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第138話 この慟哭を、心に刻む




 地下から外に出た瞬間、僕とシェリーはベルさんが血の海に沈む瞬間を目撃した。互いに言葉など、いらなかった。シェリーはすぐにベルさんの元に駆け寄り、僕は相手の魔人の方へと向かって行った。




「ぐ……くそッ!!」

「……」



 僕は思わず苦言を漏らす。ベルさんが敗北し、僕はその相手とこうして戦っているも……決め手に欠けていた。相手は満身創痍だ。それはその身体に刻まれている傷を見れば明らか。きっとベルさんが自分の命をかけて戦った証拠なのだろう。だからこそ僕は、これを引き継がなければならない。



 この魔人は……ここで殺す。



 先ほどはシェリーが邪魔に入ったが、あれ程、感情的になってしまえばもはやまともな戦闘は不可能。この戦闘についてくることは不可能と判断したからこそ、僕は怒声をあげてシェリーを蹴り飛ばした。



 きっとその意味を、彼女もわかっているだろう。



 そうして相対している魔人だが、完全に防御に専念している。攻撃の意志など垣間見得ない。あるのはただ自分自身を守りきるという不屈の意志のみ。僕は複合短刀マルチプルナイフ炸裂バーストさせて、さらには両足を起点として不可視刀剣インヴィジブルブレードを発動している。この手数ならば、並みの魔人であればすぐに戦闘は終わっているはずだ。しかし流石にベルさんに勝利しただけのことはあるのか、僕の攻撃を全て見切りつつ適正の距離を保っている。近すぎず、離れすぎず、ちょうどいい距離感を保ちつつ、僕の連続攻撃を受け止めていた。



 ――決め手に欠けるッ! くそ、使うしかないかッ!?



 僕にはまだ使っていない能力があるも……それは先ほどの古代蠍エンシェントスコーピオンとの戦闘で疲労しているせいもあり、完全に制御下に収めることができるのか怪しかった。



 そうして僕がわずかに迷っていると、どこからともなく現れた魔人が僕の剣戟を受け止める。




「……ふぅ。間一髪でしたね。アルフレッドさん」

「はぁ……はぁ……はぁ……助かった、アウリール」

「この様子だと、やったんですか?」

「……あぁ。ベルティーナ・ライトは殺した」

「素晴らしい! これは最大の戦果ですよ! さて、と。あとは帰るのみですね」



 僕の攻撃を結界か何かで受け止めつつ、アウリールと呼ばれる魔人は不敵に僕に微笑みかける。



「ユリア・カーティスさん。初めまして。私は聖十二使徒、序列四位。アウリールと申します」

「……黙れッ!!」

「おやおや、荒れていますねぇ……といっても、仲間を殺されて平常心を保てないのは……察しますけどね」



 どうなっている? この目の前にある結界。決して強いものではないはずだ。だというのに破ることはできない。物理に特化したものかと思い、領域拡散ディフュージョンを発動してみるものの、何も変化はない。



 僕はただ呆然と、この結界の前で喚き散らすだけになってしまった。



「では私たちはこれで失礼します」

「……待てッ!!」

「ふふふ。きっと、きっとまた会えますよ。それにあなたたちは、この黄昏の一部の大地を取り戻したのです。誇るといいですよ。では、失礼します……」



 恭しく礼をすると、二人の魔人はそのまま転移の魔法により消えていった。


 まただ。


 また、逃してしまった。


 魔人たちの魔法がどうなっているのか分からない。この黄昏眼トワイライトサイトであっても、捉えられないものがある。この世界は僕の思っている以上に、広いものだと改めて認識する。



 それに以前の時と同じようにこちらは特級対魔師を殺されたというのに、向こうには何も損害はない。



 僕らは進んでいる。確かに、古代蠍エンシェントスコーピオンを倒したことで、この黄昏の地の一部を取り戻せたのかもしれない。きっと、作戦が成功したことで結界都市は湧くだろう。人魔大戦に敗北してから、僕らはやっと前に進むことができたのだから。


 そうだ。作戦は成功だ。目標は撃破できたし、残りの魔物たちもすぐに狩り終わることだろう。


 

 成功だ。成功したの……だが……。



 でもそれは、確かな犠牲の上に成り立っている。だからこそは僕は……ただ手放しで喜ぶことなど、決してできなかった。



 成功はしたが、そこに誇りなど……ありはしなかった。



「……」



 雨が降り注ぐ。それは勢いを増していき、あっという間にこの体はびしょ濡れになってしまう。



 ただただ、情けない。結局のところ、僕の手のひらからはいくつもの命が零れ落ちてしまった。救うことが、できなかった。魔人としての能力を覚醒させ、僕は特級対魔師零位という地位にたどり着いた。でも心のどこかでその事実に驕っていたのではないか、と思ってしまう。


 自分は強い。それに他の特級対魔師も強い。だから大丈夫だと、そう思っていたがそれは、ただの楽観視に過ぎなかった。



 現実に直面できない自分。確かに今までの僕ならば、古代蠍エンシェントスコーピオンをたった一人であんな風に蹂躙はできなかっただろう。



 成長しているし、僕は強くなっている。その自負はあるも……どれだけ強くても、この手から零れ落ちる命は必ずあるのだ。そんな当たり前のことを、僕は分かってはいなかった。




「……」



 天を仰ぐ。依然として、世界は赤黒い紫黒の光である、黄昏に支配されている。



 僕らはどれだけ進めた? きっとそれは……青空にたどり着くまでの道のりの、ほんの一部だけでしかないだろう。だというのに人類最強の剣士を失い、他の対魔師もすでに失っている。得たものに対して、失ったものが多過ぎる。



 特にベルさんが、敗北を喫したのは……何よりも痛手だった。あの誰よりも気高く、誰よりも強い彼女が敗北するだなんて……信じられるわけはないも、僕は視界に捉える。もはや死体に成り下がってしまった、その姿を。



 そして、その亡骸に寄り添うようにして、涙を流しているシェリーを。左目からは涙を流し、右目からは鮮血を流す彼女を見て、僕の心もまた締め付けられるかのような痛みに支配される。



「……」



 黙ってその場に向かう。途中僕は、切断されている腕を発見した。黄昏眼トワイライトサイトを展開している僕は、それがベルさんのものだとすぐに分かった。そうしてその腕を拾い、歩みを進める。



 もはや雨の音で、周囲の音は聞こえづらい。それでも僕ははっきりと告げる。この現実をありありと伝えるのだ。



「シェリー……作戦は成功だ。魔人には逃げられたけど、僕たちはこの大地を取り戻したんだ……」

「……」

「帰ろう。僕たちの故郷に」

「……」

「もうベルさんは……死んでいるんだ……シェリー……」

「……ねぇユリア」

「うん」

「……先生は……強かったわよね?」

「……」



 なんと答えるべきか。


 その亡骸に寄り添うようにして、そして僕に縋るような目を向けてくるシェリー。



『強かったよ。ベルさんは、強かったさ』



 そんな言葉を言うのは簡単だ。


 シェリーがその言葉を求めているのも知っている。


 だがそれは……ただの慰めでしかない。僕が今すべきことは、シェリーに同情して同じ痛みを共有することではない。同じ傷を舐め合い、そうして二人で、たった二人、この場に残されている中で慟哭に身を浸している場合ではない。



 今必要なのは、立ち上がる意志だ。



 左目からは涙を流し、そして縦に綺麗に切断された右目からは鮮血を流すシェリー。その姿を見て、優しい言葉をかけるのがきっと人としての道理なのかもしれない。でも僕は、ここで彼女を立ち止まらせるわけにはいかない。



 ベルさんの死を、無駄にしないためにも。



「……ベルさんは、弱かった」

「……ッ!!」

「だから負けたんだ。分かっているだろう? あの魔人よりも弱いから負けた。ベルさんは弱かったんだ。強くは、なかった」

「……そんなことッ!!」

「否定はできないはずだ。そこにあるベルさんの死体が、それを証明しているじゃないか」

「……どうして、どうしてそんなことを言うの? ユリアは、先生が嫌いなの……?」



 その双眸は告げている。そんなことを言うなんて、信じられないと。どうして同じ気持ちを共有してくれないのかと。そう雄弁に語っていた。


 だが僕は毅然として、否定する。今必要なのは、感情ではない。悲しみではない。慟哭ではない。現実を見つめ、立ち上がる意志こそが僕らには必要なのだ。



「……大好きだったさ。僕だけじゃない。みんな、みんながベルさんのことが好きだった。でも……敗北は、敗北だ。左腕を切断され、こうして息を引き取ったのが、現実なんだ」

「……」

「シェリー、分かっているだろう? あの魔人はベルさんよりも強かったんだ。確かにベルさんは強い対魔師だった。でもそれは人類の中では、だ。上位魔人には及ばなかった。それこそが……現実だ」



 ザーッとバケツをひっくり返したかのような大雨が僕らに降り注ぐ。


 それは僕らの悲しみを表現しているようにも思えた。


 僕だって、こんなことは言いたくはない。こんな非情な現実など、直面したくはない。シェリーの欲する、都合のいい言葉を、綺麗事を僕だって口にしたい。



 互いの心に深く刻まれた、その傷口を舐めあいたい気持ちもある。



 だがそれは、決して許されるものではない。対魔師とはそう言う存在だ。特に僕らは特級対魔師なのだ。立ち止まることは許されない。仲間の死を乗り越え、その先に進み続けなければならない。それがたとえ、どれほどの痛みを伴ったとしても。進むことしか、僕らにはできないのだから……。



「……分かってるッ!! 分かってるわよッ!! 先生は、負けたッ!! 弱いから、あの魔人よりも弱いからッ!! だから負けたのッ!! そんなこと、分かってるッ!! 分かってるけど……けど……ねぇ、ユリア……私は、私はこれから先……どうすればいいの?」



 もう何もわからない。その気持ちはわかる。とめどなく溢れる涙は彼女の感情を如実に物語っている。



 だからこそ、僕は告げる。僕らがこれから進んでいく道筋を。

 


 僕はシェリーに近づいていくと、その場に膝をつけてギュッとシェリーを抱きしめる。互いにもう濡れすぎているも、もうそんなことは気にならなかった。ただただ、この暖かさを、彼女に知って欲しかった。




「……シェリー。進もう。これからも、この黄昏から解放されるまでずっと、歩みを進めよう。立ち止まることは、許されないんだ。ベルさんもきっと、そう思っているはずだ。彼女は僕らに託して逝ったんだ」

「……ユリア……先生は、最期にみんななら……この黄昏の先にある、青空にたどり着けると……そう、そういっていたの」

「うん……」

「その言葉は嘘じゃないって……私たちで……証明……しなくちゃ、ね……」

「あぁ……もちろんだとも。ベルさんの分も、僕らは戦おう。彼女の死を背負って、この先も……進んでいこう……」

「うん……うん……!」

「……」



 そうして僕らはしばらく抱き合ったまま、いた。


 決して今日の出来事を忘れないように……そう心に刻みながら――。



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