第156話 講師デビュー
「……」
「……」
見据える。
目の前にいるシェリーの動作を一つも逃さないようにして、僕らは距離感をジリジリと詰める。
シェリーはまだ抜刀していない。納刀されたままの朧月夜に手をかけているだけで、彼女は様子を伺っている。
一方の僕の方は、すでに不可視刀剣を複合短刀で展開している。
そしてそれに加えて、黄昏眼もまた展開している。溢れ出る魔素の動きを読みながらも、シェリーの一挙手一投足を逃さないようにするために。
人間に限らず、生物には必ず動きに魔素が伴う。それに魔法の発動もそれは同様だ。そのため僕には相手の行動が予め予測できる。
しかし……。
「……シッ!」
先に動いたのはシェリーだった。たった一歩で間合いを詰めてくると、抜刀。その目にも留まらぬ速さに少しだけ面食らうも、この程度は予想の範囲内。僕は朧月夜による攻撃を不可視刀剣で受け流すと、そのままカウンターを仕掛けてシェリーの朧月夜をはじき返す。
「やるね……シェリー」
「そっちこそ。ユリアもすごいわ。でも……」
その双眸が金色に輝き始める。それは魔眼を発動した証拠だ。
魔眼。
シェリーが有しているのは未来眼と言う未来を見通す魔眼だ。ただし制約は存在する。半径10メートル以内、それに視えるのは3秒先の未来まで。万能の能力ではないものの、超近接戦闘の戦闘において3秒はかなりのアドバンテージになる。
正直言えば、身体能力的な意味でのスピードならば僕の方がシェリーよりも早いだろう。そもそも僕の持つ不可視刀剣にはほとんど重さがない。一方の朧月夜はかなりの重量がある。この差は歴然。
しかしシェリーの未来眼はそれを覆してくる。
「……ぐッ!」
「まだまだ行くわよッ……!」
連続攻撃を仕掛けてくるシェリー。
そう、今の彼女には僕の未来の動きが見えているのだ。そのため僕のスピードというアドバンテージはほとんどない。今や僕とシェリーはほぼ互角の戦いを繰り広げていたが……その終わりは唐突にやってくる。
「……まだ続ける?」
「いや、参ったわ……降参よ、降参」
シェリーは喉元に不可視刀剣を突きつけられたことで、敗北を認めた。もちろんそれはナイフを起点にしたものではない。僕は右手の小指を起点にして、不可視刀剣を発動。そして一瞬でそれをシェリーの首元まで伸ばしたのだ。
刹那の攻防。しかしシェリーはそれを躱すことも、受け切ることもできなかった。
「はぁ……ユリアってば、強すぎ……本当に嫌になるわ……」
「今回はいい線いってたと思うけど?」
「うーん……やっぱり魔眼を使うと有利になるのは間違いなけど、まだ制御が、ね。自分の体の動きに合わせるようにして使えるのは10秒程度かしら。それ以上使うとどうにも体がついてこないのよね。そもそも今見ている世界が、現実なのか、それとも3秒先の未来なのか、わからなくなってくるの」
「なるほど……未来視は便利だけど、そんな弊害があるのか……」
「えぇ。正直いってこの性能はいいけど、それに私が振り回されているってとこかしらね」
「未来ってどんな風に見えるの?」
「うーん……ちょっと説明しにくいかも……これってかなり感覚的なものだから。でもそうね……今見ている世界の上に、別の映像が重なるって感じかしら」
「重なる、か……」
「でもユリアぐらいの速度になると、それも限りなくブレることはないけどね。普通の相手ならタイムラグがあって、未来視を使っても戦いやすいけどやっぱり特級対魔師クラスになるとなかなかうまくはいかないみたい」
「そっか。まぁシェリーならきっとうまく使えるようになるよ」
「いつも思うけど、ユリアのその信頼は重いんだからね?」
「え……僕としては心からそう思っているんだけど……」
「それが性質が悪いというか、なんというか……」
「もしかしてプレッシャーになってるとか?」
「その一面はあるにはあるけど……」
「けど?」
「ユリアにそう言われて、悪い気はしないわね」
「そっか。なら……今後も言い続けることにするよ!」
「ちょ!? そこは少し控えるとか、そういうことを言う場面じゃないの!?」
「いやいや。僕はシェリーを信頼しているからね〜」
「もう! そう言うことじゃないのにー!」
と、シェリーは頭を掻き毟りながらしばらくその場で喚くのだった。
◇
早朝のシェリーとの鍛錬を終えた僕は、基地に戻ってきていた。いつもなら今からは黄昏の大地に行く予定なのだが。
ちなみに、取り戻した大地は別の名称がついた。危険区域レベル1だった場所は、エリア8。そしてエリア9、10と続く。これは結界都市が7つあり、その先に手に入れた土地だからこそ、8という番号から始まっている。
今はエリア8〜10は人間が暮らせるように、それに色々な物資などを置けるようにと、様々な整備がなされている。対魔師はそれに駆り出されることも多く、さらにはエリア周辺にまだ存在している魔物を狩る仕事などもあったりするのだが、今の僕は別の仕事を任されていた。
それは対魔学院での講師という仕事だ。
なんでも近接戦闘に関する授業で特級対魔師の誰かを派遣することになったらしいのだが、近接特化の他の特級対魔師の人は面倒だからパスということで僕に白羽の矢が立った。こればかりは年功序列的なところがあるので、序列零位という最上位にいたとして関係はなかった。
まぁいいけどね……僕も誰かにものを教えるのは嫌いじゃないし……。
でも教えるといって年齢はさほど変わらない。僕ももし、普通の対魔師としての人生を歩んでいるのだとしたらまだ学院の中にいるのは間違い無いだろう。
軍人となり、さらには特級対魔師の最上位に位置するなど、昔から考えれば夢のまた夢。本当に人生とはわからないものだ。
とまぁ、色々と考えながら歩いていると僕はたどり着いた。
第一結界都市に存在する対魔学院。
僕が行ったことがあるのは通っていた、第三結界都市と第七結界都市の学院だ。基本的な構造は変わらないものの、ここは初めてになる。それにこれはあくまで傾向的な話だが、第一結界都市は優秀な対魔師になる人間が多い。
これは第一結界都市には貴族や、元々能力の高い対魔師がいるため、子どももまたその能力を遺伝しているというのが理由である。
そういう理由もあり、こうして時折特級対魔師が講師として駆り出されるのだ。
そうして僕は中に入ろうとすると、そこでバッタリと見知った人に出会う。
「あれ? もしかしてイヴさんですか?」
「……あぁ。そっちの担当はユリアくん……なんだね」
「ということはイヴさんは魔法の方を?」
「うん……正直だるい。本当はエイラちゃんがくる予定だったけど……別の急な任務が入ったみたいで、私がくることに……」
「はは、まぁそれは仕方ないですね」
「まぁお金は出るし、いつも通りテキトーに終わらせるよ」
「いやテキトーなんですか!?」
「ふふふ、冗談だよ。冗談」
イヴさんはニヤッと笑いながら僕をからかってくる。
「ユリア・カーティス中佐に、イヴ・エイリー少佐でしょうか?」
学院の門の前でそう話していると、一人の女性が近寄ってくる。
「はい」
「うん……」
「それではこちらにどうぞ……案内しますので」
学院の職員の方がそういうと、僕とイヴさんはそのまま歩みを進める。
内装はそれほど変わりはないものの、他の都市よりも少しだけ広い……そんな印象を僕は抱いた。
「それではこちらでお待ちください」
僕らは応接室に通されて、そのまま職員の女性は去っていく。机の上にはすでに淹れたてのお茶と茶菓子が置いてある。
イヴさんはそれにノータイムで手をつけるとボリボリと菓子を食べ、お茶をズズズと啜る。このメンタルの強さというか、面の皮の厚さというと聞こえが悪いかもしれないが、色々と見習いたいところではある。
そうしていると、コンコン、と扉がノックされるのだった。