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第131話 新たなる戦場




 作戦が始まった。僕ら第一小隊は、目標の地下施設を叩くということでその場所に向かっていた。紺青を基調とし、鋼色の縁取りをした軍服に身を通した今日はいつもより重みがあった気がした。



 作戦開始前は第一小隊の皆は、全員が緊張感に包まれていた。いや、確かノアはいつも通り飄々としていた気もするが流石に場の雰囲気に飲まれているのか、それとも空気を読んでいるのか、ただ静かに先輩のそばにぴったりくっ付いていた。



 そして、僕ら第一小隊は黄昏危険区域レベル3へと向かう。第一拠点からそこに向かうまでの道のり。それはいつものように進めば進むほど黄昏が濃くなっていく。周囲にある木々もまた、黄昏に侵されているのか紫黒に染まっておりこの赤黒い空にその枝を伸ばしていた。



 この世界でも草木は育つ。植物は黄昏に侵されているも、異形とかしながらもこの世界で確かに生きているのだ。それらを横目に見ながら進んで行くと、目標の場所にたどり着いた。



 完全にこの区域の地形は把握している。魔素の量的にもこの下に膨大な地下施設があるに違いない。僕らの小隊は、そのまま地下施設へと歩みを進めようとする。事前にこの場所のことは調べてあり、入り口は大体把握していた。僕は黄昏眼トワイライトサイトで該当箇所を発見すると、隣にいるベルさんにそれを告げる。



「ありました、ベルさん。ここです」

「……間違いない、ね」



 そうして僕が先頭となり、ベルさんがその後ろを追随するようにして付いてくるが……。僕だけではない、この場にいる対魔師は感じ取っていた。別に知覚系統の特異能力エクストラは必要ない。そう、必要はないほどに感じ取れるそれは明らかな敵対の意志が込められたもの。



 文字通り、殺気。でもその殺意は僕ら小隊に注がれているものではない。たった一人の、ある人物にそれは集中していた。



「……みんなッ!! 行ってッ!! 早くッ!!」



 珍しく、いや初めて聞くベルさんの大声に僕はハッとする。



 ――ベルさん、あなたはもしかして……。



「ユリア君、ごめんね。みんなを……頼んだよ。私は……ここで足止めをするから」

「ベルさん……必ず目標を撃破したら、助けに戻ります」

「うん……でも、その前に私がこいつを殺してるから……心配は無用……だよ」

「……わかりました。ご武運を」




 一瞬。その刹那の間、僕は迷った。ここは流石に援護をすべきではないだろうか。そう思うも、ベルさんのその燃え上がるような双眸を見て、理解した。彼女はたった一人で立ち向かう気だ。それにどのみち、作戦を実行するならば誰かが足止めをして、誰かが進まなければならない。



 おそらく、その殺気を撒き散らしている魔人もそれを理解した上でベルさんを誘い出したのだろう。求めるのは一騎打ち。その他の人間の命など、まるで必要ないと言わんばかりだ。



 相手の魔人は、おそらく上位魔人。魔人の中には飛び抜けて戦闘力が高いものが存在する。それは今まで人間が誰一人として打ち取ることができなかった存在。おそらく、僕の妹であるクレアもその一人だが今回は完全に別の個体だった。溢れ出る殺気、それにその魔素は尋常ではない圧力を放っていた。まるで殺気と魔素を混ぜ合わせて、それを幾重にも重ねるようにしてコートのように着込んでいるような感覚。



 はっきり言って、ゾッとする。あのクレアでもここまでのものではなかった。一概に殺気と魔素だけで相手の力量は測ることはできない。それでも、僕は心配だった。上位魔人にベルさんはたった一人で立ち向かうという事実が。



「ユリア、心配なの?」

「先輩……」



 ベルさんが離脱したことで、僕の隣にはその代わりとして先輩が来ていた。前衛を任せることはできないが、指揮はできる。今回のようなパターンになった時はあらかじめこのようにすると段取りは決めてあったのだ。後方は、他の一級対魔師とノアに任せてる。ノアの実力は、すでに先輩も認めているところらしい。



「あれは上位魔人です……ベルさんでも勝てる保証はありません。でも僕が加勢すればきっと……」

「でもそうすると、この小隊は一気に崩れるわ。ユリアが最前線を切り開くしかないのよ。そう言う風に構成されているんだから。理解しているんでしょ?」

「はい……そうですね。ベルさんを信じます。彼女は人類最強の剣士ですから」

「そうよ。ベルが負けるなんて、ありえない。ベルはいつだって、勝利してきた。今日も同じよ」

「……はい」



 そう先輩と話すことで、僕は心を落ち着けることができた。そうだ。心配することはベルさんを信じていないと言っているようなものだ。僕は信じる。彼女ならばきっと、あの魔人に勝てるのだと。人類最強の剣士は負けることはない。ならば今は、目の前の作戦に集中すべきだ。



「……おかしいですね」

「何かあったのユリア?」

「いえ……下に降りても先が見えないので」

「でも灯りはついているから、大丈夫なんじゃない?」

「……黄昏眼トワイライトサイトが反応しません。今は何の魔素の痕跡も掴めないんです。意図的にそうしている……いや、誘っているのか? もしかして僕の能力を知っている? 知っているにしても情報は……まさか、先ほどのことといい……魔人が絡んでいるのか?」



 脳内に複数の可能性が過ぎる。そもそもどうして魔人はやって来た。ベルさんを狙い撃ちにするにも、こちらの動きを把握していたのか? それに古代蠍エンシェントスコーピオンは知性があり、会話をすることが可能と言っていた。と言うことは、裏にはもしかして……魔人でもいるのか?



「ユリア、これからどうす――」



 先輩の言葉は途中で途切れた。



「……崩壊ッ!?」



 やられた。完全に嵌められたようだ。地面は崩壊を始め、そのまま僕ら第一小隊の人間は瓦礫と共にさらに下の階層へと落とされて行く。もちろんそんなことでは、死ぬことはない。ここにいる全員は戦闘経験が豊富だ。万が一の事態にも、確かな備えができるメンバーを揃えてある。



 そうして僕らはそのままさらなる地下に落とされて行くと、そこは広い空間だった。ただのだだっ広い空間だが、僕は黄昏眼トワイライトサイトを向けると感じ取った。間違いない。この固有領域パーソナルフィールドと魔素形態は見慣れたスコーピオンのものだ。だがしかし、それはあまりにも異質で大きい。そして巨大な地響きがしたと思いきや、その姿を眼の前に表す古代蠍エンシェントスコーピオン



 全体は紫黒に染まっており、その巨大な尻尾は天にも届きそうな勢いでそそり立っていた。後ろにはゾロゾロと部下なのか、普通のスコーピオンもいる。僕らはすぐに戦闘態勢に入るも、意外にもすぐには戦闘にはならなかった。



「ようこそ、人間の諸君」



 そう告げる声は、どこまでも低い。おおよそ生物の発声器官とは思えないほどだ。



「……お前が、エルフの村を」

「……その通り。しかしそれは道理だろう。弱者は強者に虐げられる。そのことは誰よりも理解しているのではないか。ユリア・カーティスよ」

「……魔人とつながっているようだな」

「然り。しかしそれは今は重要ではない。この領域に入った瞬間に、貴様たちの敗北は必然。さぁ宴を始めようではないか」



 瞬間、全ての明かりが消えていく。



 ――まずいッ! 



 僕はすぐに黄昏眼トワイライトサイトの出力を上げて、周囲の状況を把握する。もちろんここにいる対魔師は暗闇でも戦闘ができるように訓練はされている。それは特異能力エクストラによるものだが、流石にこの状況での戦闘は予測していない。他の対魔師は大丈夫なのか……と、考えた刹那。



 僕はある人物の声を聞いた。




「――擬似永久機関ピーエムシー



 刹那、この場が眩い光に包まれる。


 僕は初めて見るがこれが、Perpetual Motion of Code.


 ノア・バイルシュミットの真髄である、三大難問の一つである永久機関を解き明かした理論。これこそが、PMC理論(セオリー)



 こうして僕らは知ることになる。魔法の真髄を極めた存在である、天才の領域というものを。



「……さぁ、僕と踊ろうよ」



 にこりと微笑むその姿は、天使か悪魔か……それとも……。



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