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第110話 翳り



「ねぇユリア」

「はい……なんでしょうか」



 相変わらず、先輩の笑顔は変わらない。しかしそれはある一つの真実を雄弁に物語っている。それは……まだ先輩が怒っているということだ。



「本当に何もなかったのよね?」

「それは本当です。彼女が外の世界の話を聞きたがっていたので、夜通し話しただけです。まぁ……その、ちょっと盛り上がったのはありますけど……」

「ふーん。で、何であのエルフは外の世界なんて知りたがったの?」

「エルフはどうやら人間と同様にかなり閉鎖的な空間で暮らしてきたようです」

「まぁそうなるわよね……特にエルフは中立だったから」

「はい。でも、このタイミングで同盟を結べるのは互いにメリットがあると思います」

「あっちの魔法が学べるってこと?」

「そうですね。結界だけをみても、こちらよりも魔法の技術が上なのは間違い無いでしょう。流石に特級対魔師レベルが平均とまではいきませんが、おそらく全体的な平均値はあちらの方が上でしょう」

「で、こっちはインフラとか整えると?」

「将来的には結界都市で共同生活などもありえるかもしれません。エルフは人間には敵対していないというのは有名な話ですから」

「ま、そうかもね」




 僕らはそう話しながら歩みを進める。現在はこの危険区域レベル2に拠点を作るということになっているが、その前にエルフたちの対応をどうすべきか議論すべき必要がある。まずはここに作る拠点だが、エルフの村のすぐそばに作るべきか否か。近くに作れば、交流はしやすいも他の魔族にバレる可能性が出てくる。だからと言って、離れた場所に作るのもそれはそれで都合が悪い。



 問題は、互いにどこまで譲歩できるのか。これはいわゆる外交問題だ。人類が結界都市に閉じこもってから、初めての交流。それもエルフとなれば、交友関係は維持しておきたい。それは僕だけでなく、上の意見としてもそうだろう。



 そうして僕らは、会議に参加するエルフたちの護衛を務める。といっても参加するエルフの方々は少ないし、魔物は全くいない。ただ形として、護衛を務めるだけだ。



 そうして僕らは危険区域レベル1にある、第一拠点に戻るのだった。




 ◇




「やほ、ユリア。調子はどうなの?」

「調子は悪く無いね。シェリーはどうなの?」

「気張っていたのに、魔物がいないから肩透かしって感じでちょっと、ね?」

「まぁそうだろうね」



 今回の会議に参加するのは、特級対魔師ではベルさんとギルさん。それに作戦司令部の人たちが数名、ということになっている。テントの中に入ってエルフたちと何の話をしているのかは、未だわからない。どうせ後ですぐに通達が来るだろうからと思い、僕はボーッと空でも眺めていた。



 ちなみに暇なので僕は周囲の警備に当たろうとしたが、序列零位がそんな雑用程度のことをする必要はないと他の対魔師たちに止められた。何だか僕が権力を振りかざして楽をしているようにも思えるが、まぁ……そう言われては仕方がない。先輩も用事があるといってどこか行ってしまったし、僕は暇を持て余していたのだが、ちょうどシェリーがやってきたのだ。



「シェリーは第3小隊だっけ?」

「うん。今はちょうど他の小隊と入れ替わりで、休憩時間ね。それにしても、凄いものを発見したわね。まさかエルフだなんて」

「僕も驚いたよ。ノアが見つけたんだけど、こんなに近くに亜人がいたとは」

「ノアってあの天才のことよね」

「そう。その存在は謎だけど、まぁ……実力は本物だろうね。僕でさえ、知覚できない結界を暴いてそれを解除したんだから」

「そう……で、エルフはどうだったの?」

「どうって?」

「うーんと、その……好戦的だとか、友好的だとか」

「友好的だと思うよ。初めはかなり警戒していたけど、元々亜人の中でもエルフとは敵対していなかったしね。過去の戦争の間でも」

「ふーん。村はどんな様子だったの?」

「小さくて簡素な村だったよ。それは……」

「どうしたの、言い淀んで」

「いや何でもないんだ」



 あることを思い出していた。僕は過去に同じような状況に遭遇したことがある。オーガの村だ。エドガーさんたちと出会い、とても良くしてもらった。訳のわからない人間が来たというのに、手厚くもてなしてくれた皆のことは忘れはしない。


 でも、あの村はもう……クレアに蹂躙され無くなっているのだろう。きっと皆殺しにされたに違いない。クレアの実力ならば、そんなことは容易だろうから。



 守れなかった……などという不遜なことは思わない。ただ運が悪かった、そう形容するしかない。でももし、いつか彼らの生き残りに出会えたら今度は僕が助ける番だ……そう考えていた。



 だが今は目下、エルフのことに対応する必要がある。同盟を結ぶにしても、エルフ側は黄昏を攻略しようとする意志はあるのだろうか。確かに旧態依然とした現状を嘆いていたが、エルフの中で特級対魔師に匹敵するほどの人材はいるのだろうか。その手の疑問は尽きない。



「エルフって、強いのかな」

「さぁどうなのかしら。魔法に特化していても、やっぱり生存率だけで考えるなら近接特化の方が強いと思うけど」

「だよね。流石に作戦には参加しないか」

「そうじゃない? こういうと難だけど、人間はしっかりと教育を受けているわ。如何に黄昏で戦うのかということを、嫌という程に。この身に染みついているともいっていいわね。でもエルフにはそんな教育体系はないと思うし……」

「まぁ作戦は人間だけでやるしかないか」



 僕らはそこらへんで話を終えて、各小隊に戻っていく。だが僕が戻ると、予想外の人物が小隊の中にいた。



「あ! ユ、ユリアさん!」

「え?」



 パタパタと寄って来るのは、アリエスさんだった。


 どうしてここに? 


 それよりも、どうして第一小隊の人間の中に混ざっているのだろうか。それに近くにいる先輩の目線がかなり怖い……殺気を出てるよ、殺気……。



「その、私も第一小隊に加わることになったので宜しくお願いします!」

「えっと……その、どういうことですか?」



 概要はこうだった。まずはエルフと人間が同盟関係になったのは間違い無いようだ。そこで互いに何を差し出せるのかということが議論になった。人間側は、食料の供給とインフラの整備。エルフ側は、魔法技術の開示。一見すれば、人間側の方が負担が多い気もするがエルフの魔法は神秘とも呼ばれ、さらにはかなり秘匿性が高いのは有名な話だ。それが開示されるのは、人間としても喜ぶべきことなのだろう。



 だがエルフ側はそれでは申し訳ないと思ったのか、戦力を少し分けてくれるという話になった。そして数人のエルフが各小隊に派遣されたらしいが、アリエスさんは第一小隊に来ることになった。でも第一小隊は最前線を進むため、一番戦闘が多くなるだろうし、死ぬ確率も高くなるのは自明。つまりここにくるには、かなりの練度が必要なのだが……まさか、アリエスさんがエルフの中でも一番の実力者なのか?



 そのことを聞いてみると、彼女は恥ずかしそうに答えてくれた。どうやら、アリエスさんの魔法の才能はエルフの歴史の中でも随一……というらしい。



 はっきり言ってそんな感じは全くしなかった。僕の印象はとても謙虚で、そして誰よりも美しいエルフだ。そんな彼女に特級対魔師に匹敵するか、それ以上の能力があるなど、到底思えないがその認識がいかに甘いのか僕は今後知ることになる。



「誠心誠意頑張るので、改めて宜しくお願いしますね!」



 そう彼女の顔はどこか清々しかった。それが貼り付けられた仮面だとも知らずに、僕はアリエスさんを受け入れるのだった。




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