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第133話 Bertina's perspective 6:この身体に、刻まれている



「……ぐッ!!」

「……」



 体が軽い。腕がなくなったから物理的に軽くなった、という意味合いではない。私を構成している全てが、今はとても軽い気がした。



 動く。体が、とてもよく動く。なぜだろうか。もう腕はない。私の左腕は、もう決して戻ってこないというのに、この身体はおそらく今までの人生の中で最高のパフォーマンスを発揮している。



「……くそッ!! どうなってやがるッ!!?」



 私が相手の立場だったら、同じ苦言を呈しているだろう。左腕は落ちてしまい、右手だけで振るう刀。一方の相手は両手でしっかりと刀を握りしめている。どちらが勝つかなど、聞くまでもない。腕を失った方が無残に負ける。そうに決まっている。



 だが私は、諦める気など毛頭なかった。腕がない? ならば、腕がないという前提で戦えばいいではないか。この命はまだ終わっていない。まだ私は戦える。腕の一本が無くなろうが、そんなことはどうでもいい。



 ただ、斬って捨てる。それだけ。それだけをこなすことができれば、いいのだから。




「……」




 没頭。ただただ、この戦闘に没入していく。おそらく現在は互角。互いの剣撃は同じ次元までに高められている。その理由はやはり、私がこの左腕を在るものと認識して戦っていることにあるだろう。



 上下左右。縦横無尽に振るわれる剣撃を、私は確実に受け止めていた。この右手だけで。



 だがそれは、厳密な意味では正しくない。おそらく私の脳は、左腕をあるものとして認識している。そう、つまりは私は左腕があると仮定して戦っているのだ。



 イメージしている。確かに私の左手は存在していて、両手でしっかりとこの魔剣、朧月夜を握りしめているのだと。これは何の能力なのか。すでに死に体である私への最期の贈り物なのだろうか。



 人間には奇妙な現象があって、その中に幻肢痛というものがある。これはたとえば、切断されたはずの四肢が痛むと感じる現象である。これは珍しいものの、確かに実例として存在している。私の場合は痛みは感じていない。ただこの身体が刀を握りしめていると錯覚しているだけなのかもしれない。だがこの幻肢のおかげで、私はまだ戦えている。



 おそらくだが、私は何百、何千、何万、何百万、何千万回と刀を振るってきた結果だと思っている。その結果、私の身体がおぼえている。どのように刀を振るい、どのように身体を動かすべきなのか。



 それはもはや意識的な領域にはない。無意識下に刷り込まれたそれは、私の体を通じてこの世界に定着する。



 物理的に握っているこの右手があれば十分だ。


 あとは、この身体が憶えているのだから。


 刻み込まれたそれを、この世界に私は顕在化するだけでいい。




「……すぅううううううううううう、はぁぁぁあああああ」




 深呼吸。ここまでの剣戟は探り合い。ここから先は、互いの真価を発揮する時だろう。私は握りしめている朧月夜を納刀。そして腰を低くして、構えを取る。



 秘剣。腕一本で再現するのは、不可能。あの少佐でさえも、最期の戦いでは腕を弾き飛ばされ秘剣を出すこともなく敗北してしまった。だが今の私は違う。この左腕はあるのだ。確かに私の脳内に刻み込まれている。ならば、何も恐れることはない。いつものように、もはや呼吸と同じ所作のレベルまで落とし込んでいる秘剣をこの世界に映し出せばいい。



「――第八秘剣、紫電一閃」



 それは超高速の電磁抜刀術。私の有する秘剣の中でももっと汎用性が高いものだ。そしてこれは、10年前にこの魔人に致命傷を負わせたもの。苦手意識がどこかにあるのかもしれない。


 その判断から、私は紫電一閃を発動することに決めた。



「そうくるか。ならば……」



 相手がそう呟くも、もう遅い。完全に私の射程圏内。ここからこの紫電一閃に間に合わせることは不可能。それこそ、私と同じこの秘剣を扱うことでしか……。そう思っていると、そのありえない仮定は現実となってしまう。




 キィイイイイイイイイイイン、と互いの刃が交錯する。甲高い音が耳をつくも、私はそんなことは気になってはいなかった。今はただただ、唖然としている。だって相手が使ったのは全く同じ秘剣。どうして、どうしてこいつが秘剣を使えるんだ。私はその思考に一瞬支配されそうになるも、今は戦闘中だ。ただ戦うのみ。そう己を奮い立たせて、もう一度距離を取る。




「どうして同じ秘剣を使えるのか、って表情かおしてるな」

「……」

「教えてやるよ。俺の剣は、あらゆる剣戟を盗み取る。お前たち人間が使っているそれは、100年前の人魔大戦時に俺がすでに盗んである。知っているとも。お前が使う、十の秘剣全てをな」

「……」



 十の秘剣。当たっている。私が師匠から引き継ぎ、そしてそれをシェリーちゃんに伝えた秘剣は十しか存在しない。


 ――当てずっぽう? それともただ適当を言っているだけ?


 と、少し思ってしまうがそんなことはない。私の目は確かに捉えた。もう何度発動したか分からないその秘剣を。




「来いよ、その全てを打ち砕いてやる。もうあの時のように、驕りはしない。その悉くを打ち砕いてやるよ」

「……殺す」



 そう呟いて、私は再びこの黄昏に支配された広大な大地を駆けていく。




 ◇




「――第四秘剣、雪萼霜葩せつがくそうは

「――第四秘剣、雪萼霜葩せつがくそうは



 完全に同じ。互いに放つのは、第四秘剣、雪萼霜葩せつがくそうは。それは刀から冰気を放つものだ。その射線に入るものは、全てが凍りつく。たが全く同じ威力で放たれたそれは、相殺しあって空中に霧散していく。


 パラパラと舞う砕けた氷を縫うようにして向かっていくと、私はさらに秘剣を重ねる。



「――第二秘剣、百花繚乱」



 その秘剣は百に迫る連続攻撃を続ける。すでに体は憶えている。この秘剣のたどり着く先へと。だが今回も私がそれを発動した瞬間に、相手もまた同じ秘剣を発動する。そうして互いの攻撃は全く完全に打ち消しあってしまう。


 互いにもう一度距離を取り、構える。もうこの感覚での戦闘も慣れた。むしろ、左腕があった時よりも私は戦えているのかもしれない。背水の陣か、それとも何かの能力が覚醒したのかは知らないが、勝てるならば……こいつを殺しきることができるのならば、どうだっていい。



 私は改めて、相手の動きを見る。そうしていると魔人は口を開き始める。



「懐かしい技だ……」



 そう呟く魔人はどこか懐かしそうな目をする。おそらく想起しているのは、100年前の人魔大戦。この秘剣は代々ずっと引き継がれてきたものだと聞いている。それがまさか、相手に完全に模倣されているとは知らなかったが……。



「ベルティーナ・ライト。お前のそれは、百年前のあいつを思い出させる。奴に匹敵するか、またはそれ以上か。いいぜぇ……楽しくなってきやがった」

「……」



 私とは対照的に、よく喋るやつだ。そう思った。


 おそらくは興奮ゆえに、問いかけているのだろうが……そんな思い出話に付き合う気はない。こいつは少佐の敵なのだ。絶対、何があろうとも殺さなければならない。たとえそれがこの命を散らすことになったとしても、私はこの魔人を殺す。そうあの日に、落涙と共に誓ったのだから。



 復讐を果たす。



 敬愛し、尊敬し、心から愛した彼の復讐を今ここで果たすのだ。そのためならば、私は喜んで悪魔にだって魂を売ろう。人類のために戦っているのは間違いないが、今の私は完全に私情だけでこの刀を振るっている。だが魔人を殺すことは、人間にとっても大きな進歩になり得る。だから私は、この感情に身を任せる。



「ベルティーナ・ライト。お前の全てを上回り、そしてお前の剣を奪い俺はさらに高みに行く。その贄になっても、文句は言うまいな?」

「……黙れ。お前は絶対に……殺す」

「そうだ。その目だ。あの時と同じ、その殺意に満ちた目だ。さぁ、もっと俺を楽しませてくれッ!!」




 私たちは再び剣戟を交わす。時間感覚は完全に喪失。ただ目の前の敵を殺すことに没頭する。私の感覚はさらに鋭く、さらに速くなっていく。おそらく私の能力のピークはここだ。きっと、きっと私はたどり着ける。人の外の領域へ。この魔人と斬り合っているからこそ、わかる。私はその先にたどり着ける器なのだと。



 刹那、身体が燃えるように熱く、熱くなっていく。


 この現象は黄昏症候群トワイライトシンドロームだ。すでに末期を迎えている私は、度々この現象に身を焦がしていた。比喩的な意味ではない。実際に私は身体を内側から灼かれるように燃やされているのだ。



 ――こんな時に、どうして……。



 そう思うも、それを止めることは叶わない。この身体を動かし、刀を振るい、敵の攻撃を受け止めるたびに、私は徐々にその現象が加速していくのを感じていた。



 熱い、熱い、熱い。本当に火炙りにされているかのように、身体が燃え上がっている感覚。でも止まることはできない。もう私は死んでしまったとしても、この刀を振るう自身の体を制御することは不可能だと分かっていた。



 死地に足を踏み込んでいる。それはもう、疑いようがなかった。



 でもどうしてだろう? 私はまだ死んでいない。体も痛みはあるも、動いている。



「まさか、テメェ……」

「……」



 鍔迫り合いをしながら、相手の双眸を見つめる。そこにあるのは、焦りだ。だが魔人は何を焦っている? そしてこの私の身には何が起こっている?



 ドクン。



 心臓が跳ねる。身体が血液を全身に送り込み、そして……刻印が全てこの朧月夜に吸い込まれていくのを私は感覚的に理解していた。



 黄昏症候群トワイライトシンドローム



 それは決して治ることのない、不治の病。今まで数多くの対魔師を殺し、特級対魔師でさえ、その運命に抗えることはなかった。しかし人間は進化する生き物である。克服できないからといって、それが永遠に続くとは限らない。未来さきのことなど、誰にもわからないのだから。



「……熱い」



 そう。熱いのだ。そして鍔迫り合いをしているこの魔剣、朧月夜が真っ赤に燃えがるように発光していく。この魔剣は黄昏症候群トワイライトシンドロームを吸収しているのか? この黄昏に侵された体はもしかして……。




 そうして私は至る。人類初の、黄昏症候群トワイライトシンドロームを克服した人間に。



 人の領域の外側に、私はたどり着いたのだ。少佐も、その少佐の師匠も、この朧月夜を使用していた剣士が誰一人としてたどり着けなかった場所に私は辿り着いたのだ。



 人の意志を引き継ぎ、人の死を背負い続けた人類の終着点。



 もう私を止められるものなど、いなかった。



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