第24話 襲撃
「あ……あああああぁ……ああ、あああ……」
「た、助けてッ!! ユリア、助けてえええええええッ!! ユリアああああああッ!! いやああああああああッ!!!」
ダンは恐れのあまり声を正常に出すことができていない。そして、レベッカの体全てが飲み込まれた。僕はすぐに能力を全開にすると、アリアを助けるために大地を駆けるも……すでに遅かった。わずかにだが、僕はあまりに異常な光景に呆然としてしまった。
どうしてここに魔物が?
それにあの魔物はなんだ?
レベッカが死んだ?
あまりにも唐突すぎる。
様々な思考が脳を駆け巡り、僕はこの現実を受け入れるのに時間がかかった。そのせいで……アリアもまた、糸に拘束され……そのままあの魔物の餌になってしまった。
これが人類が魔族に支配されているという現実。
僕は黄昏でこんな光景をたくさん見てきた。同じ魔族でも種が違えば、殺しあっていた。だというのに、同じ人間がその対象となるだけでここまで体が竦むものなのか。そして、ここでダンを見捨てるという選択肢もある。でもそれは……あの時の彼らと同じになる。それだけは……嫌だった。
「ダンッ!! 逃げようッ! 急いでッ!!」
「レベッカ……アリア……あああぁあ……ああああああああ」
「行こうッ、早くッ!!」
僕は声を荒らげるも、ダンは腰が抜けているようで動くことができない。それにしても、あの巨大蜘蛛はいったいどこから……でも今は相手の分析をしている場合じゃない。早く、早く逃げないと……。
一方のダンは全く動かない。でも無理はないだろう。ずっと一緒にいた2人が、あんな風に無残に死んでいくなんて余程のことがない限り耐えられるものではない。僕は黄昏にいたからこそこの現実に素早く対応できたが、普通ならば打ちひしがれるのは当然だ。
「……はははは、ハハハハハハハハッ!!」
ダンは急に笑い出す。この緊急事態が理解できていないのか? そして僕たちは、そうこうしている間にあっという間に囲まれてしまう。するとダンは急にすっと立ち上がり、そのまま大量に現れた巨大蜘蛛の方へと駆けていく。
「ダンッ!! 死ぬよッ!!」
何を考えているんだ? 死ぬつもりなのか? そう考えた刹那、僕はありえない光景を目にする。
「はは……ははは……やっぱりだ。あの人の言う通りだった。ハハハハハ、ハハハハハハハハッ!! やった、俺はやった!! やったんだッ!! これで俺はお前を超えることができるッ!! 俺こそが、最強になるんだッ!!」
「何を……何を言っているの……ダン?」
その光景は異質だった。そう、彼の周りには巨大蜘蛛がいた。いるけれども、襲われたり、食べられたりはしていない。まるで彼を守っているかのように、取り囲んでいるのだ。
「なぁ……ユリアお前は強くなったよなぁ……あぁ知っているとも、あの人から散々聞かされたからなぁ……でも、俺も強くなる。成れるんだよぉ……」
「……何を言っているんだ?」
「全てはこの時のためだ。レベッカとアリアは残念だが、ちょうどウゼェと思っていたからな。都合よく死んでくれてよかったぜ。これだけの魔素が満ちていれば……俺は成れる、最強の存在になぁ……」
「まさか……君は……」
「そうだよ。俺はすでに人類じゃない。魔族についたんだよ!!」
「人類を売ったのかッ……!!」
「おかしなことを言うな。人類はもう負ける。なら、勝つ方に付くのは当たり前だろう?」
「いったいいつから……いつからこんなことを……!!」
「お前が黄昏から戻って来る直前、俺はある人に会った。その人のおかげで、俺は強く成れる方法を教えてもらった。お前以上になあああああああああッ!!」
吹き荒れる魔素。僕は黄昏眼を展開しているからこそ分かる。魔素がダンを包み込むように収束していき……そしてそこに現れたのは異形そのものだった。
「ハハハハハハハッハハハ!! なぁ、ユリアッ!! 俺はお前よりも強いッ! お前なんかよりも強いんだよおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!」
ダンの姿はすでに人間ではなかった。その体は完全に黄昏に支配されており、赤黒い模様が体全てを侵食。僕は右腕だけで済んでいるが、ダンは完全に一体化。その姿はまるで、まるで……魔族そのものだった。黄昏症候群の行き着く先はあそこだとでも言うのか?
それに『あの人』とは誰だ?
ダンに何を吹き込んだ?
それに僕が黄昏から戻ってくる直前? ならこれは……その時から計画されていたことなのか? まさか……人類に裏切り者が……彼以外にもいるのか……?
そう考えると、さすがにダン1人でやったとは到底思えない。通常は結界都市にはかなり強固な結界がある。巨大蜘蛛程度では突破できないはずだ。ならば、そこから導かれるのは……。
「死ねえええええッ!! ユリアあああッ!!!」
考えている間も無く、ダンは大地を駆けブロードソードを振るう。その一閃の鋭さはすでに今までのダンではない。確実に成長している……いや、これはそんなものではない。人間を超えている……そう言うのが正しいと思った。
そして僕は右手にナイフを構えると不可視刀剣を発動。すぐにその攻撃を躱す。
「ユリアあああッ!! 避けるんじゃねええええええッ!」
すでに正気は失われている。そこにあるのは狂気のみ。それだけが彼を支配していた。
僕のせいだ。僕がずっと怖がっていたから。彼らと関わるのを怖がって、ずっと先延ばしにしていたから……もっと早く、誰かに言うべきだった。彼らとの決着は自分でつけるなんて……そんなことを考えるべきじゃなかった。帰ってきてからすぐに然るべき場所に訴えるべきだったんだ。でも僕は怖がって……それをしなかった。あの時のことは思い出したくない、もう忘れよう……その僕の弱さが、この状況を生み出してしまったのだ……。
ダン。僕は君を……殺すよ。それがせめてもの、僕の償いだ。もう遅いかもしれないけど……これ以上、先延ばしにはできない。今なんだ、もう今しかないんだッ!!
僕は自由の利く右足を起点にして、不可視刀剣を発動。そして……そのままダンの心臓を貫いた。
「う……ごほっ……ユ、ユリアアアッ!!!」
「な……そんなことがあり得るのか!!?」
僕の不可視刀剣は確かに心臓を貫いた。だと言うのに、ダンは死なない。さらに殺意を増して僕に攻撃を仕掛けてくる。
「さぁ、楽しもうぜええええッ! なぁ、ユリアああああああッ!!」
そして、狂気が僕を襲った。