第144話 女たちの集い
「……」
葬儀が終了し、シェリーは空を見上げていた。
――きっと先生は待っている。この黄昏の先にある、青空で。ならば自分は進むだけだ。そうだ。先生のためにも、私は成すべきことを成す。
そう改めて心に誓って、彼女は帰路に着こうとすると肩を誰かに軽く叩かれるのだった。
「シェリー。このあと時間ある?」
「エイラ先輩……それに、他の方も」
そう。そこにいたのは、特級対魔師の面々。だがそれは女性陣のみ。
シーラ、イヴ、エイラ、それにリアーヌとノアもいる。
「みんなで食事でもどうかと思って、ね」
「……」
思案する。シェリーは迷っていた。ベルのためにも復讐を成し遂げるのだと、そう誓った。だからこのあとも、朧月夜を身体に馴染ませるためにも訓練をしようと考えていたからだ。だが……エイラからの誘いを断るのも悪いと思う上に、シェリーはリアーヌに負い目があった。
リアーヌに遺言を伝えた時、自分はもっと優しく諭すように伝えることができたのではないか。彼女を真正面から傷つけるような言い方になってしまったのは、やはり良くなったのではないか。
今のリアーヌを見ると、目の周辺は相変わらず軽く赤くなっているもどこか晴れやかな表情をしている。あの時とは打って変わって……。
これもいい機会だと思ってシェリーはその提案を承諾するのだった。
「……わかりました。お付き合いします」
「やったー! じゃあみんなで行こうー!」
「わーい!」
シェリーがそういうと、シーラとノアが反応する。このメンバーでは、その二人が外交的な性格であり、残りのシェリー、エイラ、イヴ、リアーヌはどちらかといえば内向的だ。これもまた色々とバランスがいい感じなっているのだが、彼女たちは知る。アルコールの、恐ろしさというものを。
「ここのお店ね〜」
店自体はシーラがすでに予約していたらしく、街の中にある小さなレストランで食事をすることになった。貸切ではないが、人はかなり少なく、それに中にある隅の方の席を融通してくれた。
内装は派手ではないものの、クラシックな感じに整っておりそれが彼女たちの心を落ち着かせる。まだベルが死んで間もない。それこそ葬儀はつい先ほど終わったのだ。あまり騒ついた場所はよくないだろうという、シーラの配慮が反映された場所だった。
「で、みんなまずは飲み物だけど……何頼む〜? 私はお酒だけど?」
ちなみにここにいるメンバー、シーラとイヴ以外は未成年である。結界都市では18歳からが成人と定められている。そのため飲酒をするのにも、一応18歳からということになっている。と言ってもそれを守らないものも、いるにはいるのだが……。
「……私も、シーラちゃんと同じで」
イヴもまたアルコールを選択。それを聞いて、シェリーもそれに続くのだった。
「私も同じで」
「え? いいの、シェリーちゃん?」
「はい。今日はそういう気分なので」
「……わかったよ」
店側も未成年にアルコールを出すわけにはいかないが、ここの店長とシーラは仲が良く今回ばかりは特別に便宜を図ってもらった。そうして、流石にノアはソフトドリンクだが、残りのエイラとリアーヌも同じものを選択。
こうして女性陣による、飲み会が始まるのだった。
◇
「でさぁ〜、ユリアがさぁ〜、エルフの女にデレデレしててさ〜」
「え!? 先輩!? それ本当ですか!?」
「アレェ? シェリーは、知らないんだっけ〜?」
「知りませんよ!」
「まぁ〜、そういうことよ〜。あのエルフ……確かアイリスとか言ったけど、メチャ美人なのよ。それこそ、リアーヌに匹敵するほどにね〜。んで、あれは完全にユリアに惚れてるわね〜」
「なるほどぉ〜。ユリアさんは、モテるんですねぇ〜」
と、エイラとシェリーの会話に混ざるリアーヌ。ちなみに今は、ノアとシーラは相性が合うのか二人で魔法について色々と議論を交わしている。一方のイヴはいつものように黙ってちびちびと酒を飲んでいる。
そんな中、エイラ、シェリー、リアーヌの3人の話題の中心はユリアだった。それはエイラの愚痴から始まったのだが、予想外に盛り上がってしまう。
「ユリアってばさ〜、誰にでも優しいじゃん? だから勘違いする奴が出るのよね〜」
「あ! それすごいわかります! ユリアって本当に誰にでも優しいですよね!」
「ふーん……誰にでも優しいですか……ふーん、ふーん」
「でね。なんか作戦が終わったら、街を案内するとか言ってたの。それってデートよね?」
「え!? 思いっきりデートじゃないですか!」
「デートですか……ふーん。まぁ、私はユリアさんが誰とデートしようと関係ありませんけど。関係ありませんけど!!」
全員いい感じにアルコールが回ってきたのか、饒舌になってくる。リアーヌも普段は絶対にこのような振る舞いはしないというのに、何やら発言がおかしなことになっている。
「そういえばさぁ……イヴって、ユリアとなんか買い物してたりしてなかった?」
じろ〜と舐めるよう視線がイヴに降り注ぐ。それはもちろんエイラだけではなく、3人のものだった。
「……!!」
流石のイヴもそれには恐れをなしたのか、一瞬だけ体がビクッと反応してしまう。
「な、なんの……ことやら……」
「とぼけても無駄よぉ〜? シェリーとこの目ではっきり見たんだから!」
「そうれふよ!! 私は見ましたよぉ!!」
「へぇ〜、まさかのイヴさんにもねぇ……ユリアさんってば、本当に気が多いんですねぇ……うふふ……」
「……」
怖い。イヴはそう思った。
彼女の酒に対する適性はかなり高い。そこらへんのアルコールでは、全く顔など赤くはならないし、理性が飛ぶことなどもない。
そんなイヴだからこそ、思う。この光景は、なかなかに異様だと。そもそも内向的な彼女は、あまり何かに動じることはない。常にぼーっとしているような感じである。
だが今回ばかりは違う。
明らかに酔っ払っているエイラとシェリー。特にシェリーの方はすでに呂律が怪しい。さらにはリアーヌもどこかおかしい。顔はそれほど赤くはなっていないものの……その目の焦点はどこにあっているのかわからない。虚ろな目をしているも、じーっとイヴを見つめている。
三者三様の変わり様に、イヴは恐怖した。そして内心こう考えていた。
――もう、お家帰りたい
と。
◇
「よしゃあああああ! 次は二次会いくよおおおおおお!!」
『おおおお!!』
それからイヴはしばらく詰問にあった後に、別の場所で二次会をすることになった。もちろん音頭をとるのはシーラの役目だった。
そして、その行く先は公園。だがその公園は、リアーヌにとっては特に思い入れのある場所だった。
そこは小さな公園。ブランコと、砂場と、滑り台があるくらいで規模はそれほど大きくはない。たまに子どもがいるも、閑散としていることの方が多い場所。
しかしここはリアーヌが幼い頃にベルとよく遊んだ場所だった。リアーヌが成長してからも、時々散歩をしにやってくることもあった。
そうして彼女らは適当にアルコール飲料とつまみを集めると、深夜の公園に向かう。提案者はリアーヌだった。ベルとの思い出の場所に行きたいと、彼女はそう言った。
「ベルと私は幼い頃から……そうですね、10年前からここによくきていました。きっとベルもこの場所に戻ってきているのかも、しれません」
『……』
黙ってこの公園を見つめる全員。
この場所にあったのは思い出。
リアーヌとベルが共有した思い出が詰まった場所だ。だからこそ、今は……しんみりとした雰囲気ではなく、騒ぎ出すことにした。リアーヌももう、ずっと嘆いてる場合ではないのだとわかっている。
自分たちは元気だと。あなたが死んでしまったとしても、進む意志はあるのだと。
そう表現したかったのだ。そしてそれはきっと、ベルの望む通りだろう。ベルは、自分の死によって立ち止まっては欲しくなかった。むしろこうして、死を悼みながら、騒いでくれた方が嬉しいと思うに……違いなかった。
そうして彼女たちはさらにアルコールを飲み、その後ドン引きするユリアに出会うことになるのだが、それはまた別の話である。
「……」
――ベル。私は元気でやっているわ。だからどうか待っていて。その青空の果てに、私たちはきっとたどり着くから。
そんなことを思いながら、リアーヌもまたこの場の雰囲気に流されていくのだった。