だろう? 上官命令だ。やれ」
「……はい」
僕はこの時、ベイツ中尉の言葉を思い出していた。
「あいつらはしつこいからな」その言葉の意味を僕は今後、嫌というほど知ることになるのだが……それはまた、別の話である。