第175話 不穏な空気
脱げ、と言われたので僕は素直に従うことにした。
「じょ、上半身だけでもよろしいですか?」
おそろおそろ尋ねてみる。もしここで全裸になれと言われたらどうしたらいいのだろうか。
外交問題に発展などしたら大変なことになる。別にこの場所には戦いに来たわけでも無いし、敵対しに来たわけでもない。
一応は視察という名目だが、リアーヌ王女とも共有したが今回は親睦を深めるという意味も強い。
そのために男性もまた、一人だけ人員に組み込まれたらしい。
いわばそれは人柱的なものだ。サキュバスの魅了によって、その虜になってしまう可能性だってある。そんな中、僕ならば対処できるということでこの場にいるのだが……流石にこれは想定外だった。
「うむ。よかろう。はようせい」
「はい」
チラッとリアーヌ王女の方を確認すると、コクリと軽く頷いた。
ここは大人しく従っておくべき、ということだろう。
そして僕は上半身だけ軍服を脱ぎ去ると、その場に半裸で直立する。
「ふむ……」
じっとその双眸を広げて、射抜くようにして僕を見つめてくるサンドラ女王。僕はその際に、彼女が魔法的な何かを発動させているのに気がついていた。
その両目は、微かに発光しております魔素の兆候も読み取れるからだ。
「……」
僕は黙ってその視線を浴び続けた。それから五分ほど経過した頃だろうか、サンドラ女王はニヤリと笑う。
「お主、人間では無いな? 厳密には半分か。面白いものを作ったもんじゃ。くくく」
「……お分かりになるのですか?」
僕がそう尋ねると、サンドラ女王は少しだけ声を張る。
「もちろん。私の目は全てを見据える目。しかし、くくく……ついにここまでやるとは。だがお主たちが黄昏の地をすでにある程度取り戻しておるのは知っておる。力を貸すのもやぶさかでは無い」
「本当ですか?」
リアーヌ王女がそういうと、サンドラ王女はゆっくりと頷いた。
「うむ。もちろん、条件がある」
「それは?」
「私も人間の街に行ってみたい」
「……それは視察、という意味でしょうか」
「キャサリンだけいくのは狡いじゃろう。それに、妙に楽しそうだったしの。私も楽しんでみたいんじゃ」
「左様ですか。こちらとしては、その準備もすぐに出来ております」
「なんと! このことを予期しておったのか?」
「可能性の一つとしては、考慮していました」
「ふむ。リアーヌ、お主はやはり聡い。気に入った。では、向かうか!」
そう言って立ち上がると、サンドラ女王は僕らの間をスッと抜けていく。
本当にこのまま旅立とうとしている様子だ。
「かかか! さて、人間たちよ。案内を頼むぞ?」
妖艶に微笑むその姿は、果たして信頼の証なのか。
それとも──。