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第18話 忘れたい記憶



 ここまで適度に補給をして進んできた。あの巨大蜘蛛ヒュージスパイダーの出現以来、あまり魔物は出てこなかった。というよりも、出てきてもランクの低い魔物しかない。


 そもそもこの黄昏の外は東に行けば行くほど危険なのであって、南北に移動するだけなら安全圏の範囲内だ。先ほどのような、危険度の高い魔物は出てこない。


 黄昏は未だに謎に包まれている……そう言ってしまえば、そうなのだが僕は確実に違和感を覚えていた。それはこの黄昏で二年もいたからこそ分かる違和感。



「ユリア、ユリアってばっ!!」



 シェリーの声がようやくに耳に届いたのか、僕はハッとして顔を上げる。


「どうかしたの?」

「第三結界都市で補給するって」

「……わかったよ」


 そういうシェリーの顔は複雑そうだった。彼女は知っているのだ、僕がこの都市に複雑な想いを抱いていることを。


 ここに来れば、否応無しに想起される……あの二年前の出来事。そうあれは……確か……。



 

 ◇



「おいユリア、パーティを組まないか?」

「え?」



 ダンは当時、学年内で最も優秀な対魔師の1人だった。僕は色々なパーティにいたが、戦闘時に回復しかろくにできないということでたらい回し状態。もう、対魔師になるのは諦めようか……そう思っていた矢先にあのダンに声をかけられたのだ。


 でも彼のいい噂は聞かなかった。なんでも女性ばかり囲み、ハーレムでも築いているとかなんとか。でも、実力があったから許されていた。


「僕でいいの……?」

「お前、回復得意だろ? 今うちのパーティはヒーラーがいないんだ。どうだ? やってみないか?」



 その後ろにはレベッカとアリアがいた。二人とも優秀な対魔師だ。そんなパーティに僕が? 僕が入ってもいいの? 


 当時はただ純粋に嬉しかった。誰かに認めてもらえたのだと思った……でも、よく考えると僕はただの駒でしかなった……それが今だとよくわかってしまう。



「おい、ユリア。昼飯よろしく」

「私はカフェオレもね」

「私は……紅茶で!」

「でもお金が……」

「あ? お前、このパーティにいる意味わかってるのか?」

「ご、ごめん行ってくるよ……」



 僕はみんなに言いように使われていた。昼ご飯代は僕がみんなの分を負担して、一方の僕は食費に回せるお金がほぼなかった。ただでさえ両親がいないのに、こんな生活をしていては死んでしまう……でも黄昏に狩りに行くとそれなりの報酬がもらえる。僕たちはかなり頻繁に黄昏に出て、そして荒稼ぎしていた。僕のもらえる額は本当にちっぽけだけど、それでもかなりの足しになった。



「ユリア、今度危険区域に行ってみる。いいな?」

「で、でも……あそこは危ないって……」

「でも報酬はいい。学生、一級対魔師関係なくあそこの魔物を狩ることができれば、報酬はたんまりだ。いいだろ?」

「え……でも?」

「なぁ、俺たち友達だよな?」

「う、うん」

「どこのパーティにも入れないお前が、こうして黄昏で稼げているのは誰のおかげだ?」

「もちろん、ダンたちのおかげだよ……」

「なら……わかっているよな? なぁ?」

「う、うん……」



 反対など許されなかった。僕は奴隷。ただの奴隷。でもそれは仕方ないことだった。ダンは言った。この世界は弱肉強食。それは人間社会でも同じ。強い奴が上に立って、下のやつを使う。至極当たり前の道理だと。


 僕も反論などなかった。だって僕には……何もなかったのだから……。


 そしてそこから先に待ち受けていたのは、黄昏での二年間。ダンたちに言いようにされるよりも、遥かに過酷な世界。


 一歩先は死に直結している。そして僕は……そんな世界で生き残った。生き残ってしまった。もし、もし、みんなに会うとしたら……僕はどんな顔をすればいいのだろう?



 ◇



「じゃあ、集合は二時間後。各々、自由行動をしてもいいよ」



 第三結界都市に着くと、サイラスさんがそう言った。もう少しで第一結界都市に着く、これがきっと最後の休息だ。


「シェリー、買い物付き合ってよっ!」

「ちょ、私は!」

「いいから、いいからっ!」



 唯一話し合えるシェリーとソフィアはそのままどこかに行ってしまった。僕は……。


 どうしたらいいのだろう……そう考えている暇もなく、無意識で足は勝手に進めていた。僕は向かった。自分が暮らしていた、寮へと。



「……」


 部屋の前にたどり着く。寮にはすんなりと入れた。というよりも今の時間は人がいなくて閑散としていた。懐かしい……そう思った。ここにいたのは、あまり長くないがそれで僕は懐かしいと感じていた。



「戻ろう……」



 でも入る必要はない。みたところ、名札は知らない人の名前が書いてあった。ここは僕の場所じゃない。僕の場所は……あのシェリーの隣の部屋なのだ。そうして、外に出ると見慣れた3人が歩いているのが見えた。


 見慣れている? いやでもまさか……可能性はある。でもあの3人は……僕たちと同じ集合場所へと向かっている。確か、ここでは第三結界都市の学生選抜と合流して第一城塞都市に向かうと言っていた。でもまさか……こんなことって……。


 呆然と立ち尽くして3人を見つめていると、こっちをチラッと見てくる。



「お前、見ない顔だな。まさか別の都市からの選抜者か?」

「ねぇダン。この顔って……」

「私も見覚えあるかも」



 3人とも成長している。身長も伸びて、顔つきも大人っぽくなっている。そして声は変わっていない。あの頃と全く同じ声だ。


「ダン、レベッカ、アリア……」

「うお、なんで名前知ってるんだ?」


 なんて言うべきか。でもここで知らぬふりはできない。僕は過去と……あの忌まわしい過去と向き合う必要がある。


「ユリア・カーティス。それが僕の名前だ。久しぶり、みんな」

「「「……」」」



 ハッと息を飲む3人。そしてまじまじと僕の顔を見つめてくる。


「マジじゃねぇか……この顔ユリアだ……」

「でもユリアは……」

「うん……あの時……」



 気まずそうな2人。でもダンは全く気にしていないようで、普通に質問をしてくる。


「お前、生きていたのか? どうやって? それよりも生きているなら、なんで戻ってこないんだ?」

「……今は第七結界都市にいるよ」

「遠いな。で、どうして生きているんだ?」



 ダンの目に宿っているのは焦りだ。知っているとも、ダンたちのしたことは一種の殺人だ。おそらく保身を考えて僕から情報を引き出そうとしているんだろう。


「二年間、黄昏にいたんだ……それで、最近戻ってきた……」

「は、嘘をつくならもっとマシな嘘をつけ。お前が黄昏で生きられるわけがない。それになんだ、その髪は?」

「……この髪はストレスで真っ白になったんだ。長髪なのは二年前からほぼ切ってないから。それに、僕は君たちのことを知っているよ……」



 僕は語った。僕たちの間でしか知り得ないことを。皆、驚いていたが徐々に確信に変わる。あのユリアが戻ってきたのだと。


「ダン、やばいよこれって……」

「もしかして私たち……」

「大丈夫だ。なぁ、ユリア俺たち友達だよな?」

「……」

「あの時は仕方なかったんだ。あのあと、ちゃんと助けに戻ったんだぜ? でもお前はいなかった。なぁ仕方ないよな? なぁ?」

「……」



 嘘だ。僕が囮になるように、逃げることができないように、丁寧に結界を張っていたのを覚えている。全ては保身のためにしていること。あぁ……どうしてこんなにも醜い人間がいるのだろう。僕の心は徐々に黒い感情に支配される。


「はぁ……ダン、君は変わらないんだね」

「あ? お前ナメた口利いてるな。ちょっと背が伸びたからって、調子に乗ってるのか? 俺はもう一級対魔師だぞ? 勝てると思っているのか?」

「僕は第七結界都市の学生選抜に残った。そして、これから特級対魔師になる予定だ。すでに勧誘は受けているから、あとは僕の返事だけだ。ダン、レベッカ、アリア……もう僕はあの時の僕じゃないんだ」

「「「あはははははははははッ!!!!!」」」



 僕は地面を見つめながらそう言った。まだ苦手意識は払拭できていない。完全に呪縛から解き放たれてはいない。僕はあの頃の染み付いた習慣が残っていた。



「おい聞いたか? ユリアが特級対魔師だってよッ!」

「聞いた聞いた、あり得ないって……」

「髪まで白くなって……頭おかしくなったんじゃないの?」



 3人は笑い続けた。でも、別に信じてもらえなくてもいい。もう関わることもないのだから……。



「ねぇユリア、その3人って……」



 ちょうどその時、やってきたのはシェリーだった。


「シェリー……いや、なんでもないよ」

「なになに? どうしたのユリア?」

「ソフィアも別に気にしなくてもいいよ。ただ少し、知り合いに会っただけだから」


 そう言うと、すでにダンの意識は僕に向いてなかった。その目はジロリとシェリーとソフィアの体に向かっていた。


 いったいどこまで下衆げすなのか……。



「お二人さん、可愛いねぇ〜。ね、どこの都市の人?」

「あ〜、なるほどねぇ〜うんうん」


 ソフィアがそう頷くと、僕の腕を絡め取る。


「ユリアいこ。他の男には興味ないの、ごめんね?」

「は? ユリアがいいのか? こんな冴えない男が?」

「冴えない……? ははは、面白いこと言うねぇ……ユリアは13人目の特級対魔師になるんだよ? その実力は君なんか足元にも及ばないよ」

「な……んだとぉ? おい、どう言うことだ……おい、ユリアッ!!」


 キッと威嚇するようにして睨んでくる。でも僕はもうここから立ち去りたかった。


「……ダン、もう行くよ。じゃあね」


 そうして、僕はその場を去っていった。その時、背中に感じていた殺気を忘れることは決してできなかった。

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