第108話 儚き少女
「えっとその、人間の方です……よね?」
「はい。急に押しかけてしまい、すいません……あまつさえ、覗きなど……」
「あ! えっと、その別にいいわけではないですが……不幸な事故だと思うので……」
「本当に申し訳有りません。以後気をつけます……」
「……そうして頂けると助かります」
僕は再びアリエスさんに謝罪をする。彼女もそれを受け入れてくれ、そして微かに笑顔を浮かべてくれる。
「その……唐突で申し訳ないんですけど……」
「どうかしましたか?」
彼女が下を向いて、何やら小さな声でそう呟く。
一体なんだろうか。
「し、質問してもいいですか?」
「はい。構いませんが」
「人間の村ってどうなっているんですか?」
「村、ですか」
「はい」
「……えっと」
言い淀む。だって僕らの暮らしている場所は村ではないのだから……。
「その人間が暮らしているの村ではありません。結界都市です」
「結界都市? それはどのようなものなのですか?」
「うーんと……ここの村の何十倍も大きくて、そして結界で守られている場所のことです」
「村の何十倍も!?」
「はい。それが7つあります」
「7つも!? や、やっぱり人間ってすごいんですね……」
「やっぱりとは?」
「その私はまだ16歳で幼いんですけど、他のエルフから人間は知力が高くてすごいと聞いていました。今の暮らしは全く存じませんでしたが、本当に驚きました……」
「機会があれば、こちらにも来れるようになるのでは?」
「ほ、本当ですか!?」
「おおっぴらには歩けないと思いますが、近いうちに可能になるとは思います」
「そうですかぁ……楽しみだなぁ……」
どこか虚空を見つめるようにして、アリエスさんは想いを馳せる。そんなにも人間の生活に興味があるのだろうか……。
「その人間に興味があるのですか?」
「えっとその……はい。人間の方もそうですけど、この世界に自体に興味があるのです。この広い世界はどこまで広がっているのか、そして黄昏の果てには何があるのか……興味は尽きません」
「……もしよければ、外の話をしましょうか?」
「え? 人間は局地で暮らしていると聞きましたが?」
「実は事情があって、僕はこの大陸を横断しているのです」
「横断!? ということは、端から端まで知っているのですか!?」
「まぁ一応……」
「ぜひ、ぜひお話を! あ、私は今は一人暮らしなのでぜひともうちに!」
そう言ってがっしりと両手を掴まれる。
う……断れる雰囲気じゃなさそうだな……そう覚悟を決めると、僕はアリエスさんの後についていくのだった。
◇
簡素な家だな……そう思った。人間よりも必需品が少ないのか、机と椅子、それにベッドが隅にあるだけ。でもこの広さで一人暮らしは少し大きいような。僕は用意された椅子に座ると、対面に座ったアリエスさんに尋ねてみることにした。
「一人暮らしにしては大きな家ですね」
「……一年前には、父と母がいたので……」
「もしかして……」
「はい。黄昏に出ていってしまい、死にました……」
「そうですか……すいません、余計なことを聞いて……」
「いえ。構いません。もう整理はついているので。それでなんですが……」
その後、僕は核心的な部分は避けて黄昏での生活を語った。黄昏にはどんな生物がいて、どのような生態系を築いているのか。それらを語るたびに、彼女の表情からは笑顔が綻んだ。本当に純粋なまでに、外の世界に興味があるのだろう……それが手に取るようにわかった。彼女の話も聞いたが、エルフは偶に狩りをしに黄昏に行くことがあるそうだ。しかし基本的には結界の中のこの村でずっと暮らしている。外に行こうなどと思うものはいない。黄昏に抗うことはできないのだと、知っているからだ。
「とても楽しい時間でした……」
「こちらとしても、楽しんでもらえたのなら幸いです」
一時間程度だろうか。僕の話はそこで終わった。黄昏での生活を語ってみたが、アリエスさんの反応が良かったので僕もつい熱が入ってしまった。
「それでは僕はこれで……」
「その……あの……」
「どうかしましたか?」
何かを言いたそうに、モジモジと下を向いている。何か言い忘れたことでもあるのだろうか。そう思っていると、彼女は思いがけないことを口にする。
「え、と! その、うちに泊まっていきませんか!?」
「え? それはどういう……?」
「べ、別に他意はないですよ? その……純粋にユリアさんともっと話したい……という理由ではダメでしょうか?」
「……」
どうすべきか。僕が戻らなかったとしても、別に問題はない。すでに僕が出る頃には皆が床についていたからだ。しかしエルフとはいえ、女性だ。それも年の近い女性の一人暮らしの家に、いきなり人間の男が泊まるというのはどうだろうか。だがここで拒否してしまえば、可哀想では……ある。それに今後のことを考えても、エルフと交友関係を築いておくのは重要だろう。
そんな打算的な意味合いも含めて、僕はその提案を受け入れることにした。
「……分かりました。お世話になります」
「やった!」
そう喜ぶ彼女。だが僕は微かにその表情に影が差すのを見逃さなかった。何か別の意図があって、それを申し訳なく思っているような……そんな表情。
その表情が何なのか。僕はその意味を後に知ることになる。