第134話 蹂躙
「さぁ、僕の箱庭で踊りな……」
ノアが解放したそれは、三大難問の一つを解決し実用化したものである。
その名は、擬似永久機関。
擬似という名称がついているのは、まだ完全な永久機関には至っていないためだが、それでも一時的とはいえ彼は永久機関を扱えるのだ。この場合の永久機関は永続的に魔素が使用できるという意味合いである。
魔素は使えば消える。そのため必ず魔法の使用にはわずかにだがタイムラグというものが生じてしまう。それはどれだけ魔法に長けている対魔師、特級対魔師でさえ例外ではないのだ。そしてそれは魔人であってさえも……。
だがノアが使用した擬似永久機関ならばその心配などいらない。なぜならばそこには秩序立って揃った魔素があり、それはどれだけ使ったとしてもなくなることはないのだから。
今この空間に至っては、さらにそれはノアだけに限定されるが彼女は永続的に魔法を使用できる。
「――流星接続」
そうしてノアがこの大規模な地下空間で選択した魔法は光魔法の一種である、流星接続。これは以前ユリアが使ったものと同様だが、その本質は接続にある。これはノアが指定した座標にポイントを打ち込み、それを繋ぐようにして流星が発動するものである。そのポイントは最低二つあればいいが、実質的にそのポイントの指定はノアの自由在在。それにポイントを入れ替えることも可能。
まさに縦横無尽のレーザーといったところだろうか。それに加えて、擬似永久機関を発動しているため、この空間では一時的に彼だけが永久的に魔素を使用できる。つまりは、その接続は無限大。ノアの思うがままに、流星を繋ぎ続けることができるのだ。
「さぁ、貫かれろ……」
スッと右手を掲げると、彼女は座標の中にポイントを指定。そうして放たれる。その擬似永久機関を利用した、最高峰の魔法が。
『キィイイイアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』
室内だからか、悲鳴がよく響き渡る。それはその場にいる大量の蠍のものだが、その悲痛な音は間違いなく悲鳴。ノアの流星接続は指定したポイントを繋ぐようにして発動。それはその場にいた、蠍を一気に何十体も貫いて、絶命させた。
「……さて、まだまだいくよ」
そうしてノアはさらに座標を設定。ポイントを次は4箇所に増やすと、四角い形の流星が出現し、そのまま蠍の厚い外殻を物ともせずに貫いていく。
鮮血。その場に沈み込んでいく、大量の蠍たち。そうして、気がついた。この場にいる対魔師の中で最も脅威であるのは、ノアであると。大量の蠍は一斉にノアに襲いかかる。
だがそれを見逃すほど、周りにいた対魔師は甘くはない。
「ノアッ!! さっさとやっちゃいなさいッ!!」
「ありがとう、エイラさん!」
エイラを含めて、魔法に長けた対魔師が氷の壁を生成。それに阻まれた蠍はそのまま流星接続の餌食となっていく。雑魚は問題はない。あと数十分もすれば、ノアのその魔法が全てを片付けることだろう。だが問題は、古代蠍だ。
次々と沈みゆく、蠍。その中で唯一ユリアだけが、未だに相手との距離感を図っていた。
◇
「……」
後ろを見るまでもなかった。ノアを含めて、他の対魔師たちが周囲にいる大量の雑魚の相手をしてくれている。そうして自然と僕とこの古代蠍が一対一で相対することとなった。
見据える。僕の双眸はすでに、黄昏眼を完全に解放している。この状況を作り出してくれた皆には感謝しなくてはいけない。そもそも、これは段取り通りであった。おそらく、古代蠍は大量の蠍を引き連れているだろうと作戦司令部では予想されていた。
そのため雑魚の処理はノアの魔法と先輩たちのサポートに任せて、この古代蠍は僕とベルさんが戦う予定になっていたが……今、ベルさんはいない。
あの状況では、僕かベルさんどちらかが残るしかなかった。あの魔素の気配からして、相手は魔人。それもかなり上位のものだろう。それこそ、クレアに匹敵するほどの。ベルさんを信じていないわけではない。だがそれでも心配だった。僕が戦ったほうがいいのではないか。ベルさんに任せてもいいのか。そんなことを考えている間に、ベルさんはすぐに判断を下した。
自分が残り、あとは僕らに任せるのだと。今回ばかりは、僕は自分の未熟さを恥じた。ベルさんのように、どんな時もすぐに判断を下せるようにならなければならない。まだ15歳であっても、僕は特級対魔師序列零位なのだ。今回の戦闘が終わった際には、ベルさんにお礼を言っておこう。
と、そんな思案をしている間にも相手の古代蠍はは動き始めていた。
「キィイイイイイイイイイイイイアアアアアアアアアアアアッ!!」
尻尾を天高く上げて、周囲に撒き散らすその毒はかなり強力な酸性なのか、飛び散った箇所を確実にドロドロに溶かしていた。
――なるほど。被弾すれば、致命傷になりうる。だが……。
こんな大雑把な攻撃、当たるわけがない。僕は降り注ぐその毒の間を縫うように駆けていくと、複合短刀を展開。そうしてその勢いのまま、炸裂を発動。
「――炸裂」
二本の複合短刀から伸びていく幾重もの限りなく細い不可視刀剣は、そのまま絡み合うようにして、相手に向かっていく。その軌道は僕ですら読むことはできない。完全にランダムに動くそれは、目には見えない上に無秩序な軌道を描きながら進んでいき……古代蠍の脳天を貫く……かに思えた。
「……掻き消された?」
そう呟く。そういえば、アリエスの言っていた言葉を僕は思い出してた。曰く、魔法が通用しない……とか。魔法が通用しない。つまりは魔法を無力化する手段を持っているということだが、人類はその領域にはない。だが僕は知っている。理論としては、魔法は無効化できるものだと。
理屈としては、こうだ。魔法とは、元々この世界にばら撒かれている魔素を通じてイメージを世界に具現化させて定着させるものである。つまりは魔法とは魔素からできていると言い換えることができる。ならばあとは簡単である。魔法を構成している魔素を拡散する魔法があれば、無効化できるということだ。
僕はアリエスにその話を聞いてから、そう結論づけていた。そもそもこの世界に完全な意味で魔法を消すことができる存在などいない。なぜならば、魔法とは魔素であり、魔素とは生物を構成している要素の一つでもあるのだから。
そうして今回の件でわかった。この古代蠍は、局所的に魔法を消すことができるのだと。
「……これで、いくか」
ボソッと呟くと、僕は複合短刀を納刀する。そうして両手を広げると、ある魔法を発動する。
「――爆裂四散」
それは、不可視刀剣を両手の五本指、合わせて十本から生み出して、そのままそれをさらに枝分かれするようにして分岐させていく。その数は、10から20、さらに50と増えていき、細かい不可視刀剣の数は100を超える。そうしてそれを炸裂させていく。複合短刀を使っている時のように、細かい操作は難しいが今はそれでよかった。相手の無効化の魔法を突破するならば、物量に限る。それはこの戦闘を開始する前から決めていたことだ。
もちろん、これが通用しなかった時の手段は別に考えていたが僕の発動した爆裂四散は初めはいくつか掻き消されてしまうも、そのまま残りのものは相手の体を貫いていく。
「キィイイイイイイイイイイイイアアアアアアアアアアアアッ!!」
今回は威嚇ではなく、ただの悲鳴。その痛みのあまり悶えているのが、よくわかる。僕はそれを淡々と見ていると、爆裂四散が全て終了したのを確認する。初めて使って見た魔法だが、これは集団戦にも使えるかもしれない。そんなことを考えながら、もはや死に体となった古代蠍にゆっくりと近づいていく。
「ぐ……う……う……この……人間、風情……がぁ……」
「……まだ生きているのか。意外にしぶといな」
すでに地面に伏して、大量の血液を垂れ流しているそれはもはや哀れでしかない。身体中には貫かれた跡があり、その穴という穴から体液が流れ出している。このまま放っておいても死ぬだろうが、トドメを刺しておくか。そう判断して、僕は複合短刀を一本取り出すと、そのまま不可視刀剣を発動。
「……終わりだ」
改めて脳天を抉るようにして、不可視刀剣を突き刺す。するとビクッと体全体が一瞬だけ浮き上がり……そのままゆっくりと息を引き取るようにして地に伏せる。僕は黄昏眼で改めて、古代蠍を見つめると完全に魔素が流れ切っていた。もう、固有領域も有してはない。
「ふぅ……」
一息つくと、僕は後ろを確認する。すると先輩が手を上げながら、僕の方に向かってくる。
「ユリア、流石ね」
「そちらこそ。犠牲者は?」
「ゼロよ。負傷者もないわ。ノアが思った以上に働いてくれたから」
ノアを見ると、地面に座っているも少し疲れている様子だった。
「欠乏症ですか?」
「えぇ。少し張り切りすぎたみたい。でもすぐ治るわ」
「そうですか。さて、報告しましょうか……」
僕が通信魔法を使用しようとした瞬間、さらに奥の方でガチャリと大きな音が響く。
「……敵なの?」
「いやこれは……」
僕はその気配を感じ取るも、それはよく見知った人間のものだった。
「あれ? ユリアに、先輩……ですか?」
そう。やってきたのはシェリーだった。
「シェリー。どうしてこんなところに……隊はどうなったの?」
「それが……」
そうして僕と先輩はシェリーから話を聞いた。魔人と遭遇し、そのまま地下に落とされてシェリーはたった一人で彷徨っていたのだと。そうして大きな魔素がある方にやってくると、そこには僕たちがいたらしい。
「なるほど。ともかく今は、連絡したいところだけど……」
僕はそう言いかけて、上を見つめる。
「ユリア、何かあったの?」
「ベルさんはまだ戦っている。魔人、それも上位魔人と」
「先生が?」
「うん。ここにくる前に、ベルさんが引き受けたんだ。でもこっちは全て終わったし、今からでも遅くはない」
「私もいくわ」
「わかったよ。先輩、すいませんが……」
「わかってるわ。ユリアとシェリーで行ってきなさい。事後処理と報告は、こっちでやっておくから」
「助かります。行こう、シェリー」
「……わかったわ」
僕とシェリーはそのまま来た道を戻っていく。ベルさんはもしかしたら、存外苦戦しているのかもしれない。この地下空間にいるというのに、僕は地上にある膨大な二つの魔素を感じ取っている。おそらく戦闘の真っ只中。早く、出来るだけ早く行こう。
それは予感だ。嫌な予感。ただの直感でしかない。ベルさんを信じていない訳ではない。でもここにくる前にみた、彼女の表情。それは何かを覚悟したような……そんな表情だった。
こうして僕とシェリーは、そのままベルさんの元へと急いでいくのだった。