表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
118/210

第118話 Bertina's perspective 3:その純潔を散らす



「……」

「……」



 互いに構えをとって、ジリジリと距離を詰める。少佐が私に訓練を課すと言うことで、演習場にやってきたが……久しぶりに感じるこの空気感。


 もうどれほどの時間が経過したかわからない。数秒なのか、数分なのか、数時間なのか……そんな時間感覚が消失してしまうほど、この状況に没頭していた。



 互いに持つのは真剣。少佐が持っているのはただの剣だ。何の変哲も無い、ブロードソード。一方の私は朧月夜。剣の性能だけでいえば、私の方が上だ。だがそれでも、私は自分が優位だとは到底思えなかった。



 改めて思うが……少佐の本気にはゾッとする。今までの鍛錬で私は技術的な部分だけでなく、精神的な部分も鍛えてもらった。腕が刎ねようが、脚が刎ねようが、相手に立ち向かうだけの気力はある。死は怖く無い。痛みも怖くは無い。意識的にはそう思っている。



 それでも本能的な恐怖というものは完全に消し去ることは不可能だと、少佐は言っていた。大切なのはその恐怖心を受け入れるということ。逃げるのでは無い。立ち向かうその心意気こそが、強さの根源なのだと私は嫌というほど教えられたのだから。



「――シッ!」



 先に動いたのは少佐だった。突きによる一閃。それは脳天めがけたものだが、私はそれを知覚すると頭を僅かに左にズラして躱すとそのまま袈裟を薙ぐようにして、刀を振るう。もちろん少佐はその行動を読んでいて、そこに彼の姿はすでになかった。



「……やるな、ベル」

「……どうも」



 私は後方を見ることなく、その剣を受けていた。後ろに気配があるのは気がついていた。それを特異能力エクストラでさらに詳細に相手の動きを掴むと、後ろに刀を回しただけで攻撃を受け止める。おそらく、身体能力だけでいうならば私の方が上だろう。少佐の肉体はすでにピークをとっくに過ぎている。一方の私は、今がまさにピークの頂点。今ならば、どんな相手にも負けないという自負があった。



 だが私は、その認識がまだまだ甘いことを嫌というほど刻み付けられることになる。



「……だが、まだまだひよっこだな」

「……な、は?」



 そう。今まさに次の攻撃に移ろうとしていた矢先、少佐の姿が消失。次の瞬間には、自分の喉元に刃が突きつけられているのだと理解した。これが仮に、戦場だったならば喉仏を貫かれて私は絶命していただろう。



 少佐は剣を下げると、そのまま腰にある鞘にそれを収める。



「ふぅ……それにしても、体のキレだけでいうならもう敵わないな」

「……嫌味ですか?」

「嫌味? いや、事実だ。お前も分かっているだろう、そのことは」

「まぁ……身体能力だけでいうなら……そうかもだけど……勝てないなら、意味ないし……」

「ま、まだ負けるほど俺の技量は衰えちゃいない。身体技能が劣るなら、ここを使えばいいからな」



 トントンと頭を叩く少佐を見て、私は少しムカッとする。だってそれは、私には考える脳みそがないと言っているようなものだから。



「なんですか……バカにしているんですか……」

「ははは。お前らしいな、でもこればかりは経験がものいうからな。きっと俺程度の小細工は……そうだな、一年後のお前には俺はもう勝てないだろう」

「……私は今勝ちたいのに……」

「ふ、負けず嫌いは相変わらずだな」



 ポンポンと頭を叩かれる。私は昔からそれをされると、どうにも言い返せなくなってしまう。もう20歳も過ぎたというのに、これでは子どもじゃないか……そう思うも私はどこか心地よかった。この関係に満たされていた。友人もいなく、軍の中で孤立している私にずっと寄り添ってくれる少佐。きっと今の私は顔が真っ赤になっていることだろう。



 でもその感情はきっと……。



「なんだ? 顔を真っ赤にして。そんなに悔しいのか?」

「……そうッ! 悔しいのッ!」

「うお……なんだよ、急にキレんなよ」



 悔しいわけではない。私が急に喚いたのは、自分の心に眠っている感情に蓋をするためだ。だってこれは、抱いてはいけないものだから。



 少佐には、奥さんと子どもがいたらしい。でも二人とも病で死んでしまった。都市間の移動の際に、わずかに黄昏の濃いところに行ってしまった。それだけで、二人ともに黄昏病に侵されすぐに他界。その話を過去に聞いた時、少佐はまだ子どものこと……それにその奥さんを愛しているのだと分かった。



 私に振り向くことは決してない。きっと子ども程度にしか思われていないのだろう。でもそれでよかった。私も無理に関係を進めようなどとは思いはしない。ずっと師弟関係のままでいい。



 しかし、刻一刻と別れの時が近づいてくるのを私はまだ気がついていなかった。




 ◇



「う……がはっ!!」

「少佐、どうしたんですか!?」



 彼の私室で次の作戦の内容を聞いていると、急に咳き込んだと思いきや……吐血。机の上に大量の血液が飛び散る。



「す、すぐに病院に……!!」

「いい。行くな……」

「ど、どうして……!? だってこんなにも血が……!!?」

「あー、くそ。とうとうやっちまったか……」



 彼は口元を拭いながら、私の目を見つめる。きっと今の私は泣きそうな顔をしているだろう。だって誰よりも強い師匠が、こんなことで……死ぬわけがない。絶対に、絶対に彼だけは死なない。その強さがあれば、この過酷な世界でも生き残れる。そう……そう思っていたのに、唐突に見せられたそれは私の心を揺さぶるに十分なものだった。



「ベル……正直に言う。俺の体は、もう……あまり保たない……」

「そんなッ!」

「黄昏病だ。俺ももう……かなり長い時間、黄昏の濃いところで戦ってきたからな。まぁ対魔師の宿命ってやつだ」



 対魔師の宿命。それはつまり、短命ということを指しているがその死因は主に二つある。一つは、黄昏にいる魔族に呆気なく殺されてしまうこと。もう一つは魔族に抵抗できるだけの能力がありながらも、絶対に訪れる運命。


 それが黄昏病だ。その病には誰も勝てない。今までいた特級対魔師は、ほとんどが黄昏病で死んでいる。知っていたとも。少佐もいずれ、そうなるのかもしれないと……でも、どうして、どうしてこのタイミングなのか……この運命を呪わずにはいられない。



「少佐、あとどれくらい……どれくらい……時間は……」



 もう涙で前が見えなかった。それでも私は知る必要があった。別れる準備はしておきたかったから。



「一年は保たないだろうと言われている……」

「一年もない……そんな……」



 がくりとうなだれる。誰よりも強くて、誰よりも気高い彼が、死んでしまうなんて予想できない。どうして……どうして……そんな風に慟哭に浸っていても、意味はないのだと知っている。だから私が今すべきことは、たった一つだ。



「……少佐」

「なんだ……」

「抱いてください」

「……は!?」



 この人のこんな表情かおは初めてみる。正直、ちょっとしてやったりと思った。



「おい、意味わかってるのか」

「わかってます。それに、私の気持ち……知ってたんでしょう?」

「……それは身近な男が俺しかいないからだ。お前にはもっと歳の近くて、ふさわしい男がいる」

「……」



 やはり私が彼を見つめる中に、色があることに気がついていたのだ。私もそれを自覚していた。でも終わりが来るというのなら、後悔はしたくない。



「今日だけでいいんです」

「……でもお前は」

「……逃げるんですか? それとも、私に魅力が……ないんですか?」



 なんかもう、別の意味で泣きそうだった。別に性差などそこまで気にしないが、女の私がここまでいって拒否されると本当に泣きたくなってくる。


 私はやっぱり、少佐には受け入れてもらえないのだろうか。


 少佐はしばらく悩む素振りを見せて、ぐっと拳を握りこむとこう告げた。



「わかった……今日だけ。今日の一晩だけだ」

「……はい」








 その晩、私は少佐の家でその純潔を散らした。痛みはあった。恐怖もあった。でもそれ以上に心が満たされた気がした。何よりも幸福な瞬間。人間とは、こんなにも幸せな気持ちになれるのだと私は初めて知った。



「ベル……俺は、もうすぐ死ぬ。でも俺はお前の中で生き続ける」

「少佐……」



 一つのベッドの中で、互いに裸のままだが、少佐はそんな話を真面目な顔で語る。


「俺も先代の意思を継いでここにいる。お前も、いつか意思を託せる人間に出会うだろう」

「……はい」

「泣くな、ばか」

「……今日ぐらいは、泣かせてください」

「仕方ねぇな」



 そういって私はそっと彼の唇に自分の唇を重ねた。そうして私たちは再び体を重ねた。


 もう怖いものなど、なかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ