第153話 Sherry's perspective 2:剣鬼
女王陛下の御前。それに他の特級対魔師、将官の人たちが見る中で私とロイさんは向き合っていた。
「……」
「……」
この場で本気の戦闘を繰り広げるなど、危険極まりない行いだ。でもそれをこうしてなしているのは、私には自信があったからである。
いや厳密に言えば、自信ではない。これは確固たる事実であると、私は戦う前からすでに理解していた。
「シェリー……後悔するなよ?」
「……」
その問いには答えない。すでに私の意識は深く、深く、まるで深海に沈むようにして落ちていく。
ロイさんの双眸には激しい憎悪が宿っているのがよくわかる。それはもちろん私に対してのものもあるだろうが、私は知っていた。ロイさんもまた、先生の意志を継ぐという確固たる意志を持っているのだと。
別にそのことは構わない。それが先生が多くの人に愛され、惜しまれながらも逝ってしまったことの証明だから。
でも先生の後継者である私は、その地位だけは譲るわけにはいかない。
特級対魔師序列1位。先生がたどり着いたその場所を私が今度は守り続けるのだ。先生が今までなしてきたことを私も成し遂げよう。
それが私が死にゆく先生の前で誓った、約束だから。
「それでは……始めてください」
陛下によるお言葉が発せられると同時に、私たちは動き始めていた。いやその言葉は厳密には正しくないのかもしれない。ロイさんはその場から一歩たりとて動けてはいない。その手に剣を握り始め、今まさにその場から駆け出そうとしていたところだった。
でも、彼がそれ以上動くことは叶わない。
なぜなら、すでに朧月夜の切っ先がロイさんの首元に届いていたからだ。
「……私の勝ちで、いいですよね?」
「……あ、あぁ……」
少しだけ力加減を誤ってしまい、薄皮一枚だけロイさんの首に傷が入る。
わずかに滴る血を払うようにして、納刀。
そのまま悠然と呆けているロイさんを見つめる。
「シェリー……お前は……」
「私は先生の後を継ぎます。でもそれは剣姫としてではななく、剣の道に生きる鬼。剣鬼として私は進んでいく所存です」
「そうか……いや、そうなのか……」
その後、ロイさんが口を開くことはなかった。
こうして新しい序列が生まれた。
私は名実ともに、先生の正式な後継者となったのだ。でもそこに達成感、それに高揚感などはない。当たり前のことに喜びを見出す者がいるのだろうか。いや、いないだろう。私にとって特級対魔師序列1位なるということは確定事項だった。
全てはあの場所にたどり着くために。
先生を殺した、魔人を殺す。
その頂きにたどり着くためならば、私はなんだってしよう。
たとえこの先に、修羅の道が待っていようとも。
先生のために、そしてリアーヌのためにも、私は進み続ける。
◇
「シェリーちょっと時間いい?」
「ユリア……別に私は構わないけれど」
解散となった瞬間に、ユリアがそう話しかけてくる。
「奢るからさ、街にでも行かない?」
「……わかったわ」
二人で並んで歩く。ユリアは私とロイさんの戦いを、どのように見ていたのだろうか。そんなことが気になって少しだけそわそわしていたが、その話題は喫茶店に到着して、注文した飲み物が来た時に彼から振ってきてくれた。
「とりあえず、特級対魔師序列一位おめでとう」
「ありがとう」
カン、とコップをぶつけ合う。
きっと私が序列一位になるのはよく思わない人もいるだろう。そんなことはわかっている。たかが15歳の少女。それも実績は特にはない。確かに私は魔族としての血を有しており、戦闘技能は特級対魔師レベルに達している自覚がある。それでも私には先生のように積み上げてきたものが何も……ない。
空っぽで、空虚な自分。ただ虚勢を張っているだけの哀れな少女。
そう評されたとしても言い返せるだけの材料を私は持ち合わせてはいない。
でも本物になるために、先生のようになるために、今は空虚な自分でも構わなかった。周囲にどう言われようと、私がたどり着きたい場所はたった一つなのだから。
「強くなったね、シェリー。遠目から見てたけど……魔眼、発現したんだね」
「……やっぱりわかる?」
「あの戦闘だと物理的な速度が目立つけど、相手の動きを完全に把握した上じゃないとあんな結果にはならない。それこそ相手はロイさんだ。特級対魔師の中でも、上位の序列であるロイさんだとなおさらだね。そんな彼を完封するには純粋な身体技能だけでは、厳しい。だから思ったんだ。シェリーは未来眼を持っているかもってね。それに黄昏眼でかすかにその兆候も見えていたしね」
「……大当たり。もう流石ね、ユリア」
大げさに手を挙げて、参ったとわざとらしいポーズをとってみせる。
あの一瞬の攻防でそこまで把握されていたのなら、素直に脱帽だ。
ユリアの言った通り、私には魔眼がある。
その能力は未来視だ。文字通り、私には未来が視える。と言ってもそれはまだ3秒先が限界だ。でもたった3秒と思うかもしれないが、されど3秒。特にゼロコンマの世界で戦う対魔師にとって3秒ははるかに長い時間と言ってもいいだろう。私はそれだけのアドバンテージを持って戦うことができる。
この特異能力は私が魔族の血を覚醒させた時に身につけたモノだった。
朝起きると私は自分の見ているものに違和感を覚えた。脳内では今この瞬間に起きていると知覚しているのに、実際にはまだそれは起こっていない。そんな奇妙な現象を経験し、その後これが未来視であることに気がついた。
それから先はまだ完全に制御下に置くことはできなかった。あの魔人、アルフレッドに斬りかかった時にも発動は試みたのだが、まだうまく扱うことはできなかった。でも私は先生が亡くなった後になって、この能力が体に馴染んていくのを感じていた。
だからこそ私はロイさんに対して強気に出ていた。彼はまだ知らなかった。私が未来視の魔眼、未来眼を持っていることに。
ある種、奇襲めいた戦いだったが私は確かに勝利を収めた。
それは今の自分にとって大きな自信になっている。
「シェリー。確かに君は強くなっているよ。あのロイさんをあそこまで圧倒するなんて、人類の中でもできる人間はほぼいないはずだ。でも、僕は少しだけシェリーが危うく見えるんだ……」
「危うい? 私が?」
「うん。だからこうして話をしようと思ってね」
「具体的にどこが危ういの?」
「ベルさんの復讐に燃えるのは構わない。でもそれによって自分自身を見失いそうにも、思えるんだ」
「……私が自分を見失う?」
「あの時みたい……といえばわかるかな」
「あぁ……そうね。それは、言われてみれば……そうかもしれない」
腑に落ちる。確かにあの時の私は自分自身を見失っていた。感情に全てを支配され、ただ殺すという意識のみで体を動かしていた。だがそれでは勝つことは叶わない。殺すという意志は必要だ。でもそれは潜在意識に刷り込むだけでいい。
顕在化する必要があるのは思考ではない。重要なのは殺しを達成するための技術なのだから。
「でも僕は……シェリーなら成し遂げることができると、そう信じているよ」
「私に、できるかしら……」
ほんの少し。少しだけ弱気になってしまう。いざ自分が先生の立場を引き継いで、本格的に彼女の足跡を追う立場になって思う。
ベルティーナ・ライトという対魔師は本当に偉大すぎる人物だったと。
今の自分では決して足元にも及ばない。
だから意志がぐらつく。今の私は不安定な足場で踊り続けているようなものだ。決して落ちないようにしがみついて、それでも前に進むしかないから歩みを進める。
他の人の前ではこんなことは決して言わないだろう。でもユリアの前なら、ずっと昔から一緒だったような、そんな親近感を持っている彼にだからこそ、その不安を吐露してしまう。
「絶対にできるよ。僕は、君はベルさんの全てを引き継いでいると思う。いやきっとシェリーなら、ベルさんを超えることができる。そう確信しているよ」
「……そこまで言われると、そうならなくちゃね」
「うん。なれるさ、きっと」
そっと右目の眼帯に触れる。
まだ癒えることないこの傷を心に刻みながら、私は先生の後を追いかける。
ということで新序列まとめです。
零位:ユリア・カーティス
一位:シェリー・エイミス
二位:ギル・ブレイディ
三位:ロイ・ブラッドフォード
四位:デリック・レイ
五位:シーラ・クローク
六位:イヴ・エイリー
七位:ヨハン・ファレル
八位:レオ・イザード
九位:エイラ・リース
十位:ノア・バイルシュミット
もしおかしな点(過去に登場している名前と違うなど)があれば、感想欄にて教えていただければ幸いです。気が付かぬうちにやらかしていることがあるので……(泣。
それでは今後とも本作を宜しくお願いします!