第17話 黄昏での戦闘
「ユリアくん、雑魚は僕がやるよ。君はあのでかいやつを」
「分かりました」
ポケットからナイフを取り出し、不可視刀剣を発動。さらには、念には念を入れて黄昏眼もまた発動。
「……その魔眼、使用時間は?」
「全力を出しても三時間は行けます。黄昏の中では一日キープしてたこともありました」
「上出来だ。じゃあ、行こうッ!」
「はいッ!!」
僕たちは地面を駆け出す。互いに身体強化を重ねて、目の前の巨大蜘蛛の群れの中へと飛び込んでいく。
さてどうやって進むか……僕は奥にいる母体と思われる個体を任された。しかし周囲には巨大蜘蛛がわらわらと群がっている。とりあえずはこいつらを片付けないと……そう思考していると、目の前の巨大蜘蛛がズズズと斜めにズレていく。
そして緑色の体液をブチまけて絶命する。ちらっと横目に見やると、目配せで行けと言われる。さすが序列第一位。本気ではないだろうが、それでもただただ圧倒される。
サイラスさんの武器は剣や刀ではない。彼が使うのはワイヤーだ。薄いグローブのようなものを両手にはめて、そこからワイヤーを生成し魔法で強化して使っている。その切れ味は抜群で、スパッと次々と巨大蜘蛛が切り裂かれていく。
「……母体は、あれか……」
その間を縫うようにして進み、僕は母体の前にたどり着いた。大きい。全長7メートルほどだろうか。かなり圧倒される。だがここで怖気付くわけにはいかない。二年の間ではこんな個体とも戦ってきたのだ。思い出せ、あの時の感覚を。
そしてスッとスイッチを入れる。僕は自分の中で歯車のようなイメージがガチッとハマるのを感じると不可視刀剣を振るった。
「キィイイイイアアアッ!!!!」
一閃。僕は母体の右側にある脚を一気に4本切断。こうなってしまえば、バランスを保てずに倒れる。巨大蜘蛛は厄介な相手だが、糸にさえ気をつければ大したことはない。脚を切断すればあっという今に決着がつく。だが、この母体が倒れることはなかった。
「な……再生……?」
切断した瞬間、おそらく1秒にも満たないだろう。それは瞬く間に再生した。切られた瞬間にはすでに新しい脚が生えてきたのだ。
「……なんだ、この個体は……」
思わず声に出す。僕はこの黄昏でそれなりに多くの魔物、魔族と出会ってきたはずだ。でもこんな個体は見たことがない。再生を使う魔物はいるが、巨大蜘蛛は再生など使ったのを見たことはない。
くそ、やっぱり僕の認識が甘いのか……。
黄昏では弱肉強食。弱いものは餌になり、強いものは弱いものを食らってさらに強くなる。これもまた、適者生存の表れなのか? 脚を切断すれば簡単に決着がつくということに対応しての、超速再生なのか?
「キィイイィィイイイイイイイイイアアッ!!」
雄叫び。それは威嚇か、それとも仲間に指示でも出しているのか。母体以外の巨大蜘蛛はサイラスさんが片付けているが数が多い。もう少しかかるだろう。だからこそ、僕が1人でこいつを倒す必要がある。
再生にどう対応するのか?
そんなもの一つに決まっている。再生が間に合わないくらいに細切れにすればいい。それだけだ。
「……不可視」
ここで選択するのは不可視。僕は周囲に見えない壁を作り出す。配置は……完璧だ。よし、やるしかないな……。
そして僕は両手に不可視刀剣を発動するとそのまま突撃。さっきと同じ要領で脚を切断。だが再び再生、ならば……僕は飛んできた糸を避けると、不可視で生み出した見えない壁を蹴って勢いをさらにつけて一閃。
瞬間、脳天がパクリと開くもシュウウウウと音を立てて再生。
どうやら脳を潰せばいいというわけでもないらしい。
それから先は、不可視を使って立体的な動きを追加して圧倒的な剣撃を繰り広げた。相手の攻撃は黄昏眼を使って知覚して避ける。これを繰り返して、ほぼ全身細切れにしていると腹のところに赤い光のようなものが見えた。
「赤い物体……?」
それは真っ赤なクリスタル。この黄昏と同じ緋色をしていた。腹の奥底に隠れていたようで、ここまで細切りにしないと気付けなかった。だがすでに再生は始まっている。僕は気になって、それの破壊を試みて……パキという音がしてそのクリスタルが弾けた。
「キィイアア……ア……アアァ……ィイイイ……アアイイイイ……」
それと同時に再生が止まり。母体はドスンとその場に倒れこむ。僕はこれで終わりと思ったが、とりあえず念のために脳天に不可視刀剣を突き刺して頭部だけ綺麗に切断して弾き飛ばしておいた。
「ユリアくん、終わったのかい?」
「はい。少し手間取りました」
「再生……だったみたいだね。この個体は見たことあるのかい?」
「いえ初めて見ました」
「僕も初めて見たよ。しかも速い。君の剣撃をもってしても、再生速度を上回ることはできなかったね」
「って、見てたんですか?」
「うん。だいぶ前からね」
そう言うサイラスさんの後ろには大量の細切れの巨大蜘蛛が転がっていた。数にして、数百匹はいたはずだ。それをこうもあっさりと片付けるとは……特級対魔師、序列第一位。その実力の底は未だに見えない。ニコニコと人の良さそうな顔をして笑っているけれども、この人は間違いなく人類最強の人間なのだ。
「魔眼で何か見えなかったのかい?」
「いえ。でも……核のようなものを破壊すると、途端に再生が終わりました」
「あぁ……遠目だとよく見えなかったけど、あの赤いやつ?」
「そうです。何か関係があるかもしれません。ちょっと見てみましょう」
僕たちは死体に近づくも……そこにあったのはただの母体の体液とぶちまけられた内臓だけだった。あの赤いクリスタルはない。
「ない、ですね」
「うん。ないね。でもおそらくそれが、超速再生を司っていたんだろうね」
「合理的に考えるとそうですね。でもそれが、自然に発生したものなのか……それとも、何者かに埋め込まれたとか?」
「第三者がいると?」
「可能性の話ですが……」
「ふむ。第一結界都市に着いたら、議題にあげよう。実は今回は特級対魔師が珍しく全員集まっての会議があるんだ。ユリアくんも参加ね」
「え!? 聞いてませんよ!? そんなの!」
「それと王族主催のパーティもあるから」
「え!? それも聞いてませんよ!?」
「うん。今言ったからね」
「ま、まじですか……」
「まじだよ。それとパーティには他の城塞都市の優秀な人材、それに軍の上層部の人間とかも招いているから」
「はぁ……分かりました。はい」
トボトボと馬車の方に戻っていくと、周囲にいた一級対魔師たちは信じられないといった顔で僕を見ていた。だがそれは恐怖から来るものではない。どちらかといえば羨望の類だ。きっと安心したのだろう。あれだけの数だ。一級対魔師の人だけじゃ、対処できなかっただろう。
「やっぱ凄まじいわね、ユリア」
「シェリー。見てたの?」
「私も後方で漏れてきた奴を狩ってたから」
「そうそう。私も感心しちゃった〜。さすが、ユリアだね」
「ありがとう、シェリー、ソフィア。でも……」
「何かあったの?」
「いや、なんでもないよ」
この違和感はどうでもいいことだろう。だが、嫌な予感というものはよく当たる……そんな気がした。