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第35話 洗礼



「ふぅ……疲れましたね」

「ユリアは慣れてるんじゃないの? 2年もいたんでしょ?」

「先輩はそう言いますが……実際のところ、黄昏は未だに緊張というか……やっぱり、恐怖心は残っています」

「……まぁそうよね。あの黄昏に1人で2年だもんね」



 第七結界都市に戻ってきて、軍の宿舎に来ると僕たちは食事をとっていた。既に時間は夜に近い。晩御飯ということで、先輩と2人で食堂に来ていた。すると、向こうの方からシェリーとソフィアがやってきた。



「やっほ〜、2人とも……」

「ソフィア、疲れてるね」

「それが聞いてよ、ユリア。もう、訓練が辛くて……マジで……」

「でもシェリーは平気そうだけど?」

「シェリーは特別なの! なんか、最近さらに強くなってるというか、体力馬鹿になっているというか」

「ちょ!? そんな風に思っていたの!?」

「……あんたたち、相変わらず煩いわね」



 4人でそのまま談笑をしながら食事をとる。ちなみに、シェリーとソフィアは第七六分隊所属になったらしい。と言っても、2人ともまだ黄昏の危険区域には出ないらしい。曰く、もう少し訓練を重ねて様子を見てから……だそうだが、シェリーはかなり調子が良くすぐにでも、危険区域に出られると判断されているらしい。


 もともと、才能はあった。それがこうして開花しつつあるのだろうか。あの襲撃を経ても、進むという不屈の意志。彼女にはただただ、感心するばかりだ。



「そういえば、ユリアとエイラ先輩は一緒の分隊なのよね」

「特級対魔師が2人もいるとか、超豪華だよね〜。なんか黄昏のどこまでもいけるイメージかも」

「そうでもないかなぁ……」

「そうね。実際、危険区域がレベル4くらいからは別次元になってくるわ。魔物の強さもそうだし、何よりも知性の高い魔物……ゴブリン、オーク、グール、トロール、ハーピー、サイクロプス、アンデッド、ヴァンパイア、リッチ、デーモン、メデューサ……そんな奴らがゴロゴロしているわ。それに何よりも強い。普通の魔物にはない組織立った行動をしてくるし、人間と同程度の知性も持っているわ」

「……なんか、それを聞くだけでもヤバイって分かりますね……」



 ソフィアはそう言うが、その認識は正しい。黄昏は危険区域がレベル4辺りから、次元が違ってくる。僕も彷徨っていた頃には、あの場所から先は基本的に逃げることが多かった。戦うこともあったが、それでも死を感じた時にはすぐに逃げ出していた。それに僕も黄昏の全てを知っているわけではない。知っているのは全体の一部でしかない。どの魔物がどの場所にいるのか……そんなことを完璧に把握しているわけではないのだ。



「さて、そろそろ行きましょうか」



 先輩がそう言うと、僕たちは立ち上がって寮に戻って休もうとする。今日は既にやることはやった。あとは寝るだけだ。



 そして歩いて宿舎に戻っていると、目の前に大柄な男性の集団が現れる。



「ヘイヘーイ。女子ばっかり連れて、いいご身分だねぇ……特級対魔師殿。いや、カーティス少佐かな?」



 大柄な体躯の男。身長は190cm近く、筋肉もかなりついていてガッチリとした身体だ。肩幅広く、腹の方も絞られており、綺麗な逆三角形。髪は黒髪を刈り上げており、イメージとしては厳つい……という感じだ。



「俺はニック・ブリーム。階級は少尉だ。さて、少佐殿……少しお時間よろしいかな?」

「えっと……」



 そう言っている間に、周囲にぞろぞろと人間がやってきて僕とブリーム少尉を囲むようにして人の壁が出来上がる。いつの間にか、他のみんなはいなくなっていた。



「え!? ちょ!?」



 瞬く間に、僕と彼が対峙するような形になっている。そして集っている野次馬たちは一斉に声を上げる。



「ニック、負けるなよ!」

「子どもでも特級対魔師だぞ! 気をつけろよ!」

「いや、俺は特級対魔師に賭けるね」

「俺はニックだ!」

「さてさて、賭けた賭けた!」

「お、例のやつか……俺はどうするかな」

「私は新人君にかけよー。可愛いしね!」



 なぜか賭け事も始まっている。え……なにこれ? もしかして、新人の僕を虐めに来たとかそういうやつ……? それにしてはなんか雰囲気が明るいというか……お祭りみたいな状況だけど……。



「えっと、ブリーム少尉。これは……?」

「ん? まぁ力比べってやつだな。さて、特級対魔師の力、見せてもらうぜ!」

「武器とか使うんですか?」

「それは危ねぇからなしだな。普通に徒手格闘戦だ」

「……えっと、断るっていうのは」

「なしだ」

「……で、ですよねー」



 既に周りを囲まれており、さらには謎の賭け事も始まっている。今更引くわけにはいかないというか……無理やりやらされているというか……。



「身体強化はあり。相手が参ったというまで、戦いは続ける」

「……え、は……はい」



 よく見ると、視界の端の方で第七一特殊分隊のみんなも賭けに参加していた。しかも……大佐もいるし……これはやるしかないのか……。



「じゃあ……行くぜッ!!」



 瞬間、地面を思い切り蹴り眼前にブリーム少尉の体が迫ってくる。さすがに黄昏戦闘部隊にいるということもあって、その体は見掛け倒しではないようだった。でもこの程度なら……。



 僕はスッと身をかわすと、その勢いを利用して彼の足を払ってそのまま地面に叩き伏せる。




「……ぐッ!!」

「まだやりますか?」

「当たり前だろッ!!」




 その後、数十分に渡って僕は彼を投げ続けた。確かに体の使い方が上手いし、機動力もある。だがまだまだ、遅い。それに攻撃も少し単調だ。フェイントを入れているようだが、視線を見ればどこに攻撃しようとしているのか容易に分かってしまう。



「はぁ……はぁ……はぁ……参った……さすがに特級対魔師、こりゃあヤベェな。バケモンだわ……」



 ブリーム少尉が降参した瞬間、周囲にいた野次馬は沸き上がる。



『おおおおおおおおおおおおおッ!!』


「すげぇ、やっぱ特級対魔師だな!」

「あぁ。あのニックがここまで手も足も出ないとはな」

「くそ〜、やっぱりニックに賭けるべきじゃなかったかぁ〜」

「私はユリアくんに賭けてよかった〜」



 それぞれが今回の模擬戦? の感想を言い合っている。いったいこれはなんなんだ……と思っていると、立ち上がったブリーム少尉がこちらに向かってくる。



「ユリア・カーティス少佐。ご無礼、大変失礼いたしましたッ!!」



 バッと頭を下げてくるブリーム少尉。



「ちょ、急にそんな……いいですよ、別に。それに敬語もいいです。で、これって、新人が馴染めるようにやっていることなんですよね?」

「ははは、さすがに分かったか。ま、洗礼っていうか、通過儀礼だな。だが俺が大体、新人のやつをボコして終わるんだが……今回は俺がボコられたな」

「ブリーム少尉もなかなかに強かったですよ」

「は、世辞はいいさ。それにニックでいい。ようこそ、黄昏戦闘部隊へ。一特いっとくには期待してるぜ?」

「僕もユリアでいいですよ、ニックさん」

「さん、はいらねぇよ。ニックでいいよ、少佐殿」



 ニカッと歯を見せて笑うニック。初めはどうなることかと思ったけど、どうやら僕は歓迎されているらしい。



「じゃあこれからよろしく、ニック」

「あぁ。よろしくな、ユリア」



 僕たちはガシッと握手をする。



 軍人となり、任務だけでなくこうした人間関係も僕は心配していた。史上最年少で特級対魔師となり、さらに軍人になったのでその階級は15歳にして少佐だ。普通は佐官になるには早くても30代。だというのに、僕は異例の早さでその地位にたどり着いてしまった。


 だからこそ、色々と大変なこともあると思っていたが……第七結界都市の黄昏戦闘部隊のみんなは年齢など関係なく僕を歓迎してくれているようだった。


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