第152話 Sherry's perspective 1:彼女の意志を継ぐ者
先生を初めて見たときの印象は『自信がなさそうな人』、だ。
そう思った。
たどたどしい口調に、ろくに目も合わせはしない。
特級対魔師ということである程度の尊敬の念は抱いていたが、人としてはどうなんだろう……そう疑問符がつくのはある種当然のことだった。
だが私はその認識が甘いことを知った。
人間の強さとは、そのパーソナリティに起因しないのだと。
初めはただ純粋に驚いた。先生の剣技は人のそれを優に超えていたからだ。少なくとも私にはその剣戟を捉えることはできなかった。
世界は広い。
私はずっと停滞していた。
そんな矢先に結界都市に戻ってきたユリアと出会い、私は人知を超えた強さを知るもそれよりも先があったのだ。
ベルティーナ・ライト。
彼女の剣戟はすでに芸術の域に達していた。先生は人類史上最高の剣士だった。それだけは間違い無いけれど……先生は今の自分に決して満足していることはなかった。
これは私が弟子入りした直後の話である。
「先生は本当に強いですね。正直驚きです……」
「……私は、まだ……今の強さには満足してない、よ?」
「え? 先生はまだ満足していないのですか?」
「うん……私は……まだ師匠には程遠いと思う……から……」
「先生の師匠、ですか?」
「うん。私の師匠は……強かった、とても、とても強かったよ……」
「今の先生よりもですか?」
「うん……今の私よりも、はるかに……強かったよ……」
「そうですか。世界は広いですね」
「そうだね……まだまだ世界は……私たちの……知らないことだらけだよ……」
「先生もまだ途上なら、私もまだまだですね。もっと精進します」
「……うん。頑張ってね、シェリーちゃん」
「はい!!」
その会話は昨日のことのように思い出せる。
先生はまだ途上だと言った。自分は師匠の背中を追い続けて、決して今の自分の強さに満足することなく、己が強さを追求し続けていた。
そんな背中に私は憧れた。
私の目標は先生だった。ずっと、ずっと彼女の足跡を私は追ってきた。
魔族としての能力を覚醒したとはいえ、私はまだ先生に届くことはなかった。それはすなわち、先生の強さはもはや人の領域から外れているということだった。
魔族としての能力は私の基本的な身体能力を上げて、さらには特異能力にも磨きがかかった。
だというのに先生の背中は遠かった。ずっと先にある彼女に焦がれ、私もまた先生のように強くなりたいと、そして強く在りたいと、そう思うようになった。
でも現実は非情だった。先生は敗北した。
上位魔人に敗北を喫して、その命を黄昏の大地で散らした。あの先生でさえ届かなかった魔人の強さ。それはきっと今の私では到底届き得ないのだろう。それはあの時の剣戟でも理解していた。
自棄になって突っ込んだとはいえ、先生との戦いで消耗し、ユリアとも交戦しているのに私の右目を切り裂いたその技量は確かに驚異的なものである。
でも今届かないからと言って、それが永遠に届かないというわけではない。いつかまた出会った時のために、私は努力を重ねるしかない。才能は確かにあると思う。でもそれは私たちの目には見えないし、どうすることもできない要素だ。
ならばできることを重ねるだけだ。先生がずっとしてきたように、私も……。
「先生、おはようございます」
起床してから身支度を整えると、私は先生の写真に挨拶をする。
先生には珍しく、私と一緒ににこやかに微笑んでいる写真だ。
それに恭しく礼をして出て行く。朧月夜を腰に差して、軍靴をカツカツと鳴らしながら私はいつものように演習場に進んでいく。
先生の意志を確かに継ぎながら――。
◇
「……」
あれからいつものように訓練を積み、シャワーを浴びてから王城に向かっていた。
今日は女王陛下に謁見することになっている。もちろんそれはただ謁見するだけではない。陛下から勅命があるからこそ、私はその場に向かっている。
その勅命とは……特級対魔師の編成に関してだ。
先生が亡くなり、再び特級対魔師の序列は新しくなることになった。
でもそれは以前のようなものではない。
私は先生の後を継ぐと言った。それは文字どおり、先生の全てを継ぐと言ったのだ。ならばそれは序列もまた……私が引き継ぐのだ。
すでに軍の上層部とそれにリアーヌにも話は通してある。
それが今回、どういう風に出るのか……。
「先輩、おはようございます」
「シェリー。おはよ」
「エイラ先輩も早いですね」
「えぇ。ちょっと早起きしてね。さて、行きましょうか」
私は王城の前でエイラ先輩に出会った。
そうして私たちは女王陛下の御前に歩みを進める。
「皆様、お集まりいただきありがとうございます」
荘厳な雰囲気の中、女王陛下はその口を開いた。現在は特級対魔師に加えて、軍の上層部の人たち、主に将官の方々、それにリアーヌもいる。
私たちはその場に膝をついて、そのお言葉を拝聴する。
「特級対魔師の編成に関して、本日はお集まり頂きました。さて単刀直入に言います。序列は新しく序列10位にノア・バイルシュミット。そしてベルティーナ・ライトがいた序列1位は……シェリー・エイミスに引き継がれることになりました。異論がある方はおられますか?」
軍の上層部、それにリアーヌ王女と女王陛下の判断で、私はどうやら正式に特級対魔師序列1位になれるようだった。
しかしことは、そううまくいかないと私は百も承知だった。
「……ロイですね。異論が?」
「はい」
そうしてそんな中で手を挙げたのはロイさんだった。
「私は不服です。15歳の少女が特級対魔師序列1位など……それに実力も不足していると考えています」
「ならその実力を証明しましょうか、ロイさん」
「あ?」
私はスッと立ち上がると、そのままロイさんを見つめる。その双眸は明らかに怒りに満ちていた。きっと彼には私の態度が尊大不遜に思えているのだろう。でもこれは想定内の話だった。
先生は人類最強の剣士だった。
だからこそ、その序列には誰もが納得していた。もちろんユリアのような例外的な存在もいるが、先生は誰よりも気高く、皆に尊敬される剣士だった。
だが私はどうだ?
最近特級対魔師になったばかりで、実績などない。先生のように尊敬される剣士でもない。
特級対魔師としての実力はあるものの、そこに尊厳などありはしない。
ただの小娘と言われても、反論はできないだろう。
でも、それでも、私はそのことを理解した上で先生の後を継ぐと決めたのだ。それぐらいの覚悟なしに私はその発言をしたわけではない。
誰よりも強く在る。
それは純粋な戦闘力としての意味合いもあるが、人としての在り方も含めての言葉だ。
「実力を示せば、認めてくれるんですよね?」
「シェリー、テメェ……言っている意味が分かっているのか?」
「はい。私にはあなたをひれ伏せるだけの力があると、そう言っているのです。いえそれだけではありません。特級対魔師序列1位としての、能力があると言っているのです」
「ほぉ……15歳の小娘が言うじゃねぇか。ちょっとばかり成長したからって、調子に乗っているのか?」
「いえこれは純然たる事実です。私は先生の後を継ぎます。でもそれは人としての在り方、先生が授けてくれた秘剣だけではありません。先生が勤めていた特級対魔師序列1位という地位もまた、私が引き継ぐのです」
「ははは……笑っちまうぜ。お前が序列1位だと? ベルの後を継ぐだと? まぁある程度は把握している。お前はいつかベルを超える剣士になるかもしれない。その才能は俺も認めてやるよ。でもな、今はその時じゃあねぇ。ベルの後を継ぐのは、この俺だ。今は下がっていろ」
「……そのお言葉、そっくりそのままお返しします」
「はっ、吠えたな。じゃあやるか、シェリーよ」
「はい」
そうして私たちはこの場で戦うことになる。もちろん演習場に行くべきだという意見も出たが、私はここで十分と言った。それはロイさんを完封する自信が私にはあったからだ。
――先生、見ていてください。私はあなたの後を継ぎます。