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第27話 さらなる脅威



「シェリー、ソフィア、それに子どもたちは大丈夫なの?」

「えぇ……なんとか。でも、守れたのはこの子たちだけで……」



 悲痛な声でそう言うシェリー。それにソフィアも視線を下げ、悲痛な表情をしている。二人とも守れない命があったのだろう。でもそれは、僕も同じだ。僕もまた、救えない命を数多くこの手から零してきた。



 2人は震えている。それもそうだろう。こんな光景に慣れている人間などいない。阿鼻叫喚の地獄の中心にいる僕たちはただただ打ちひしがれるしかなかった。



 そんな状況でも、特級対魔師として進まなければならない。



 そして僕はシェリーとソフィア、それに子どもたちを王城へと送るように他の対魔師に任せていた。それに2人はこの状況にただ震えているだけでなく、何かそれ以上に怯えているような気がした。きっと僕が立ち入ることのできない何かがあるのかもしれない……。




「先輩、これからどうします? それに対魔軍は機能していないのですか?」

「軍は一応動いているようだけど、今回の場合は最悪ね。状況が混乱しすぎてて、まともに統率が取れていない。それに都市内で戦うことが想定できていない。まともに機能するのは時間がかかる……私たちでどうにか先導しないと……」



 対魔軍。それは対魔学院が育成機関に対して、対魔軍は育成された対魔師が実戦を行う組織。だが今回の場合、あまりにも急な襲撃とこの混沌とした状況のせいで、すぐには機能していないのが現実だった。何しろ、150年の歴史の中で初めての出来事なのだから。それにまだ襲撃が開始されてそれほど時間が経っていない。それもあって、軍がしっかりと機能するには時間がかかる……だが、僕たちは僕たちでやれることをしなければ……。



「先輩……僕は今が外に出るチャンスだと思います」

「……ここで私たちが抜けたら前線は崩壊するかもしれないわよ? 軍がもう少し整ってからの方がいいわ」

「それでもこのままだとジリ貧です」

「崩壊しないとしても、死人は出るわ。確実に」

「覚悟するしかありません。このままだと、さらに死にます。ここで外に出ないと、状況はますます悪化します。幸いなことに、すでに大体の位置は特定しています」

「行くしかない……か」

「最悪、僕1人でも構いません」

「大丈夫なの?」

「100パーセント大丈夫だと言い切れません。死ぬ危険性もあります。ただ現状の戦力として、僕が最も適任なのは間違い無いでしょう。先輩も黄昏での戦闘時間はかなりあると思いますが、それでも僕の方が時間的に慣れていると思います……」

「任せても?」

「はい」

「わかったわ。都市内は私が先導してどうにかする。だから、ユリア……頼んだわよ」

「……分かりました」



 覚悟を決める。僕はたった1人で外の世界に、黄昏に行くことにした。1人は慣れている。慣れている……けれども、僕の手は震えていた。またあの黄昏に1人で赴くのだ。怖くないといえば……嘘だ。僕は誰よりもあの世界の怖さを知っているつもりだ。しかも今回のケースはかなり特殊。死ぬ可能性の方が高いかもしれない……けど僕が行かなければ状況はさらに悪化する。だから、行こう。みんなを助けるためにも、僕は進むと決めたのだ。



「ユリア……」

「シェリー、それにソフィアも」



 そう話していると、2人がこちらに近寄ってくる。声を出したのはシェリーだった。一方のソフィアはじっと下を見つめている。


「シェリー、ソフィア、行ってくるよ」

「行くってどこに?」

「黄昏に。元凶は外だ。母体を叩かないと、この現状は終わらない。だから僕が行くよ」

「1人で? 1人で行くの?」

「僕以外に行けない。ついてこられるとしたら、先輩だけだけど……都市を守る戦力もいる。僕1人だ」

「……そんな。わ、私も……」

「ダメだよ、シェリー。私たちじゃ、足手まといだよ……痛感したでしょ?」

「……そう、そうよね。ソフィアの言う通りだわ。私たちは無力で、何もできなかった……」



 その指摘は間違いなかった。ソフィアが言わなければ、僕が言っていた。2人ともそれなりに強いし、今回の件でもかなり魔物を殺していたようだが、それでもまだ黄昏での戦闘……それも危険区域での戦闘はさすがに連れていけない。


 それを二人とも了承し、僕の方をじっと見つめてくる。



「ユリア、信じてるから。絶対に戻ってくるって」

「分かったよシェリー」

「……ユリア、私は……私のせいでユリアは無理やり特級対魔師になったのに……ごめん、ごめんなさい……私の、私の身勝手なせいで……」

「……ソフィア。僕はいずれは特級対魔師になっていたよ、きっと。それが早くなっただけだ。そのおかげで、こうしてここにいて……誰かのために戦える。あの黄昏の日々が無駄じゃないと証明できるんだ」

「ユリア……」



 ソフィアは泣いていた。きっと彼女にも色々と事情があるのだろう。でも……その話は帰ってきてからしよう。



「先輩、行ってきます。後のことは任せました」

「……任せなさい。ユリア、死ぬんじゃないわよ」

「……はい」



 そして僕は城塞都市を飛び出していくつもりだった。でも状況は最悪なものになる。そう、何故ならば……母体と思われる魔物はすでに都市内に入り込んでいたのだから……。唖然とする。意味が、意味がわからない……。



「う……そ……だろ……?」

「嘘、何あれ……」

「こんなことって……」

「ユリア、外に行く必要は無くなったわね……」

「そう……そうですね……」



 覚悟を決めて、外に……黄昏に行くつもりだった。だというのに、すでに都市内に入り込んでいたのだ。外壁を壊し、さらに別の魔物を引きつれて……。これがトドメだと言わんばかりに……。気がつかなかった。外にまだいると思っていた。僕の黄昏眼トワイライトサイトは確かに遥か遠くにその存在を感じていたのだ。



 どうして? どうして、ここまでの接近に気がつかなかった? あれほどの魔素を振り撒いているのならば、気がついているはず。なぜ僕は気がつかなかったんだ? 今はあの存在感は遠くにはない。まるで一瞬で移動してきたかのようだった。



 それにそういえば、最期にダンはボソッとこう言っていた気がする。



「もう、手遅れだ……」と。その時はただの妄言と思って気にしていなかった。でもあの言葉はこういうことだったのか。



「こいつは……」



 それに、僕はこいつを見たことがある。極東のオーガの村に辿り着く直前、これほどではないがかなり濃い黄昏に出会ったことがある。その中心にいたのがこの個体だ。巨大蜘蛛ヒュージスパイダーではない。確か、……古代蜘蛛エンシェントスパイダーだ。城塞都市に戻った僕が毎日勉学に励んでいた中でも、魔族や魔物の情報を集めていた。



 その中でも150年前にあった魔族をまとめた書物を読み込んでいた。読んだ書物の中に古代蜘蛛エンシェントスパイダーというものがあった。体長は10メートルを優に超え、尋常ではない回復機能を有しているとも言う。そして間違いなく最高のSランクの魔物だ。先程戦ったダンなど足元にも及び着かない強さなのは一見して理解できた。



「こいつが……こいつが元凶なのか?」



 しかし腑に落ちない。本当にこいつが全ての原因なのか? 確かに今、都市にいる魔物はこいつによって強化されているのは間違いない。統率をとっているのもこの個体だろう。でも、ダンの件、それに他の特級対魔師の人が閉じ込められている件に説明が附けられない。まさか? ダンは囮だったのか? 僕を足止めするために用意されたただの駒……かもしれない。


 やはり背後に何者かがいる……そう考えざるを得ない。人間、もしくはかなり高位な魔族。知性あるものの仕業には間違いないと僕は考え始めていた。



「キ、キィイイイイイイイアアアアアアアアアッ!!」



 咆哮。それは大地が震えるほどの莫大な圧だった。



「……ぐッ!!」

「きゃっ!!」

「何この声!!」

「……やばいわね、これはッ!!!!」



 瞬間、右腕の刻印に燃え上がるような痛みが走る。僕は袖をまくると、そこには赤く発光している刻印があった。共鳴……しているのか? この古代蜘蛛エンシェントスパイダーと? 僕は自身の能力が向上している……そんな感覚があった。体の奥の底から燃えるような感覚。なんとも形容し難いが、言うならばそんな感じだった。



「先輩、シェリー、ソフィア。あの雑魚をお願い。あいつは僕1人でやります」

「そんな無茶よッ!! あんな魔物に敵うわけがないッ!」

「シェリー。そういう問題じゃない。誰かが行かないといけないんだ。それにあの大量の雑魚たちの処理もいる。間違いなく、さらに死人は増える。だからこそ、戦力は残しておきたい。それにもともと僕1人で行く予定だったんだ。何も変わりはないさ」

「……そんな」

「先輩、それにソフィア。2人は冷静だと思うので、分かりますよね? 僕の言っていること」

「……うん」

「……そうね。その判断が一番合理的だわ」




 有無を言わさない質問。それを2人も分かって承知してくれた。ならば、僕はそれに応えるしかないのだ。




「……では、行ってきます。なんとか入り口付近で留めているので、漏れた雑魚の処理をお願いします」



 両手にナイフを構えて、不可視刀剣インヴィジブルブレードを発動。ここから先は、時間との勝負だ。早く終わらせなければ、第一城塞都市でさらに多くの人が死んでしまうかもしれない。



 大地を駆け、そして……僕は人類の希望として最後の戦いにたった1人で臨むのだった。

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