第210話 邂逅する復讐者
さらに深部へ進む僕たち。
しかし、これ以上進んでも何も特に変化はないと思って引き返そうかと話をしている最中だった。
「ユリア? どうかしたの?」
僕はシェリーの言葉に返答をせずに、ただじっとさらなる地下へと続く階段の先をじっと見つめる。
「気配がする」
それは能力などではなく、直感に近いものかもしれない。ただ間違いなく、この魔素の感覚は覚えがあった。
「気配? 一体何の?」
「あの時の敵だ……」
僕はまるで独り言を呟くかのように、話を続ける。
否応なく思い出される光景。
ベルさんの死を目撃した時の世界。目の前に立っていた、満身創痍の敵の姿。その魔人の痕跡を僕は感じ取っていたのだ。
「シェリー。あの時の魔人だ。ベルさんを斃した魔人の気配がする……」
「あの時の……?」
瞬間。
僕の後ろから放たれる圧倒的な魔素。憎悪を含んだ魔素は、周囲に撒き散らされている。後ろを振り向くと、憤怒の形相になっていたシェリーが剣を握り締めていた。
ベルさんの形見である魔剣。
溢れ出る魔素はまるで彼女の殺意に呼応するように、この場を支配していく。
「シェリー」
そっと優しく、彼女の手を包みこむ。
「冷静に」
「……ごめんなさい。ユリア。また、あの時みたいになるところだったわ」
あの時みたいになるところ。
言及しているのは暴走した戦いのことだろう。あの時のシェリーは一心不乱に敵に突っ込んでいった。何の勝算もなく、自分の殺意を振り撒くだけだった。もちろん、その行為自体は否定はしない。
でも、それだけでは魔人に勝てるわけはない。
相手はあのベルさんを屠った魔人なのだ。油断などできるわけがなかった。
「大丈夫。僕もいるから。まずは接敵に備えて、様子を窺おう」
僕が先頭になって深部へと進んでいく。階段を降りていく音が残響する。
「ユリア。戦闘になったら、どうするの?」
「……正直、ここで倒せるなら倒してもいいかもしれない。ただ、相手は誘っているような気がするんだ」
「誘っている?」
「うん……そもそも、こんなあからさまに痕跡を残すのは普通じゃない」
「……私たちの存在に気がついているって、ことなの?」
思考する。
どうしてあの時の魔人がこんなところにいるのか。そもそもどうして、魔素の痕跡を敢えて残しているのか。誘っていると考えてもいいかもしれないが、今はそれよりも純粋に気になっていた。
相手は何を思って、こんなことをするのか……と言うことを。
「ユリアは魔素の痕跡を、相手ごとに覚えているの?」
「まぁ……そうだね。個人ごとに特徴は絶対にあるから。特に、魔人の魔素は覚えているようにしているよ。今回みたいな時が今後もあるかもしれないしね」
「それは心強いわね」
シェリーは落ちつているように見えるけど、迅る心を抑え切れていないのか微かに呼吸が荒くなっている。
リフレインしているのかもしれない。
ベルさんが死んでしまった時の光景を。
シェリーだけじゃなく、僕もまた鮮明にあの時のことは思い出せる。後もう少し早く、もう少しだけ早く助けることができれば……運命は変わっていたかもしれない。
けど、いつまでも過去に囚われていてはいけない。ベルさんも、そんなことを望んでいるとは思えないから。
そして僕らは階段を降り切った先に、広い空間があることに気がついた。
「……シェリー。どうやら、相手は完全に誘っているようだ」
どうして僕がそんなことを言うのか。その理由は、ここに降り立った瞬間、相手の魔素がまるで意思を持っているかのように流れ込んできたからだ。
「えぇ。このレベルなら、私も分かるわ」
言葉では冷静に見えるが、シェリーはまだ興奮しているようだった。僕は改めて彼女に声をかける。
「シェリー。僕が先行するよ」
「でもッ!!」
手は震えていた。きっと、殺したくて殺したくて堪らないのだろう。でも今の彼女には任せることはできない。
「今、シェリーは冷静?」
「それは……」
「まずは様子を窺おう。敵も誘ってきているからには、ただ殺し合いをしたいわけじゃないと思うから」
「……分かった」
と、言葉にはしているが納得はしていないようだ。けれど、今のシェリーを戦わせてしまえばあの時の二の舞になってしまう。
進む。
「……いた」
広い空間に出てきた。天井は高く、まるで一つの巨大な祠のようだった。視線の先に見えるのは、魔人。間違いない、ベルさんを殺した魔人だ。
「よぉ。お前たち、あの時の二人だよな?」
「お前……ッ!!」
前に出ていこうとするシェリーを跳ね除けるようにして、僕が前に出る。
「そうだ。それで、何か僕たちに用なのか?」
「そうだな、別に前もってお前たちの様子を窺っていたわけじゃない。ここはもともと、俺が鍛錬をする場所でな。そこでちょうど、お前たちの気配がしたから話をしたいと思ってな」
「話? 殺し合いではなく?」
「あぁ。俺たちも一枚岩じゃない。いつでもどこでも、人間を殺していいわけじゃない。来るべき時、来るべき順番がある」
思ったよりも理性的だと思った。
それに僕の質問に答える声も、理路整然としている。ただ後ろではシェリーが目を真っ赤にして今にも相手に噛みつこうとしているようだった。
「お前が……お前が先生を……ッ! 絶対に許さない! 絶対に……ッ!!」
「シェリー!?」
僕の体を跳ね除けて、シェリーは魔剣を構えて走って行ってしまうのだった。
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