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第16話 再び、黄昏へ



 ピピピピピピという無機質な音が室内に響き渡る。



「ん……朝かぁ……」



 時計を見ると朝の4時半。今日は6時には集合して、黄昏を経由して第一結界都市へと向かう予定だ。ここにある第七結界都市と第一結界都市は一番離れている。最北端にあるのが第七結界都市で、最南端にあるのが第一結界都市。その距離はかなりあるので、おそらく馬車を使っても数日はかかる。また補給をするために、他の結界都市を経由するらしい。どこに行くかは分からないが、もしかしたら……第三結界都市に行く可能性もあるのかもしれない。


 ダン、レベッカ、アリア。あの3人は今も生きていて、学院での生活を謳歌しているのだろうか。僕を犠牲にしたことに、何の罪悪感も覚えていないのだろうか。



「……いや、今は気にするな」



 自分にそう言い聞かせて、僕は支度を始める。過去は切り捨てよう。僕はもうあの頃のユリアではない。きっと彼らと会うこともないだろう。でも運命の女神とは気まぐれなもので、僕はそれをのちに知ることになる。




「おーい。シェリー、起きてる?」



 コンコンとドアを叩く。現在は5時。そろそろ集合場所に行ったほうがいい時間だ。と言ってもまだまだ余裕はあるけど、それでも油断大敵だ。15分前集合くらいはしたほうがいいだろう。でも、中から返事がない。


 どうする? 入るか?


 実は前日にこの部屋の合鍵をもらっている。何でも、「私は朝が弱いから、返事がなかったら入って起こして。頼んだよ」とのこと。



「お邪魔しまーす」



 そして僕は数日ぶりに彼女の部屋に入った。奥に行くと、ベッドでもぞもぞしているシェリーの姿があった。


「シェリー行くよ。もう時間だ」

「うーん。あと5分」

「それ、永遠に延びるやつだから……」



 仕方ない、と思って僕はカーテンを全て開けて室内の電気も全てつける。



「ううぅぅぅん……眩しい……」

「ほら起き……て?」



 無理やり布団を剥ぎ取る。すると、そこに現れたのは裸のシェリーの体だった。いや厳密に言えば、ショーツはつけている。でもブラジャーはつけていないようで完全に解放されている状態だ。昨日見た、リアーヌ王女とは違う圧倒的な質量。だが知っているとも……ここで、凝視していれば後で大変なことになると……。



「ねぇ……何見ているの?」

「……はッ!」



 時間が飛んでいた。完全に僕は無の世界にいた。目の前にある芸術的な作品に目を奪われていたのだ。うんでも、仕方がないじゃないか。僕だって男なのだ。これは本能的な関心なのであって、僕個人がどうかという問題ではない。そう説明しようとしたが、彼女の顔を見るにすでに手遅れだと判断する。



「この……出ていけッ!!」



 ひどいものである。こちらとしては一所懸命起こしたのに……。


「あれ、どうしたのユリア。顔に紅葉なんかつけて」

「ソフィア聞いてよ……」


 と、シェリーの部屋の前で待っているとちょうどソフィアがやってきた。そして事情を説明するも、彼女はうんうんと頷き始める。



「それはユリアが悪いね。凝視したらダメだよ」

「そっか……だよね。好きでもない男に見られたら不快だよね……」

「いや多分、不快っていうよりも恥ずかしいんだと思うけど」

「はぁ……やっちゃったなぁ……」



 ソフィアの声は届いていなかった。これからおそらく、一週間以上は一緒にいるというのにこんなことで気まずくなるのは悲しいことだ。それなりに仲良くなってきたと思うが、こんなところでやらかすとは。僕もツイていない。



「お待たせ」

「もうシェリーってば、遅いよ」

「ごめん、ごめん」

「……」

「ユリアその……起こしてくれてありがとう」



 顔を赤らめながらそう言ってくるシェリー。どうやら僕が考えているよりも、悪いようにはなっていないようだった。そして僕たちは集合場所である、門へと向かう。




 ◇



「これから宜しくお願いします」


 ぺこりと頭を下げるリアーヌ王女。現在ここにいるのは、僕たち3人とサイラスさん。あとは一級対魔師の人が数人だ。これで第一結界都市まで向かうらしい。



「では僕が先導するから、ユリアくんたちに彼女は任せるね」

「分かりました」



 そう言われて、僕たちは馬車に乗り込む。ちょうど座席は4人ぶんだが、僕が一番先に座るとすぐにリアーヌ王女がその隣に座ってくる。



「えと……」

「何か?」

「いえ、別に」



 ニコニコと微笑んでいる。いったいなんだろうか……。


「調子はどうですか、ユリアさん」

「別に大丈夫です。それと昨日の件、ありがとうございました」

「いえいえ」


 そうしていると、シェリーとソフィアも入ってきてじーっとこちらの方を見てくる。



「なんだか仲良いわね、ユリア……」



 シェリーがじっとこっちを見つめてきてそう言うので、僕は慌てて否定する。



「そ、そんなことないよ! しっかりと王女を守るっていう任務は果たすさ!」

「あら? つれないのね、ユリアさん……」



 ただならぬ雰囲気にシェリーとソフィアはキョトンとするも、その後は特に雑談もなく僕たちは出発することになった。



 久しぶりの黄昏へと。



 揺れる馬車の中で僕はボーッと外の景色を見つめていた。なんだかものすごく久しぶりな気がする。このどこまでも濃い黄昏の中にいるのは。ちなみに、僕たちは黄昏に備えて対黄昏用の衣服を身につけている。と言ってもいつもの制服に特殊な繊維を編み込んであるらしい。見た目は変わらない。ただ黄昏が害というのはかなり個人差があって、全く影響のない人もいれば数時間いるだけでひどくなる人もいるらしい。


 この服はいわゆる保険程度の効果しかないが、それでもないよりマシだった。




「黄昏に出るのは、久しぶりね」

「そういえばそうだね。でもシェリーは割と1人で出てなかった?」

「うーん。最近は色々とあったから、ね」



 僕の方を見て何か言いたそうにしている。


 いや、そんな非難する目で見られても困るんだけど……そう思っていると、リアーヌ王女が話しかけてくる。



「ユリアさんは二年も黄昏にいたんですよね?」

「えぇ、とても久しぶりな感じです」

「ここはまだ安全圏内ですけど、確か東の奥まで言ったとか」



 興味深そうにシェリとソフィアも僕の方を見ている。別に隠しているわけではないし、第一結界都市に行ったらさらに詳細を報告するようにサイラスさんにも言われている。それに別にここの3人になら、言ってもいいだろう。



「一年で極東まで行きました。当時は生きるのに必死だったのでよく覚えていませんが、進んで進んで進み続けました」

「魔物や魔族とも戦ったのですか?」

「主に食料がないとき、それにやむなく襲われた時は戦いました。でも基本的には逃げることを優先、ですね。遭遇したものの中には今でも勝てるとは思えない魔物がいました。10メートルを超える大蜘蛛に、火を吐くドラゴン。黄昏の生態系は僕でも未だによく分かりません。でも……何よりも弱肉強食で過酷な世界。一瞬の油断が死につながる……そんな場所でした。ただ良いこともありました。実は東にオーガの村があって……」



 そう話していると、急に馬車が止まる。それと同時に、外から大きな声が聞こえてくる。



「敵襲ッ! 魔物が現れたッ!!」



 いつかくると思っていたが、早いな……。僕はそう考えて、馬車から飛び出すとそこには巨大蜘蛛ヒュージスパイダーと呼ばれる魔物がいた。危険度Bの魔物で、それなりに厄介なやつだ。ちなみに、魔物や魔族は危険度が振り分けられていて、E→D→C→B→A→Sという段階になっている。Bランクは二級対魔師以上でないと対応できないとされている。


 でもおかしい。この魔物は安全圏にはいないはずだ。確かもっと、東の奥の方に生息していたはず。どうしてこんなところに? 生態系に何か生じているのか? それとも……。


 でも今はとりあえず、片付ける必要がある。数は多い。だがやれないことはない。



「ユリアくん、行けるね?」

「はい」



 サイラスさんが僕の方に寄ってきて、2人で立ち向かうようにして巨大蜘蛛ヒュージスパイダーの前に立つ。



「ここは私たちが引き受けます。残りの方は、王女の護衛を……」



 そして僕たちは黄昏の中で戦闘を始めるのだった。

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