第145話 彼に寄りそう乙女の作法
「おいあれ見ろよ。すごくねぇか?」
「あぁ……かなり美人だな。でもあんな子、見たことあるか?」
「さぁ? でも可愛いよな」
「それは間違いないな!」
周囲が騒ぎ立てる中、二人組の女性が街中を歩いていた。
その中でも一人の女性が衆目を集めていた。
女性にはしては背は高く、背筋をまっすぐとし、キビキビと歩いていく姿は誰の目にも止まった。何よりも大きな要因は、その容姿にある。
結界都市では珍しいゴシック&ロリータと言われる白と黒を基調したフリル装飾の多い服を着ていた。さらにはブーツもまたそれに合わせるようにして、黒を基調とした編み込みのものとなっている。
だがそれだけではない。
顔つきは女性にしてはほんの少しだけきつい印象があるものの、それは美人という範囲内では綺麗に収まる。
メイクを施しているのはわかるが、それは決して濃いものではなく、素材を引き立てる用途でメイクしているのがよくわかる。
透き通るような肌に、血色のいい唇。目元はまつ毛がもともと長いのか、それはエクステンション、所謂人工的なものではなく、自然なものだと傍目からでも分かる。
上向きに綺麗に向く長いまつ毛は、その女性の双眸をこれでもかと綺麗に輝かせる。
完璧。
形容するならば、それが適切だろう。強いて言えば、少し身長が高く、肩幅ががっしりとしているところが難点だが、そんなものは些事である。
この美貌の前には、全てが無意味に化す。
決して大言壮語ではない。
これは純然たる事実である。
「ふふ……あぁ、本当に綺麗ね」
「……」
もう一人の女性が微笑む。
身長は低いものの、白を基調としたワンピースを着ておりこちらの女性も美しいのには間違いない。普通の女性ならば、隣にこんな美人が立っているだけで気後れしてしまうだろう。
だが、違う。身長の低い女性……それはエイラなのだが、彼女はうっとりとした様子でその女性を見上げる。恍惚とした表情である。まるで好きな異性を見つめているかのような、情熱的な視線。
それを感じ取った身長の高い女性……いや、男性であるユリアは苦言を呈する。
「……先輩。マジでその視線やめてください。ぞわっとするんで……」
「何よ〜、いいじゃな〜い!」
「ちょ、腕組むのもやめてくださいよ!!」
「女同士だからいいでしょ?」
「いやそれが逆に問題があるような……はぁ……まぁいいですけど」
ちなみにエイラはアルコールは摂取していない。素面でこれである。
エイラはただテンションが高くなってユリアに絡んでいるだけなのである。
「さて、と。買い物続けるわよ!」
「……はい」
――先輩に頼むんじゃ……なかった。
そう後悔しても、文字通り後の祭り。
どうしてユリアがこのようなことになったのか、それは数時間前に遡る。
◇
ベルさんの葬儀が終わり、僕たち対魔師が次に行うことは……パレードへの参加だった。それは式典の一種だが、今回ばかりはパレードと形容したほうがいいだろう。結界都市の人間総出で賑わう一大イベントである。
僕らは確かな犠牲を出した。ベルさんだけではない。他にもあの戦いで命を落とした対魔師はいたのだ。
それを僕らは嘆いたものの、世間では僕らが黄昏の大地を取り戻したということで、未だに大騒ぎだ。
だがそれもそうだろう。150年前にこの極地に追いやられて以来、初めての大規模な作戦の成功。それも黄昏の大地の一部を取り戻すという偉業を成し遂げたのだ、僕らは。
市井の人間は知らない。僕らの仲間が死に、そしてそれをどれほど対魔師たちが嘆いているのか。でもだからと言って、その感情を押し付けることなどあってはならない。僕ら対魔師はそういう存在だ。人々の前では、ことを成し遂げた英雄として振る舞う。それこそが、僕らの在り方なのだから。
「……街に行けない。どうしよう……」
そんな僕は宿舎の自分部屋で頭を抱えていた。実は先ほど、街に繰り出したのだ。久しぶりにカレーが食べたい。お気に入りのお店でカレーが食べたいと思って、僕は街に行ったのだが……街の人が僕を見るなり取り囲んで大騒ぎ。
サインください! とか。
握手してください! とか。
それはもう色々と請われたものだった。いや握手はともかく、サインとか持ってないし……とかその時は思っていた。
なんでも、僕が古代蠍を撃破したことはすでに周知の事実らしい。そのおかげで、大地を取り戻せたのだと。
もちろん僕はみんなの協力があってこその偉業だと思っているも、人々が求めるのはわかりやすい象徴だ。それで僕に白羽の矢が立ったのだろう。もともと特級対魔師零位であるし、分かりやすいプロパガンダのようなものと思っていたのだが……どうやらその認識は甘かったらしい。
身動きができないほどに囲まれた僕は魔法を使ってその場から離脱。とぼとぼと戻って着たというのが現状だ。正直いうと、魔法で突破できないこともないが……こればかりは街中で使うわけにもいかない。
――どうしようか。
と、とりあえず部屋を出て基地内をテキトーにぶらつく。そうしていると僕は先輩に出会った。
「あ、先輩。どうも……」
「あらユリアじゃない。でもなんだか、しょんぼりとしているわね。何かあったの?」
「実は……」
エイラ先輩はとても頼りになる。
そう判断して相談したのだが、これこそが始まりだったことに僕はまだ気がついていなかった。
「ふーん。なるほどねぇ……あ!!」
「どうしたんですか?」
「そういえば……前使ったやつが残ってるわね。それとあれもあるし……」
「え? もしかして妙案が浮かんだんですか?」
「そうね。これは革命的で、前進的で、レボリューションかつ、プログレッシブな案よ」
「は、はぁ……意味が重複してますけど……?」
「とりあえずついて来なさい!」
「せ、先輩……!」
「任せてユリア。あなたの悩み、このエイラが解決してみせるわ!」
「流石、頼りになります!!」
と、間抜けな僕はそのままひょこひょこと先輩の後についていく。
先輩の目には確かな覚悟の炎が宿っていた。
――こんなにも僕のことに一生懸命になってくれるなんて、本当に先輩はいい人だ。
しかしそれはある意味、全くの勘違いであったことに僕は先輩の部屋に入った後に気がつくのだった。
「お邪魔しまーす」
「そこ、座っといて」
「はい」
テーブルのそばにある椅子に腰掛けると、先輩が取り出したのは……ゴスロリ衣装だった。
――え、あれって確か僕が以前先輩に半ば騙されて女装した時に着た……。
ん? 女装。そう女装である。僕の脳内によぎる可能性。
可能性の獣である。
しかし焦ることはない。僕は以前のように、髪は長くない。
どれだけ取り繕っても、このダンディな野性味溢れる男らしい髪型はどうすることもできないのだ(主観)。
「え……?」
だがそれは間違いだった。
唖然とする。先輩がさらに棚から取り出したのは、白く長い髪の毛そのもの。確かウィッグというんだっけ? でもどうしてそれが……それに、その色合いは僕のものと完全に一致している。そして先輩は次々とメイク道具を取り出している。
理解した。先輩の妙案とは、僕に女装をさせるということだった。
うん、逃げよう。
即決だった。
意識して判断ではない。それはもはや無意識の領域での判断だった。
「……」
僕は黙ってスッと立ち上がると、そのままドアの方に向かって……ゆっくりとドアノブを回す。決してバレないように、こっそりと抜け出すのだ。
「ん? あれ? 開かない……それにこれって……」
開かない。なぜか鍵もかかっていないのに、ドアが開かない。それに僕は違和感を覚えて、黄昏眼を展開。するとそこには、大規模な結界が張られていた。
――い、いつの間に!?
と、思った頃には全ての準備が完了した先輩が、まるで獲物を見た魔物のような目線で僕に向けてニヤリと微笑んだ。
その両手にはすでにメイク道具を持っており、さらにこの結界は分厚くなっていく。今の僕でもこれを解除するのは時間がかかるだろうし、先輩に乱暴なことはできない。
つまり僕に残っている選択肢は……。
そして、いつか聞いた言葉が一言一句違わずにリフレインする。
「ふふふ、ユーリア。おめかし、しーましょ?」
あ、死んだ。