第204話 久しぶりの二人の時間
コンコンコンとノックが三回ほどなった。すでに夜になっており、こんな遅くに誰かがやってくるのは普通はない。僕としても、その経験はほとんどない。しかし、どうしてだろうか。
僕は誰がやってきたのか大体の予想はついていた。
「ユリア。今、時間いいかしら?」
「うん。いいよ」
やってきたのはシェリーだった。お風呂上がりなのか、髪はわずかに湿っている。それにシャンプーのいい香りが鼻腔を抜ける。それに伴って女性特有の香りもして、少しだけドキリとしてしまう。
「今お茶を入れるから」
「ありがと」
室内に入って、彼女をテーブルへと案内する。思えば、シェリーと二人きりになって話すのはなんだか久しぶりのような気がした。出会いは僕が黄昏から帰還した時が始まりで、それから互いの立場も大きく変化した。
今となってはただの学生だった僕たちが、特級対魔師の中でも最上位に位置していると言うのは不思議な感じだ。
「はい。どうぞ」
「えっと……ごめんね。夜遅くに。それにお茶も淹れてもらって」
「全然いいよ。僕も時間を持て余してたから」
「そう。そう言ってもらえると、助かるわ」
微かな笑顔を浮かべる。正直言って、ベルさんが亡くなった後のシェリーはどこか鬼気迫るようなものがあった。それこそ、自分の命すら犠牲にしてもその復讐を果たそうという気概が。復讐自体を否定する気はない。
僕だって、ベルさんの仇を打てるのならばそうしたいと思っている。しかしやはり、シェリーのその憎しみには到底届きはしない。
あまりにもどす黒い感情を纏っていたシェリーだが、ここ最近は少しだけ落ち着いてきているような……そんな気がした。
「その……今回は二人で任務に出るわけだけど」
「うん」
「ユリアは、復讐に協力してくれるの?」
上目遣いでじっと見つめてくる。その瞳はわずかに揺れているようだった。
「……仮にあの魔人と戦うことになれば、シェリーに譲るよ」
「そう。それならいいの」
「シェリーはさ、その憎しみに呑まれていないみたいだね」
「え?」
ポカンとした表情を浮かべる。そうして僕は、ありのままに思ったことを口にする。
「今まではその……鬼気迫った感じがあった。けど今は、それを糧にしてしっかりと前に進んでいような気がするんだ。でも、あくまでも僕の勝手な想像だけどね」
「……」
そういうとシェリーは複雑そうな顔をした後に、こう告げた。
「……そう、ね。先生が亡くなった当初は本当に周りが見えてなかったと思うわ。あまりの殺意に飲み込まれてもおかしくはなかった。けど、リアーヌ王女やソフィア。それに、ユリアのおかげでしっかりと落ち着くことができたと思うの。確かに、まだ私には復讐心はあるし憎しみも残っている。けどそれに呑みこまれてはいけない、そのことをあなたたちが教えてくれたの」
「シェリー……」
僕もまた少しだけ泣きそうになってしまう。互いに大切な人を亡くしてしまった。それは何もベルさんだけではなく、他の対魔師も同様だ。僕らはまだ未熟だ。この心の整理もついてはない。
しかし、前に進むことでしかその意思を継ぐことはできない。
そんな状況だからこそ、僕は彼女のその言葉に心を打たれてしまった。そうだ、僕らはまた一緒に進んでいくのだから。
「ユリア。改めて、これからもよろしくね?」
「うん。もちろんだよ」
握手を交わす。
きっと僕らはいつか、この黄昏の先にたどり着くことができる。そう信じているのだから──。